Destiny - 44 -
「あー!クソッ!!コウだけでもクロちゃんの所に行けるよな!?」
雁字搦めにされたまま、ラビは上のほうにいるコウに向けて叫ぶ。
彼の声を聞いて、彼女は苦笑を浮かべたまま彼の方を向いた。
「うーん…難しいね」
どうしようか、と彼女は首を捻った。
確かにアレンやラビのように、苦しいほどの拘束は全くないと言っても過言ではない。
「私、向こうに行きたいんだけど…」
一応呟いては見るものの、それは全くと言っていいほど意味を成さない。
ただ、甘え方が半端ではないほどにきつくなっただけだった。
「…ラビー…無理っぽい」
「そんなのぶっ飛ばして行けよ!!コウなら出来…………痛ェって!!!噛んでる噛んでる!!」
彼の腕を拘束していた花が勢いよくその腕に噛み付いたようだ。
牙自体は大きめなので、それが皮膚を貫いたと言う事はなさそうだが…。
必死に逃げようとしている彼を上から眺め、コウははぁと溜め息を漏らした。
何故自分がこうも懐かれているのか、彼らがあんなにも嫌われているのか。
それがわかれば、突破口も見出せるのだが…そんな事を考えつつ、手の届く範囲に顔を出してきた花を撫でる。
ぎゃあぎゃあと騒ぐラビを横目に、コウは先程から沈黙しているアレンを見た。
拘束はされているものの、彼はラビのように噛み付かれたりはしていない。
「アレン、何か―――」
「ウギャアアアアア!!」
ラビの篭った声がコウの声を遮る。
眉を寄せつつそちらに視線を向ければ、先程までそこにあったはずのラビの姿が無かった。
代わりに、そこに居る大きな花から………彼の腕が生えているではないか。
「あ、食われてる」
「ラビ!落ち着いてください!!」
アレンの声にコウは口を閉ざし、代わりにラビは逆切れに近い状態で叫ぶ。
そのくぐもった声に向けて、アレンは冷静に説明を始めた。
話の内容はといえば、以前彼がこれと同種の花を飼育していたというもの。
彼の話によれば、この花は好意を持つ人間には噛み付かないらしい。
「だから、心を込めて花達に愛情表現してください」
そう言ったアレンに、ラビは必死でわかったと返事を返す。
そして、彼はこう叫んだ。
「I LOVE YOU――――――!!」
何とも単純明快な愛情表現だ。
「要するに、初めから私のやり方が正しかったみたいね」
「ええ、まぁ…。でも、初めからそんなに懐くなんて、信じられません」
少しずつ拘束が緩くなってきているのを感じつつ、アレンはそう答えた。
葉の上で足を組みなおしたコウは彼らの様子にクスクスと笑う。
彼の後ろには、ただ只管「愛してる」と繰り返すラビの姿がある。
「てか、この花に向かって初対面から愛情を表現できるコウが信じらんねぇよ」
「んー…慣れ、かな」
向こうの世界では一時期、軍の錬金術研究機関に滞在していた。
その間、合成獣の研究に携わっていたのだ。
合成獣を見慣れたおかげで、彼女が視覚的情報だけで何かを嫌うという事は皆無になったと言う訳である。
「何事も経験しておくもの…ね」
そう言って呟くと同時に、手に冷たい何かがポツリと当たった。
やがてそれはぽつぽつと量を増やし、三人の身体を濡らしていく。
「雨…?」
「えっ…雨!?」
城の中なのに?とアレンが天井を見上げる。
しかし、当然の事ながら雨雲も見当たらなければ、天井に穴が開いているわけでもない。
その間にも、雨は静かに降り続ける。
「そう言えば、戦闘と思しき音も止んだね。決着がついたみたい」
「え!?クロちゃんが死んだら困るんだけど!」
「えー?その時はアクマを壊して任務完了でいいじゃん」
「そういう問題じゃないですよ!ただでさえエクソシストは人手不足なんですから!」
そう言って、両側から腕を引かれて歩き出すコウ。
抵抗するつもりは無いが、本気ではなかったと伝えるのはもう少し先の事になりそうだ。
肩を落とすクロウリーに道連れにされ、危うく花に食われるところだったラビとアレン。
コウはと言えば流石と言うか何と言うか、上手い事難を逃れていた。
とりあえず花の気を引いて彼らを解放させた彼女は、三人と共にその場から離れる。
適当な場所に腰を落ち着けたエクソシスト三人は、当初の目当てを口に出した。
「ああ…その男なら確かにここに来たである」
似顔絵を片手に尋ねれば、返って来たクロウリーの答えは肯定。
それから、話はその似顔絵の人物の行方に移った。
彼の話によると、どうやら彼―――クロスは、クロウリーから金を借り、東国へと渡ったらしい。
「目的の話が聞けた所で…私からも一つ聞かせて欲しい」
今までアレンやラビのように話には加わらず、沈黙を保っていたコウが口を開いた。
彼女の様子に二人が顔を見合わせ、そしてクロウリーが頷く。
「あなたの話していたヴァリーヴドラゴンに関しての情報が欲しい」
その真剣な眼差しに、アレンとラビの表情も変わる。
彼女の思いを知る者としては、当然の反応だろう。
「…その、胸の宝玉の事であるな?」
「ええ。あなたがヴァリーヴドラゴンと言った…この子について」
愛でる様に指先をその赤い宝玉に滑らせる。
彼女の様子を見て、クロウリーは暫し悩んだ後徐に立ち上がった。
「書庫へ案内しよう。そこにヴァリーヴドラゴンに関する蔵書があったはずだ」
そう言って歩き出した彼の背を追うコウ。
それに続こうと立ち上がろうとするアレンを、ラビが引きとめた。
「ラビ?」
「一人で行かせてやって。俺達が居ると、強がるから」
小さくなり、やがて廊下の角へと消えていった背中を二人で見送った。
廊下を数分間歩き、やがてクロウリーの足が止まる。
彼はドアを開いて中からそれを押さえた状態で彼女を招き入れた。
その紳士的な行動に軽く頭を下げ、コウはその部屋の中に足を踏み入れる。
「凄い蔵書量…」
「御祖父様の趣味で世界中から集められた本だ」
「へぇ…」
興味はある。
だが、今はそれよりも確かめなければならない事が目の前にあるのだ。
コウは本棚の一角に歩き出したクロウリーの背中を見つめた。
どこか寂しさを感じさせる彼の背中は、それでもある程度気持ちの整理を付けたのだろう。
表情からそれを悟り、そっと目を細める。
「…大切な人を失うのは…辛いよね…」
況してや、自身の手でそれを奪った彼の辛さなど計り知れない。
脳裏に浮かんできた過去の情景を消し去るように、何度か首を振る。
「コウ殿。この本である」
すいと前に差し出された本の表紙が目に入ってくる。
パッと顔を上げた彼女の視線が彼のそれと絡み合う。
だが、先程の彼女の行動の意図を尋ねる事はなく、彼はただ苦笑を浮かべた。
「我輩にはよくわからない内容の本であったが…役に立つといいであるな」
「あ、りがとう」
そう答え、その分厚い本を受け取る。
逸る鼓動を抑えて、表紙を捲った。
その見開きを見た途端、彼女の目は最大限まで見開かれる事となる。
「嘘、でしょう…。何で………これが、ここにあるの……」
怯えにも似た驚きに表情を染め、本を持つ手を振るわせる。
尋常ではない彼女の様子に、クロウリーが思わず彼女の名を呼んだ。
しかし、そんな声も届かない様子で、彼女はただただ見開きのページを見つめる。
その表情からは見る見るうちに血の気が引き始めていた。
「コウ殿!?」
いよいよその身を案じた彼の切羽詰った声が書庫に響き渡る。
それと同時に、彼女の身体がぐらりと揺れ、背後の本棚に背中を預ける状態となった。
どんとぶつかる衝撃と共に、彼女のポケットから銀時計が零れ落ちる。
本来チェーンで留められているそれが、何故か硬い石の床に転がった。
カシャンという音が静かな部屋の中に響く。
銀時計に刻まれた軍部の紋章と同じそれが、手にある本からじっと彼女を見つめていた。
06.08.09