Destiny  - 51 -

久しく聞いていなかった声に、コウは驚いたように目を見開いてゴーレムを見た。
その人物が見えるわけではないと知りながらも、穴が開きそうなほどにゴーレムに視線を送る。

「…ユウ?」
『………コウか?何でお前が連絡して来るんだよ』

暫しの沈黙の後、彼は静かにそう答えた。
その言葉に続けるようにして小さな舌打ち。
まさか、一番近いエクソシストが神田だとは予想しなかった。
ゴーレムに向き直りながら、コウはハッと我に返って自分のすべき事を思い出す。

「ユウ、聞いて」
『何だよ?俺もアクマの始末で忙しいんだ』

雑談なら許さないと言う感じの声色。
その忙しさを示すかのように、彼の声の向こうに、アクマの断末魔が聞こえた。
だが、コウはそれに臆する事無く口を開く。

「千年伯爵と接触した」

向こうで彼が息を呑むのが分かった。
そして、鬱陶しそうだった彼の声が一変する。

『どう言う事だ』
「ノアの一人に捕まって…そのあと、千年伯爵の所まで連れて行かれたの」

逃げてきたけど、と彼女は答える。
それに対して向こうからは軽い溜め息のような物が聞こえた。
大方、捕まるようなミスを犯した自分に呆れているのだろう。

『…無事なんだな?』
「…何とか、ね。でも、猶予は無いと思う。ユウはどこに居るの?」
『説明して分かるのか?』
「………分からないわね。合流したいんだけど…あいにく、この辺の地理はさっぱりで…」

どうしよう、とコウは首を捻る。
神田の返事は無く、代わりにドォンと言うその場にいれば腹に響くであろう重低音。
恐らく、アクマが自爆か何かしたのだろう。
やがて、騒がしかった背後の音もなくなると、彼が近づいてくるのを感じた。

『ゴーレムはすぐ傍に居るんだな』
「うん」
『ノアは?』
「まだ」
『…なら、そこを動くな。ゴーレムに探知させる』

彼の言葉に、コウは驚いたように自身のゴーレムを凝視した。
まさか、あの神田が迎えに来てくれるとは。
はっきりと言葉に出していないにしても、動くな、そして探知と言う言葉からそれがわかる。

「アクマは?」
『片付けた。いいか、一歩も動くなよ。その場所から移動したら放っていくからな』

面倒ばっかりかけさせやがって、と言う彼の本音が聞こえそうだ。
思わず苦笑いを浮かべそうになる彼女だが、自分の警戒網に何かが引っかかるのを感じる。
その気配が、先ほどまで強制的に共に過ごさせられた男の物だと悟った。

「………無理、かも」
『あぁ?』
「ノアが近づいてる」

今の台詞を聞いていたのか?とでも言いたげな不機嫌極まりない彼の声に、簡潔に答える。
そして、その返事を聞かないうちに通信を切り、ゴーレムを襟からコートの中に移動させた。

「何とかエクソシストと合流しないと…他のエクソシストが危ない…」

千年伯爵達の話していた『削除』と言うのが、誰に対するものなのかは分からない。
彼がティキにカードを渡していたのは分かったのだが、コウの位置からではその内容までは見えなかったのだ。
だが、彼の計画は確実に動き出している。
その一端に、対立するエクソシストの『削除』があってもおかしくはないのだ。
自分にそれを阻止できるのか―――僅かな不安が鎌首を擡げる。
それを追い払うように、コウは胸元の宝玉を握り締めた。

――ドクン――

「!」

掌に確かに感じた鼓動に、コウは思わず握っていた手を解いてそれを見下ろす。
全体に澄んだ赤色だったはずのそれは、中心がより濃い紅に染まり、球の中で渦を巻いていた。
一瞬一瞬で中の赤の形が変わる。

「…何、これ…」

時折、脈打つかのように中心の濃い部分が揺らめく。
それに意識を奪われそうになるコウだったが、ハッと我に返るとその場から駆け出す。
先ほどからそう遠くない所で響く轟音の正体も気になるが、今はここから離れる事が先だと言い聞かせた。
ポツリポツリと街灯が照らす中を、足音を忍ばせて走る。

「見つけた」

そんな声に思わず振り向けば、十数メートル背後に正装したティキの姿を捉える。
やはり近くに居たのか、と舌を打ち、彼に背を向ける形で足の速度を速めた。
相手に気付かれている以上、足音に気を使う必要などない。
だが、三歩走ったところで、ドンッと言う爆音と共に二人の間に砂塵が舞う。
コウが沿って走っていた建物から、何かが壁を破壊して飛び出してきたらしい。
生憎彼女の向きからはその人物が誰なのかは分からない。
エクソシストである可能性もあったが、逆に言えば敵である可能性も捨てきれない。
一瞬悩むコウだが、そのまま振り返る事無く駆け出した。
















聞こえていた音も止み、静寂が辺りを包む。
コウは背中を壁に預けて、ゴーレムを取り出した。

「ユウの位置を辿って」

10キロ圏内であれば、ゴーレム同士で居場所を辿れる。
その範囲から出ていない事を祈りつつ、ゴーレムにそう指示を出した。
パタパタと翼を羽ばたかせていたゴーレムは、やがて目標を見つけたように移動を始める。
どうやら、無事範囲内にいるらしい。
周囲を警戒しながらも、コウはゴーレムの後に続いた。
足を進めながら、ふと思い出したように胸元を見下ろす。
そこには、先ほどと変わらず渦を巻く宝玉が揺れていた。

「…アズ…」

語りかけるように、小さく呟く。
すると、それに反応するように赤が激しく渦を巻き、やがてパキッと不吉な音を届けた。
僅かな亀裂は、パキ、ピキとその範囲を広めていく。

「え…ちょ……」

思いもよらぬ変化に慌てている間にも、亀裂はどんどん増えていき、すでにぐるりと球体を一周しそうになっている。
壊れる、と脳内のどこかで判断すると同時に、コウはパンとその両手を合わせていた。
壊れた物は錬金術で再構築。
脳内にしっかりと根付くその考えに、身体は忠実だった。
両手で包み込むようにそれに手を添えれば、錬成反応がそこから溢れだす。
それに呼応するように、宝玉の赤と同じ光がコウの目を焼いた。

「―――――っ!」

06.11.08