Destiny  - 49 -

「コウさんと逸れたって………どうして!?」

事情を聞いたリナリーは口元に手をやって顔色悪くそう言った。
汽車に乗り遅れたアレンを追ったラビ。
漸くそんな二人と合流できたと言うのに、今度はラビと共にアレンを追ったコウが居ない。
彼女を姉のように慕うリナリーにとって、不安だけが彼女の胸を締め付ける報告だった。

「すみません…」
「悪ぃ、リナリー…いつの間にか、居なくなっちまって…」

コウが居ないと気付いた彼らは、あの狭い汽車の中を前から後ろまで何度も探した。
それこそ、リナリーらと合流を決めた次の駅に着くまでずっとだ。
だが、コウがどこからか湧いて出てくるはずも無く、最後尾のドアが別の異空間に通じているわけでもなく。
彼女の姿を見つけることが出来ないままに、汽車は無情にも駅へと滑り込んだ。

「考えられんのは、キリレンコ鉱山前の駅だけだな」
「じゃあ、そこに戻ればコウさんも…!」
「でも、まだそこに居る可能性は低いだろ。俺達は信じて進んだ方がいい」
「そんな…コウさんを放っていくの!?」

感傷的になっているのか、落ち着けようと肩に置かれたラビの手を振り払うリナリー。
アレンが逸れてしまってからこちら、彼女は不安ばかりを抱いていた。
彼らから連絡が来て、漸く全員が顔を合わせられると思った矢先のコウの行方不明。
彼女の心の緊張が解けてしまうのも無理な話ではない。

「リナ嬢…ここは、あいつを信じて進むべきだろう」
「ブックマンまで…アレンくん!」

縋るような彼女の視線を受け、アレンは口を噤む。
そして自分なりに考え、その答えを彼女に伝えた。

「進みましょう、リナリー…。コウならきっと大丈夫です」

コウとリナリーの関係を知らぬクロウリー以外の説得を受け、彼女は視線を俯かせた。
そして、暫しの沈黙の後、ほんの少しだけ首を縦に動かす。















奇怪なシルクハットを頭に乗せ、表情は常に笑み。
ふくよかに膨らんだ腹が、その男の存在をより大きく見せている。
それが、コウが初めて見る、千年伯爵だった。

「あなたがコウ・スフィリアですカ?」
「…」

小首を傾げる様な仕草にさえ、軽い嫌悪感を受ける。
脳内に敵だとインプットされている人物を前にして、平静を保てているだけでも十分冷静だ。
一方、伯爵は彼女のそんな反応に気を悪くした様子も無くティキのほうを向く。

「面白い客を連れてきましたネ」
「偶々っスよ」
「こんなに早く異世界の使徒と会えるとは思ってませんでしタ」

そう言って、彼はわからないほどだが笑みを深めた。
舐めるような視線、とまでは行かないものの、十分に不快な視線を全身に受けたコウは眉を寄せる。
自然と足のホルダーに意識が向いてきた所で、彼は「さて」と話題を変えるように手を打った。

「折角ですから、彼女も連れて行きましょウ」
「はいはい」

どこに、と声を上げる前に、コウはその背中をティキに押される。
拘束されているわけではないのに、まるで見えない鎖にでも引かれるかのように。
抵抗する事無く、踏み出してしまう足。
彼の能力と言う自分の常識外の事を知り、逆らう事を本能的に拒んでしまっているようだ。
自身の身体であるにも関わらず、思うように動いてくれない事に心中で舌を打つ。












伯爵の隣を半歩ほど遅れる形でティキが歩く。
その背後にコウが続くと言う構図が出来上がっていた。
彼らの背中を見つめつつ、そっとホルダーの上から銃を撫でる。
今、この銃を抜き取って彼らを銃弾が貫くまでの時間はおよそ0.7秒。
手馴れているコウだからこそ出来る早撃ちは、二人を仕留めるまで2秒と掛からない。
彼女だけでも、十分に敵を討つ事は出来るのだ。
彼らが、普通の人間であったならば。

「(同じノアである以上、恐らくこの男もあのロードとか言う子供と同じく再生力を持っている。)」

不意を衝いたとしても、肉体が再生するのでは奇襲は失敗だ。
今入ったばかりの店が彼らと深く関わっているのかどうかは知らないが、そこにまで影響が及ぶ事になりかねない。
いくつもの案が浮かんでは消える。
何通りも、何十通りも考えたが、結局これと言って現状を打開する何かを得る事は出来なかった。

「こちらになります」

畏まった調子で腰を折ったウエイターは、スッと身を引きながらその部屋に彼らを通す。
無表情のままのコウに対しても、彼は同様の態度で見送った。

「よぉ、ティッキー。Hola」

そのウエイターが去っていくのを見ていたコウは、その声に思わず身を硬くする。

――忘れるはずが無い。

「あっれー。コウじゃん。久しぶり~」

――忘れられるはずが無い。

考えるよりも先に、身体が動いた。
















「はい、ストップ」

ホルダーから抜き取った銃の照準をロードの額に合わせるまでに要した時間は、瞬き一度分あったか無いか。
今まさにトリガーを引こうと掛けられた指がピクリと動いたその時。
両腕を肩ほどに持ち上げられるようにして背後から動きを封じられる。
手首を強く握られた所為か、不意打ちの拘束だった所為か。
どちらかは分からないが、コウの利き手から銃が落ち、ゴトンと床を打った。

「っ放して!」
「店の中で乱闘騒ぎを起こす気か?まぁ、コウがその気なら…向こうに死人が出ても仕方ねぇよな」

ぼそりと耳元でそう告げられる。
コウはその内容に思わず抵抗の手を休めた。
言葉の裏に隠されているのは『攻撃すれば、彼らの命は保障しない』と言う事だ。
エクソシストとして生きてきたこの一年が、無関係な人間を巻き込む事を拒む。
力が抜けたことに気づいたのか、ティキはコウの片手だけを解放した。

「そんなに怒らなくてもいいじゃん。どうせ、こいつは死んだわけじゃないんだしぃ?」

ピンと胸元に揺れる宝玉を弾くロード。
コウの纏う空気に新たな『怒』が積み重ねられた事に気づいたティキが彼女を下がらせた。

「お前が手を出さなければここにいる人間の命は保障する。わかったな?」

ティキの言葉に、コウは目を合わせる事無くただ一度だけ頷いた。
彼女の目は、真っ直ぐにロードのみを映している。


「…実によく出来ていますネ。流石、あちらの錬金術は進んでいル」

千年伯爵が彼女の手から落ちた銃を拾い上げ、そう呟く。
鈍い光沢を放つそれを撫で、そして続けた。

「やはり材料があちらの物だと相性がいいらしいですネ」

その小さな声を、コウは聞き取る事ができなかった。

06.10.19