Destiny - 41 -
棺の蓋は、長い間地中に埋まっていた所為で脆くなっている。
下手に触ると壊してしまいそうで、アレンは慎重に事を進めた。
棺を発くという何とも祟られそうな事を彼に押し付けたコウとラビは、その背中を微妙な表情で見守っている。
背中からでも「嫌だなぁ」と言うオーラが感じられ、代わってやりたいなと言う気持ちはある。
だが、それよりも死者の寝床を荒らすのは嫌と言う気持ちが上回っただけの事だ。
「勇気あるねー…アレン」
「ま、いつまでも立ち止まってらんないしな」
「そりゃそうだけどさ…」
ペキンと最後の釘が抜け、棺の蓋が取り外し可能な状態になった。
それを見てラビとコウもアレンの背後に回る。
ゆっくりと開かれたその中には、すでに腐敗の始まる死人の身体が横たわっている―――筈だった。
「…ビンゴ」
小さな呟きは口内に止まり、表へと飛び出す事はなかった。
「…アクマだ」
棺の内側にはペンタクルが浮き上がっていて、その中に横たわる死人の額にも同じそれが刻まれている。
死人…と呼ぶべきではないだろう。
皮の一枚下に隠れていたのは、千年伯爵の作った魔導式ボディだった。
「死人はアクマか…」
「他の棺も全部発くぞ。コウも手伝えって」
「はいはい」
一線を越えてしまえば、罪悪感も薄れる。
コウはパンッと両手を合わせ、それを地面へとつけた。
ぐらりと土が揺れ、次には棺を差し出すように変化していく。
他の7つの棺全てを地中から掘り出すのに10秒と掛からなかった。
「……コウの前には地道な努力とかも無駄に感じますよね…」
「俺ら、必死で掘り出したのにな…」
地道にシャベルや杭を使って数十分かけて掘り出した二人は静かに肩を落とす。
便利と言えば便利なのだが、何だかやりきれない思いを感じてしまうのは何故だろう。
「くだらない事言ってないで、さっさと終わらせようよ」
コウの声によって、二人はそんなくだらない考えを放り出した。
手分けして棺の蓋を外し、その中身を確認する。
人の遺体が入っていた、となれば今更ながらに薄ら寒いものがあるが、予想外の事は起こらなかった。
初めの一つを合わせて8つ。
その全てが、アクマを埋葬してあったのだ。
「………男爵はアクマを襲っていた…アクマだけを襲っていたんだとしたら?」
アレンの言葉から導き出される答えは、コウもラビも同じ。
三人は顔を見合わせた。
「こりゃ吸血鬼退治じゃないさ。クロウリーって奴は…」
代表して声を発したラビの方を向くアレンとコウ。
だが、その言葉に集中するよりも先に、視覚的情報が身体を動かした。
ラビの背後に、長身の人影。
「ラビ!!」
アレンの声に合わせて銃声が響き渡る。
だが、僅かに遅れを取ったコウの銃弾は掠めるだけにとどまる。
現れた人物はラビを側方へと殴り飛ばした。
その人物こそ、今話題になっていたクロウリー。
「すでに臨戦モードか…。随分と好戦的なことで」
そう言いつつ、コウは銃口をクロウリーへと合わせる。
彼女の指の動き一つで、銃弾は彼の心臓へと一直線だ。
「まぁ、私としては探す手間が省けたね。ヴァリーヴドラゴンに関して、知ってる事を全部吐いてもらう」
「コウ!?彼は…」
「例えお仲間だろうが何だろうが…私には関係ないんだよ、アレン」
今しも彼を撃ち殺しそうなコウの様子に、アレンが慌てる。
しかし、コウは彼の言葉にも淡々と答えた。
視線は未だクロウリーに向けられたまま。
「私を怒らせたな…」
「…理解に苦しむ事を言わないで貰いたいね。不法侵入以外に怒らせるような事はしてない」
それだけでも十分のような気はしなくも無い。
アレンはコウの言葉にそう思うが、口に出さなかったのは流石だ。
声として発したが最後、クロウリーを睨む銃口が彼へと向けられただろう。
それほどに、今の彼女は殺気立っている。
コウは胸元の宝玉を指先で持ち上げ、彼に問うた。
「教えて。何故、これを見てヴァリーヴドラゴンの心臓と?」
「これから死ぬ輩に教える必要など無い!!」
地面を蹴り、彼は真っ直ぐにコウとの距離を詰める。
彼女はそれを見て、右手に持っていた銃を放り投げた。
そして開いた両手を合わせて地面へと着きつつ、彼の攻撃を逃れる。
ザッと土の上に足のあとを残して再び彼に向き直った。
移動した先で、寸分繰る事無くコウは先程放り投げた銃を受け取り、構える。
振り向いたクロウリーは、眉を潜めて彼女を見た。
彼の視界に移った彼女は、ニッと口角を持ち上げている。
「地盤沈下にご注意を」
彼女の唇がそう動き、言葉と共にクロウリーの足元は揺れる。
気づいた時にはすでに遅く、彼の身体は土埃と共に土の中に飲み込まれるように沈んだ。
落とし穴の要領で落下した彼を、コウは穴の上から見下ろす。
アレンも彼女に続いた。
「深さはどのくらいあるんです?」
「大体3メートル」
そう答えつつ、暗い穴の中を覗き込む。
だが、明かり一つ無い穴の中には月の光も届かない。
慎重に中を確認していたコウが、ポツリと呟いた。
「………居ない」
「貴様も奇怪な技を使う小娘だ」
背後から聞こえた声に、コウは内心舌を打つ。
ラビの時同様に側方へと薙ぐように拳を振るうが、間一髪のところで穴に飛び込む形でそれを避けた。
落下中にくるりと身体を反転させ、綺麗に着地する。
緩んだ足元は不安定で、コウは態勢を整えるのに時間を要した。
「コウ!無事ですか!?」
「大丈夫!油断しないで!!」
穴の上と下でその様な言葉を交わすと、コウは銃をホルダーに仕舞いこむ。
そして、アレンとクロウリーの戦闘の始まった音を聞きながら彼女は腕を組んだ。
「油断しないで、なんて言えたもんじゃないね…。自分で作った穴に緊急避難しなきゃならないなんて」
おまけにクロウリーを沈める事は出来ないし、と彼女はぶつぶつと呟く。
地面が沈みだしたのが原因の土埃。
彼はそれに紛れ、持ち前の運動神経で沈み行く土を蹴って難を逃れたのだろう。
もっと考えるべきだった、と思いながら、コウは上を仰ぐ。
彼女がすぐに穴から出ないのにはわけがあった。
ポケットから銀時計を取り出し、それをぎゅっと握り締める。
「…頭に血が上ったら、一旦全てを捨てろ。血の気の多い頭ではいい案は浮かばない…」
何年も前に、養父に言われた言葉だ。
子供の頃から一度頭に血が上ると手が付けられなくなるコウ。
彼の悪口に怒った彼女が、逮捕した強盗犯と共に折れた腕を抱えて帰ってきた時に言われた言葉。
骨折した腕の包帯を巻きなおしつつ、どこか怒ったように言われたそれを忘れる事はない。
「忘れてないのに…頭に血が上るとどうにも、ね…」
自嘲の笑みを零すと、コウは銀時計をポケットに仕舞いこむ。
長い深呼吸の後、彼女は再び夜空を仰いだ。
そして、緩んだ足元を踏みしめるとそれを一気に蹴った。
06.07.18