Destiny  - 53 -

「―――で?」

夜明けまではまだ時間がある。
周囲に人の気配もなければ、アクマのノイズも聞こえない。
とりあえず、腰を落ち着ける時間くらいはあるだろう。

と言うことで、コウと神田、そしてアズは見晴らしの良い建物の屋上に腰を下ろしていた。
吐き出す息は白いが、包み込むような漆黒の毛並みがその熱を伝えてくれているので温かい。
解放前の状態では成長を見せていたアズだが、解放後のサイズはさほど変化を見せてはいないようだった。
相変わらず人二人を優に包み込める程度の大きさはあり、けれども建物を崩壊させるほどではない。
離れていた期間と言えばさほど長くはなかったかもしれない。
だが、ここ一年毎日を共にしてきたパートナーが居ない時間と言うのは酷く長かった。
戻ってきたのだ、と言う実感を肌で得るかのように、コウは何度もアズの毛並みを撫でた。
そうして夜明けまでの貴重な時間を潰してしまいそうだった彼女に、痺れを切らしたのは言うまでもなくこの男だ。

「何が?」

きょとんと首を傾げた彼女に、彼のこめかみはぴくりと揺れ動いた。

「ラビからは死んだって聞いたんだが?」
「あぁ、うん。そう…だと思ってたんだけど…」

半分は、と答えながら、自分の胸元に擦り寄ってくるアズの鼻先を撫でる。
時折掻くように指を動かしてやれば、彼は軽く喉を鳴らして嬉しさを露にした。

――可愛い。

目を細めて耳を伏せるアズに、そんな考えが脳裏を支配する。
必然的に口も動きを止め、不自然に切られた言葉に神田が視線を向けた。
だが、続きを促す彼の目にも気付かず、コウはアズを撫でる…いや、愛でることに全神経を費やしているようにも見える。

「…続きは」
「あ!そうそう。………何だっけ?」
「…お前、少し会わない間に相当ぼけたらしいな」

呆れたように言われた言葉に、コウは失礼ねと返事する。
だが、顔は笑っていた。







突然通信を受ける自身のゴーレムに軽く舌を打つ。
無視するわけにはいかずにそれを繋げば、その相手は予想通りの人物だった。

『なー…ユウ』

一つ予想外だったとすれば、それは彼の声が普段からは想像も出来ないくらいに暗い物だったと言う事。

『…わざわざ通信してきてつまんねぇ事だったらぶっ飛ばすぞ』
『コウが笑わねぇんさ』
『…………』
『あれ以来、前みたいに笑わねぇ。表面は笑ってんだけど…』

その先は言葉を濁す。
しかし、続く内容を悟れないほど神田は馬鹿ではなかったし、彼女やラビを知らないわけではなかった。
あれ以来、と言うのが、即ちアズを失って以来だと言う事も、分かっている。

『…なるようになるだろ』
『ユウは離れてるから言えるんだって』

実際に見てみろよ、応えるぜ?
苦笑交じりにそう言った彼に、神田は「じゃあどうしろってんだ…」と髪を掻き混ぜる。
どう転んだとしても、自分が今の彼女を見れないことに変わりはない。
そして、ラビが彼女と行動を共にしていると言う事もまた、変わらない事実なのだ。

『どうすれば戻るんだろうな?』
『時間が解決するしかねぇだろ』
『…アズが戻ってきてくれればなぁ…』

彼らしくない、弱気な発言に思わず返事の声を忘れてしまったのを、今でも覚えている。












結局、神田はコウの酷かった時の状況を見る事無く再会した。
彼女がアズを失ってから、今まで彼女とは会っていない。
その表面だけの笑いを知る事もなく、アズが帰ってきてからの彼女と顔を合わせた。
今すぐに連絡してやろうかと、珍しくもそんな事を考えたが…やめた。

「おい」
「ん?」
「ラビに連絡しろ」
「………何を?」
「そいつ。あいつだって心配してただろ」

そう言って顎でアズを示す。
不愉快そうにアズが視線を向けてくるのに気付くが、学習能力により噛まれるようなへまはしていない。
恐らく、指で彼を指していれば、神田の手には懐かしい歯形が残っただろう。

「あぁ、それなんだけど…どうも、遠すぎるみたい」

さっきから連絡しようとして繋いではいるんだけど。
そう言ってコウは肩に乗ったゴーレムを指の腹で撫でる。
本部を通せば何とかなるかなぁ…などと暢気に呟いている彼女に、神田は長い溜め息を吐き出した。

「…ところで…ノアの件はどうなった?」

今の今まで忘れていた事だったが、自分が彼女と合流しなければと思った原因はそれだ。
忘れていた自身に舌を打ちたい心境だったが、今はそれよりも彼女の返事を聞く方が先。
一気に纏う空気を真剣なものへと変えた彼に、コウもその姿勢を正した。

「ノア、それから千年公…千年伯爵ね。彼と接触したわ。ノアは二人。一人は長身の男で、もう一人は少女」

その後それぞれの特徴を告げ、彼女は更に続けた。

「千年伯爵は、ティキ・ミックにデリート……殺しを依頼していたわ」
「相手はエクソシストか?」
「わからないけれど…」

恐らく、と彼女は頷く。
今こうしている間にも、エクソシストの仲間に被害が及んでいるかもしれない。
そう思うと、背筋がぞっとした。
背後から自分の身体を貫かれる、あの何とも言えない感覚が蘇る。
思わずコートの上から肩を抱いた彼女に、神田はそれを案じるように名前を呼んだ。

「コウ?」
「…何でもない。ノアはそれぞれに特殊能力を持っているのかもしれないわ。ティキ・ミックは、自分の望む物以外を通過させる」
「通過?」
「こう、腕を通して…心臓だけを抜き取る事も出来るのよ」

空に向けて立てた左手の掌に、垂直になるように自分の右手の指を添える。
自分が再現した所で、指先は肌に触れて止まってしまう。
だが、ティキの場合はそれを止める事無く通過させてしまうことも出来るのだ。

「…そうか」

納得したのか、今ひとつ理解できなかったのか。
どちらかは分からないが、神田は一度頷いた。

「その男に会うことがあったら、油断しないで。気がつけば心臓が外にあるなんて事もありえる」
「そうだな。それは総本部に伝えた方がいい。どこかで電話を探すぞ」
「うん。それより…神田は、誰かと一緒だったんじゃないの?」

今更だが、コウはその質問を彼に投げかけた。
彼はパンッとコートについた埃を払いながら肯定の返事をする。

「二人な。夜明けまでに合流する事になってる」
「…二人とも、無事?」

何故か、それが不安になった。
先ほど自分が逃げてきたばかりなのだから、この近くにノアが居てもおかしくはない。
すでに遠くに離れてくれていればいいのだが…こればかりは、彼女にはどうしようも出来ない事だ。
コウの問いに、神田はすぐには答えられなかった。

「…行くぞ」

結局、それに対する答えを見つける事は出来ず、先を促す言葉が変わりに零れ落ちる。
それを咎める事も追求する事もなく、彼女は頷いて彼に続いた。






「…おい。こいつは、結局死んでなかったのか?」

結構な高さの建物の上に居た為、下の道まではアズに乗せてもらう事にした。
あまり揺らさないようにとゆっくり降下するアズを指し、神田が問う。

「…そう言う事になるわね」
『成長、身体。…冬眠?』
「「……………」」

単語で話されると言うのは、分かりにくいもののようだ。
両者の間に沈黙が訪れる。
神田の方はと言えば…すぐに理解を諦め、コウに任せた。

「身体を成長させる為に…冬眠みたいな物だったってこと?」
『コウ、当たり。ヴァリーヴ、成長する。核で』

要するに、ヴァリーヴドラゴンは核の中で眠る事で成長する、と言う事だろう。
全く理解するつもりのない神田にそう通訳しながら、コウは「言葉を教える必要がありそうだ」と考えていた。

『身体、頑丈な器』
「あぁ、確かに頑丈ね。アズの骨から作らせてもらったわ。気に入らなければ処分するけれど…どうする?」

足のホルダーを見ながらコウが問いかければ、彼は嬉しそうに尾を振って答えた。

『コウ、いつも一緒』

嫌がっていないのだから、これは一緒に居られると言う事だろうと納得しておく。

06.11.19