Destiny - 45 -
独りにして欲しい。
そう言って視線を落とすコウの申し出を、クロウリーは躊躇いつつも受け入れる。
書庫から出ていくらか廊下を進んだ後彼はくるりと振り向いた。
重い扉の向こうで、彼女は何を思っているのだろうか。
自分に推し量れるものではないと理解しつつも、彼はそんな事を考えた。
そして、待たせてある彼らの為に、彼女が合流次第すぐにでも出発できるよう準備を整える。
書庫の一角に無造作に置かれていたテーブルの上に本を開く。
慣れ親しんだ文字の綴られる紙面に目を走らせつつ、先程の会話を脳裏に思い浮かべる。
「この本をどこで…?」
「その本は……エリアーデの持ち物である。どこから持ち込んだのかは知らぬが…」
エリアーデ…クロウリーが最も愛し、そして壊したアクマの名前だ。
彼女が持ち込んだものだとすれば、その入手は自然と限られてくる。
「軍の紋章が刻まれた本…。それをアクマが持っていたとすれば……繋がるところは―――…千年伯爵」
肌身離さず持ち歩いている銀時計にも刻まれた紋章。
それと同じ紋章の描かれた本の存在が偶然だとは思えない。
「伯爵は向こうと繋がっている…?」
口に出す事で頭の中を整理するように、コウは誰も居ない書庫の中で一人呟く。
指先でなぞっていく文章には確かにクロウリーの話していた『ヴァリーヴドラゴン』に関しての記述があった。
通り一遍の事しか書かれていない上に、錬金術に長けている者以外は理解できないような文章。
明らかに、一般向けに編集された本ではなかった。
コウはページをペラペラと戻し、見開きを開く。
そこに描かれた紋章とは反対のページの文章を指でなぞった。
「小難しい暗号で書かずにはっきりと書いてくれればわかり易いのに…」
そう言いつつも、コウの口角は得意げに持ち上げられている。
久々に骨のある暗号文と出逢えた事に対する、ただ純粋な探究心だ。
これがあったからこそ、コウは幼くして国家資格を手にしているのである。
コウは分厚い本をパタンと閉じ、それだけを持つと書庫を後にした。
「要は、この城を破壊すればいいのね?」
「そうであるが…何か手でも?」
「あるわ。その前に、玄関ホールに向かわないと。そこからじゃないと、逃げ遅れるよ」
そんな言葉を交わしながらコウはクロウリーと並んでだだっ広い廊下を進む。
途中、建物の構造をしっかりと頭の中に納めていくのも忘れない。
力は最小に、効果は最大に。
脳内で、昔の上司の錬金術を思い浮かべつつ、コウは足を動かしていた。
カツンと玄関ホールにコウのブーツの靴音が響く。
傍らに控えるクロウリーは何をするのか不思議のようだ。
口を出さない彼を横目で捕らえつつ、コウはパンと両手を合わせる。
そしてそれを足元の床へと押し付けた。
そこから発せられた錬成反応がホールの床全体に走り、瞬く間にそこに錬成陣を刻み込む。
「なんと不可思議な…」
「巻き添え食わないように避難してくださいね」
コウは予め用意してもらっていた手袋を前もって発火布へと錬成してあった。
それを手に嵌め、足元に広がる錬成陣が正しい事を確認する。
そして真っ直ぐに腕を伸ばし、指同士を絡めた。
彼女が指を鳴らすと同時に、その指先から火花が走る。
それにあわせて床の錬成陣が赤く揺らめいた。
耳を劈く轟音がホールを包み込む。
砂塵に巻かれないようにと、二人はほぼ同時に出口へと床を蹴った。
「コウ…あんま、根詰めるのはよくねぇよ…?」
その向かいに座るラビが思わずそう声を掛けてしまうほどの状況…。
それは、膝の上に広げた本の上に紙切れを載せ、ペンを走らせるコウ。
そして、彼女の隣に置かれた意味を成さない文字で埋め尽くされた紙切れの山だ。
クロウリーの城を後にした翌日。
一行は先を行くリナリーらを追う為に汽車に乗り込んでいた。
「…ラビ…居たんだ?」
「酷っ!一時間前からコウの前に座ってんだけど!?」
ほぼ三時間ぶりに本から視線を持ち上げた彼女。
目の前で声を掛けた人物をその視界に捉え、思ったことをそのまま口にしてしまった。
気付いていなかったのかとショックを受ける彼に、コウは苦笑を浮かべる。
「ごめんね」
「いや、別にいいけどさ…その様子だと、クロちゃんが歩いてったのも知らねぇよな」
「…クロウリー、どこに行ったの?」
ペン先をキャップに押し込み、コウは隣の列を見た。
通路を挟んで両側に別れていたはずなのだが、そこには苦笑するアレンのみ。
ラビは目の前に座っているから問題ない。
だが、クロウリーの姿はそこに無かった。
「汽車の中散歩してくるって。………三時間前に」
「へぇ…広いのね、この汽車」
「…コウ………疲れてんの?」
ラビと会話しつつも、今まで緊張させていた肩の力を抜いてこめかみを指で押している彼女。
その返事はどこか的を外していて、普段の彼女からすればありえない。
「…最高に難しい暗号でね……こんなのを解ける錬金術師は何人居るんだか…」
最年少で国家資格を取得した彼には劣りつつも、コウとて屈指の国家錬金術師だ。
一度国家錬金術師らを集めてこの暗号を解かせてみたいものだ…と、到底実現できない事を思ってしまう。
それほどに、彼女の手の中にある本に隠された暗号は難解なものだった。
「…何も隠されてないって事は…」
「それだけはありえないね。諦めそうになる頃に、僅かに希望を持たせる…そんな暗号」
少しずつ、亀の歩みではあるが解読に向かって進んではいるのだ。
立ち止まり、諦めたいと思ったその時に目の前に浮かぶ新たなヒント。
絶妙なタイミングでもたらされるそれに、この暗号を作った人物の知識の深さが垣間見える。
まるで逃げ水のようだ、とコウは思った。
「…絶対に、解読してみせる」
呟く声は強く、諦めなど知らないかのように聞こえた。
ラビは彼女を見てやれやれと溜め息を吐き出す。
そして、彼女の脇に置いてある紙の山を手にとって整え始めた。
「その覚悟は見上げたもんだけど、たまには休憩した方がいいって」
はい、と揃えた紙を彼女に差し出し、それを受け取ろうとした彼女の腕を掴む。
見上げる彼女ににっこりと笑いかけ、その腕を強く引いた。
「アレン、クロちゃん探しに行こうぜ。流石にこれ以上は放っておけねぇだろ?」
「…そうですね」
「はい。って事でコウも一緒に行くさ」
すでに立ち上がっていたコウの腕を更に引き、その場から歩き出すラビ。
バランスの取れていない彼女の身体が汽車の揺れに合わせて揺れたのを、アレンが支えた。
お礼と共に彼のほうを見れば、苦笑に似た笑みを浮かべている。
「あまり無理しない方がいいですよ。先は長いですし」
「…そうだね。ありがとう」
咄嗟に空いている手で持ち上げてきた本を胸に抱き、コウはゆっくりと微笑んだ。
三時間延々皺を刻み続けた所為で、眉間が痛むのを今更になって感じる。
限りある空間の中、器用にも迷子になったクロウリーを探して三人は通路を歩き出した。
06.08.13