Destiny  - 42 -

争う彼らを横目に、コウはそっと地面を走る。
崩れた瓦礫の中に見慣れた黒いコートを見つけ、邪魔なものを一瞬のうちに錬金術で取り払ってしまう。
その下で気を失うラビの傍らに膝を着き、頬に伝っている血を指で拭った。

「ラビ…」

彼の名前を呼んでも、その唇から返事は無い。
身じろぐ事もない彼に冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
口元に手をかざせば、普段よりも浅い呼吸が掌を掠める。

―――まだ、間に合う。

地面にじわりと広がった赤いそれが過去をフラッシュバックさせる。
そっと自身の肩を抱き、コウは一つ深呼吸を零した。
目を閉じ、一年前に毎日ただひたすら詰め込んだ知識を脳内に浮かべる。
両手を合わせ、その手をそっと彼の身体へと触れさせた。
錬成反応が手を添えた部分から全身へと走る。
衣服の破れが綺麗に元通りになり、目立った外傷も消えうせた。
ただそこに残る血の後だけが、怪我があったことを教えている。

「…ラビ」
「………っ……コウ?」
「身体、動く?」

ぼやける視界で一番に飛び込んできた人物の名前を紡ぐ。
彼の意識が戻った事にほっと安堵し、コウは彼の手を取りつつ問いかけた。
頷きながらも、その手を握ったり開いたりするラビ。

「…とりあえず、動く。治してくれたんか?」
「うん。動ける程度に、だけど」
「これで十分。サンキュ」

そう言って彼女の鳶色の髪を撫でると、彼は身体を起こして立ち上がる。
少し慣らすようにぐるぐると腕を回し、やがてホルダーから自身の武器を取り上げた。

「んじゃ、アレンの助っ人行って来るわ」
「うん―――って言うか、私も行くし」

思いっきり見送り気分になっていた彼女は、ハッと我に返って自身も立ち上がる。
邪魔になるからとホルダーに仕舞いこんでいた両方の武器のうち、ダガーを手にとって逆手に持つ。
白銀の刃からひんやりとした空気が手に伝わってくるのを感じる。
二人が並んだ丁度その時、何かが城の壁に向かって飛んで行き、そこに大きな穴をぶち開ける。

「アレンが飛んで行ったわ」

コウの冷静な声に、ラビは思わず苦笑を浮かべる。
そして槌を自身の真上でくるくると回しつつ、徐々にそれを巨大化させていった。
ぐるんと大きく回したその遠心力を活かし、彼は地面を蹴る。

「へぇ…ああ言う使い方もあるんだ…」

先にクロウリーの元へと向かったラビの背中を見つめ、コウはポツリと呟いた。
そしてふと視線を城の壁へと向ける。
大きく開いた口が閉じられる事は無く、もちろんそこにアレンの姿は無い。
生身の人間があの衝撃に耐えられるのだろうか…そう考えながら、彼の無事を願った。















目の前のラビと対峙しつつ、クロウリーはふともう一人の存在を思い出した。
あんな奇妙な技を使うような女がいつまでも穴の中で大人しくしているとは思えない。
思い出してしまえば、気になってしまうのが人間と言うもの。
目だけを動かして周囲を探った彼の視界の端に、何かが過ぎる。
身体は本能に忠実で、避けなければと思う前に動いていた。

「掠っただけ、か…」

いかにも残念、と言う声が二人の耳に届く。
一旦攻撃の手を止めたラビが「コウ」とその名を呼んだ。
彼女は彼の声に返事をするように微笑みかけ、そしてクロウリーに向き直る。

「でも、それだけでも凍傷になりかねないからご注意を」

そう言って彼女は自身の指を彼の腕へと指す。
自然と指先を追って見下ろした自身の腕には薄い傷が一筋。
先程避けたと思っていたそれは、彼女の言い分通りに腕を掠めていたようだ。
ふと、その傷の所為で裂けた着衣が半透明の氷を纏っている事に気付く。
パキパキとその氷の腕を伸ばしてくるそれを見て、彼女の笑みが深められた。
そして空に掲げられた彼女の指先がくいと何かを引く。
と、クロウリーの目の前を光る糸のようなものが通り過ぎ、その最後に先ほど視界を掠めたダガーが移動した。
寸分の狂いも無く手繰り寄せられたそれは彼女のしなやかな手の中に納められる。
それを一瞥すると、彼女は地面を蹴ってラビの傍らに降り立った。

「エクソシストの説明した?」
「ある程度な。あの歯がイノセンスで間違いないさ」
「同感。………で、足止め何秒?」
「準備は5秒でOK」

ぐっと親指と人差し指で輪を作る彼に、コウは「了解」と答えて頬に掛かった髪を背後へと流す。
そして持っていたダガーをくるりと回して逆手に構えると、その場から駆け出した。
クロウリーとの間合いを一気に詰め、下段から斜めに白銀のそれを滑らせる。
彼も腕の氷を気にしつつもそれをひらりとかわす。
かわされる事を予測していたのか、彼女はそのまま勢いを殺さずに身体を回し、遠心力を生かして彼を切りつける。
刃が掠めるたびに、そこからパキパキと侵食は広がった。

「どうしても聞きたいことがある」
「まだ言うか、小娘」
「何度だって言うわよ。欲しい情報を貰うまではね」
「そこまで拘る意図がわからんな」

そういったクロウリーの視線は、彼女の胸元で揺れる赤い宝玉に向けられている。
血を落としたようなそれは、見る者の目を惹き付ける。
それを欲していたのではないのか、と言う彼に対し、コウは不愉快を露に眉を寄せた。

「誰が好き好んでこんな風にするもんか」

呟く声は、彼の一撃に掻き消される。
肩口に受けたそれを受け流すように数メートル後方に引き下がった彼女は、途中で自身の手を合わせる。
そして動きが止まると同時に足元の地面に手をついた。
360度から土がクロウリーを襲う。
それでも捕らえるには至らない彼の速さに、軽く舌を打った。
だが、彼が地面に足を着いたところで事態は一変する。

「うあ゛あああ…ぐがががが…?」

突然奇声を上げて苦しみだしたクロウリーに、二人は思わず手を止めて顔を見合わせる。
お互いに「何かしたのか?」と目で語り、そして首を振った。
結論として彼の身体に何らかの異変があったのだと悟り、その動向を見守る。
腰を折り、頭を抱えて苦しむ彼はそのままふらふらと後退し、背後にあった大木にドンと背中をついた。
それを見たコウが瞬時に移動し、その木に彼の身体を固定してしまう。

「5秒と言わずに足止め出来た」
「そうみたいだな」

一仕事終えた後のように、コウはパンパンとコートの埃を払う。
そして後はラビに任せたとばかりに自身の得物をホルダーに戻した。

「事情は全く知らねェけど、こっちにとっちゃチャンスさ。恨まないでね」

屈託の無い笑顔と共にそう言うと、ラビは自身の槌を構えなおした。

06.07.27