Destiny - 55 -
神田とマリから離れ、コウは一人静かな街中で足を止める。
裏路地であると言うまだ朝の早い時間であるということが手伝い、周囲に人影は無い。
もう少し進んだ先で電話を見たな、そんな事を考えながら、コウはブーツの音を響かせた。
「あった」
記憶通り、公衆電話と呼べるであろうそれが見える。
すでに肩に乗せていたゴーレムと共にそれに近づき、コードを繋ぐ。
「本部は―――」
「コウが見つかった!?」
開口一番、ラビはそう声を荒らげた。
とある駅に着き、そこで「エクソシストの皆様」と引き止められたのは今から5分ほど前のことだ。
聞けば、この駅長は教団のサポーターらしい。
本部からの連絡を受けていると、彼はラビ達を駅の一室に案内した。
そして、電話を前にこう告げる。
「あなた達の仲間のお嬢さん…コウ・スフィリア嬢が発見されました」
『ラビくん、少し落ち着いて…』
「それより、コウは!?」
『無事だよ。さっき僕も電話で話して確認した。今は神田くんと行動を共にしているらしい』
「ユウと…よかった…」
それなら、大丈夫だ。
そんな想いが彼の全身の力を抜いていく。
神田が一緒ならば無茶はさせないだろうし、コムイが無事だと言う言葉も信じられる。
『彼女はノアと接触したらしい。イノセンス同様に、千年伯爵に狙われているようだ』
「千年伯爵に!?」
『ああ。あちらが全精力を上げて彼女を探しているとあれば、神田くんだけでは荷が重い。…合流してくれるかい?』
「当たり前だ!あ、でも…今の任務はどうすんさ?」
『代わりを派遣しておくよ。2・3日そこで待機してくれればいい』
淡々と告げられるほど、現状は良いものではないはず。
本来ならば、こちらに別の人員を割く余裕などないはずなのに――。
そんな事を考え、よほどコウの方が危険らしいと、心中でそう結論付けた。
その後、今後の事を軽く打ち合わせると、ラビは通信を切る。
物言わぬ物体と化したそれに腕を乗せ、そこに額を押し付けた。
この数日、気が気ではなかった。
『俺達は信じて進んだ方がいい』
リナリーにそう言ったのは、自分だった。
しかし、隠した心中で不安が渦を巻いていたのは、自身の錯覚でも妄想でもない。
恐らく、行動を共にしていた誰よりも、この連絡を待ち望んでいた。
切望、と言っても過言ではない。
「よかった…」
限界まで全力疾走した後のような、膝に来る脱力感。
繋いだゴーレムをそのままに、ラビは壁伝いにその場に座り込んだ。
冷たいコンクリートが腰から身体の芯を冷やしていくのを感じたが、そんな事はどうでもいい。
「ラビ…電話、終わりましたか?」
ドアの方から声がした。
それに気付いて顔を上げれば、そこからひょこりと顔を覗かせているアレンが見える。
その後ろには黒髪も見えて、リナリーが一緒だと悟った。
「あぁ、終わった」
「そうですか。その、それで…」
コウは?
その言葉が紡がれずとも、彼の聞きたいことはわかる。
「無事だって」
「本当に!?」
答えたのは、アレンの後ろから顔を覗かせたリナリーだ。
部屋に入るのを躊躇っていたアレンを放り出して、ラビの元まで懸けて来る。
その目が必死に続きを乞うている。
「今は神田と一緒らしい。本部にも連絡できる状態みたいさ」
「そ、か…神田と一緒なら…大丈夫、だよね」
「うわ!リナリー!大丈夫ですか!?」
カクンと膝から座り込みそうになる彼女に、アレンが慌てて手を差し出す。
その腕に縋るようにしてゆっくりと床に座り、彼女は一筋の涙を零した。
「リナリー!?な、泣いて…!」
「よかったぁ…」
一筋、二筋。
頬を流れる涙は、やがて雫のようにポロポロと零れ落ちる。
いつも強気な彼女からは考えられない様子。
しかし、それも無理はないと思った。
自分達だって、こみ上げる安堵感を抑えることが出来ないのだ。
あれほどにコウを慕い、彼女を待ちたいと望んだリナリーがこうなってもおかしくはない。
「それで、コウはどうするんです?」
「神田と一緒に行くらしい。俺も、そっちに向かう」
「…任務は?」
「代わりが来る。コムイから聞いた…コウは、ノアだけじゃなくて千年伯爵にも狙われてるらしい」
ラビの言葉に二人が息を呑むのが分かった。
それが、何を示すのかわからないはずはない。
同時に、その危険性も。
「だから、俺は神田と合流する」
「…分かりました」
理由付けなど必要ないが、それならば納得は出来る。
神田の強さも、コウ自身の強さも理解はしているつもりだ。
だが―――心配なものは、やはり心配なのだ。
「それから―――アズが戻った」
もう話は終わりだと思っていたアレンとリナリーは、続けられた言葉に目を見開く。
言葉も無く、空を噛む唇をそのままにラビを見れば、心なしか嬉しそうな表情が目に入った。
「やっと、戻ったんだってさ」
もう、彼女が一人で肩を震わせる事もない。
そう思うと、先ほどまでの不安など忘れてしまったように嬉しさがこみ上げてくる。
「本当…に?」
「ああ。ま、コムイも詳しくは聞けなかったみたいだけどな。兎に角、コウの傍には今神田とアズが居る」
その情報だけでも、十分頼もしいと思えるものだ。
確かに神田だけでは大丈夫だろうかと言う一抹の不安はある。
しかし、コウのイノセンスことアズが傍に戻ったとなれば、これほど安心できるものは無い。
言うならば、鬼に金棒だ。
「ラビ…コウさんの事、守ってあげてね…?」
涙は止まったのか、ウサギのように赤い目でリナリーがそう言う。
彼は、何を言うでもなく力強く頷いた。
「戻ったか」
コツコツとブーツを響かせてくるコウに気付いたのは、神田が先だった。
彼の言葉にコウはコクリと頷く。
「連絡してきたよ」
「…何か指示はあったか?」
「んー…神田に対しては、特には無いかな」
思い出しように唇に指を乗せて考え、答えを紡ぐ。
そして、ふと思い出したコムイの言葉にコウは分からない程度に口角を持ち上げた。
「そう言えば…一人、こっちに合流するって」
「はぁ?」
「こっちには、ノアが居るかもしれないから」
「………誰が来るんだよ?」
納得したくない、けれどもしないわけにもいかない。
そんな心情がありありと浮かぶ表情のままに、神田はそう問いかける。
コウはにっこりと笑みを浮かべてこう答えた。
「ラビ」
その名前に、これ以上ないほどに嫌そうに歪められた神田の表情は、暫く忘れられそうに無い。
06.12.27