Destiny - 43 -
立ち上る火柱は蛇を模り、灼熱と共にクロウリーを襲う。
コウは頬を掠める熱気にそっと目を細めた。
下手をすれば乾いてしまいそうなそれを潤すように瞬きを3回。
開いた視界に、炎の蛇がクロウリー諸共城壁を突き破って行くのが見えた。
「相変わらず派手な技…」
ポツリと呟いた彼女の声に、ラビは「はは」と笑う。
そして、自身の槌を地面へとつき立てた。
「コウコウ」
「…何か凄く嫌な予感する」
「悪いようにはしねぇって」
そう言いつつも彼の腕はしっかりとコウの腰元を引き寄せる。
にっこりと笑った彼に対し、顔色悪く口元を引きつらせる彼女。
「や、待っ…!!」
「問答無用!伸――――ん!」
素晴らしい速度で伸びていく柄にあわせ、彼女の身体は空中へと攫われた。
人でなし、と言う声が彼女の姿に比例して小さくなっていく。
しっかりと目を瞑り、いつまでも慣れる事のないこの浮遊感が消えたのを感じ取る。
そっと目を開くと、柄の終わりにぶら下がっているアレンがその中に映り込んだ。
どうやら上手い事落ち行く彼のコートの襟を拾ったらしい。
「思ったより元気そうですね、二人とも。コウは草臥れてますけど…」
「俺のはコウに治してもらったんさ」
「…私が草臥れてるとしたらラビの所為ね…。恩を仇で返すなんて…あんまりだ…」
抱きかかえられていると言うよりは持ち上げられている、と言った方が正しいだろう。
不安定な中、コウはぐったりとした様子でそう毒づいた。
そんな彼女の様子を見て、アレンは思わず苦笑を浮かべる。
きっとあの場所にコウを残してくるのが嫌だったんですよ、と言えば、彼女にラビの思いは伝わるだろうか。
ふとそんな事を思ったが、今の彼女には言っても逆効果だろう。
彼女は良くも悪くも強い。
無理やり連れて来るくらいなら置いていってくれと答えられるのが関の山だ。
「…ラビ、いい加減下ろして」
「あいよ。離してダイジョブか?」
それ以上彼女を怒らせるつもりはないらしく、彼はコウにそう問いかける。
彼女は一も二も無く頷いた。
「大丈夫」
「ん。離すぞ」
そう言うとラビは彼女の腰を抱えていた腕を緩める。
重力に従って彼女の身体は真っ直ぐに床へと向かった。
途中、コウはくるりと身体を反転させて足を地面の方へと向ける。
タンッと軽い足音と共に、彼女は磨きぬかれたそこに降り立った。
「…猫みたいですね」
「お、それぴったり。性格も気紛れで猫みたいだしな」
ポツリとアレンが落とした言葉にラビが笑う。
基本的に深くは踏み込ませない彼女。
その素っ気無さと言えば、どこか猫を思わせるものがある。
「さて、俺らも降りるか」
言葉の後、アレンは自身の身体をぶら下げていたそれがなくなったのを感じる。
突如訪れた落下の浮遊感に、彼は口元を引きつらせた。
「一言言ってくださいよ!!」
その叫びはラビに届いただろうか。
華麗に着地、とは言えないが、床に降り立った二人。
彼らは先に降りていたコウの元へと向かう。
背中に声が届く位置まで近づいたところで、ラビが彼女の異変に気付いた。
その肩が、軽く強張っている。
「コウ?どうした?」
そう声を掛ければ彼女はビクリと息を呑んだ。
彼女の反応に、ラビとアレンは顔を見合わせる。
そして、何を言うでもなく彼女の目線の先へと己のそれを向け、原因を悟った。
「エエ…エリアーデ。何であるか、それは…」
エリアーデに支えられたままで声を震わせ、そう言葉を紡ぐクロウリー。
彼は真っ直ぐに彼女の右肩を凝視していた。
その言葉の意味を察しかねた彼女は「え?」と声を上げる。
「おお、お前のその…体から出ているものは…………」
未だ嘗て見た事も無いような、異形のもの。
拘束された髑髏を思わせるそれは、声無き叫びを発していた。
「―――っ!!」
「コウ!?」
ラビが、ぐらりと揺れた彼女を慌てて支える。
その時覗き込んだ顔は真っ青だった。
「どうしたんさ!?」
「叫びが聞こえる…頭が痛い……っ」
そう言って頭を抱える彼女。
その時、ラビは目の端で紅の何かが揺れるのを見た。
視線を向けた先にあるのは、コウが大切にしているアズの形見。
「(…気のせいか…?)」
浮かんだそれは声にはならず、彼の脳内を巡る。
もう一度彼女が息の塊を吐き出したところに気付いたところで、彼の考えは脳内から跡形も無く消え去っていた。
「ラビ、コウはどうしたんです?」
「俺もさっぱり。ただ言える事は………アレが原因だって事だな」
「――――…たの…」
小さな声が聞こえ、二人の視線はコウへと向けられる。
彼女は頭を押さえつつ、その目に薄く涙を浮かべて息を乱していた。
「前に、見たの…アズの目を通して…。でも、こんなに酷く声が聞こえた事なんて……」
「そうか。アズは見えるんだったな」
「見えるって…」
「アクマだよ。アズもお前の左眼と同じように、見えるんさ」
ラビはアレンの左目を顎で指しながらそう答える。
そしてすぐに目を彼女へと戻した。
いくらか調子を取り戻したらしい彼女は、不安定ながらも自分の足で立っている。
支える為に差し出していた腕を引き、ラビは問う。
「聞こえるのか?」
コクリと、彼の問いかけにコウの頭が縦に動く。
その顔色は未だに戻ってはおらず、不安の中を彷徨った手はラビのコートを握った。
「……………来る」
「「は?」」
ポツリと、コウが下を向いて小さく呟いた。
それを聞いた二人が、思わず間の抜けた声を発する。
だが、彼女に向けた目の端でエリアーデがその身体を転換させてクロウリーを攻撃したのが映った。
二人の意識はそちらへと戻る。
「ヤベェさ!クロちゃんさっき俺とバトってヘロヘロだった!!助けねェと………っ!!」
そう声を上げたラビが動くよりも早く、異変は起きた。
ぐらりと足元が揺れたかと思えば、その場に亀裂が走る。
そこから飛び出してきたのは、三人によく覚えのあるもの―――食人花。
「やっぱり来た」
「いや、落ち着いてる場合じゃないって!!」
身体を持ち上げられつつそう言ったコウに対し、ラビの焦った声が飛ぶ。
だが、彼女はきょとんと彼に目を向けた。
「焦る必要ないよ」
ツルに身体を雁字搦めにされて持ち上げられている二人。
対して、身体を持ち上げられはしているものの、締め上げられているわけでもなく葉の上に載せられているコウ。
明らかに扱いの差を感じ、彼らは何とも言えない微妙な表情で口をぽかんと開けた。
「ほら、だから言ったでしょう?コウは好かれてたって」
「あー…確かに」
向こうで戦闘の轟音が鳴り響いていると言うのに、暢気なものだ。
花を摺り寄せてくるそれに苦笑しつつ、コウは撫でるように花びらに手を触れさせている。
「甘えてくればどんなものでも可愛いものだよ」
「…どんなものでも…?」
鸚鵡返ししながらラビとアレンはじっと目の前の花を見つめる。
まず目はどこだと問い詰めたくなる気持ちを抑え、見詰め合う。
「……………やっぱ無理!!これのどこが可愛いんさ!?」
「明らかに可愛くありませんって!!」
叫びとほぼ同時に、彼らの身体は更に強い力で締め上げられる。
逆鱗…とまではいかずとも、花の機嫌を損ねた事だけは確かのようだ。
06.07.30