Destiny - 40 -
「…こうしていても時間の無駄だから、別行動するね」
「はい?」
「ラビの事よろしく。起きなかったらイノセンスで撃っていいよ」
殺しても死にそうにないし、とコウは本気でそう言った。
呆気に取られるアレンを横目に、彼女はするりと自身を絡め取っていたそれから抜け出す。
いつの間に…と彼が目を見開いている間にも、コウはスタッと床に着地への成功させていた。
名残惜しそうに身を寄せる花に、それはもう綺麗で自愛に満ちた微笑みを向け彼女は器用に花を避けて歩いていく。
その笑顔を向けられた花に対してほんの少し嫉妬心を覚えたと言うのは、アレン本人だけの秘密だ。
それはさておき―――
「…コウがいなくなった途端にこれですか…」
彼女が立ち去った鬱憤を晴らすかのように、ゆっくりと鎌首を擡げる花々。
どう贔屓目に見ても、先程の友好さなど欠片も見当たらない。
寧ろ親の仇とでも言いたげな空気を纏っている。
「………恨みますよ、コウッ!!!」
ぐわっと牙を剥いて来た花を前に、アレンは思わずそう叫んだ。
一方、二人をおいてさっさとあの場を後にしたコウ。
適当に廊下を進んでいたのだが、如何せん広すぎる城。
自分の勘を頼りに右へ左へと進んできたわけだが、人どころか生き物一匹出会わない城内。
だだっ広い廊下にコウのブーツの音だけがカツンカツンと響いた。
そんな中、不意にその足音がぴたりと止む。
当然彼女が足を止めたからで、その彼女はとある廊下の壁をじっと見つめていた。
「…書庫っぽい」
何となく、と後に付けたし、コウは両手をパンと合わせる。
そして、それを向き合った壁へと触れさせた。
瞬く間に出来上がったのは、豪勢とは言えないけれども精密な造りの扉。
『出口が無ければ作ればいい』
ふと脳裏に浮かんだ声に、コウはその口元を緩めた。
「久しぶりに思い出した…かな」
ドアノブにかけようとした手を、そのまま自身の胸元へと運ぶ。
そこに光る宝玉を拾い上げ、それに唇を落とした。
「何かわかるといいね」
誰に語りかけるでもなく―――否、まるでそこにアズが居るかのように、彼女は静かにそう呟いた。
そして、今しがた自身が作り出した扉を開く。
彼女がその中に入った、丁度その時。
廊下の向こうで轟音が響き渡った。
壁を見つめ、「書庫っぽい」と言うだけでその壁に扉を作ってしまったコウ。
しかし、本日の彼女の勘は驚くほどに冴え渡っていた。
ドンピシャで書庫を探し当てた彼女は、その蔵書の量に思わず口を間抜けに開く。
「これはこれは…錬金術師の探求欲を擽る蔵書の山」
背表紙を視線でなぞっただけでも、ピクリと食指が動いてしまうものがいくつも見つかる。
自嘲交じりにそう呟き、彼女は一冊を片手にふと視線を先程轟音が聞こえてきた方へと向けた。
「…アレン…派手にやってるみたいだね」
この床の揺れが彼の所為と脳内で決めてしまい、コウはさっさとそれを忘れてしまう。
そう思うならば助けに行った方がいいように思えるが、彼女にはそれよりも優先すべき事があった。
「ヴァ……ヴァリーヴ……」
適当に取った本の索引を指でなぞる。
目を引く項目がないことを確認すると、それを脇に退けてまた別の本を手に取った。
それを繰り返す事数十回。
「駄目だ。この蔵書の中から探せって言う方が無理。仕方ない…クロウリーを捕まえて吐かせるしかないね」
バフンと最後に持っていた一冊を閉じると、それを本棚に仕舞いこんで軽く腕を回す。
数分の作業だったが、この暗さで文字を追っていただけに若干疲れが見えているようだ。
溜め息を吐き出し、自身が作り出した扉を抜けて廊下へと出る。
扉を元通りの壁に戻すと、彼女は先程の音源へと歩き出した。
ふと何気なく窓の外に視線を落とし、コウはそこに動く黒に気付く。
それがアレンとラビのコートであると気付くまでに、さほど時間は必要なかった。
「…合流しようか」
コウは呟きが終わるや否や錬金術で窓に穴を開けてしまい、そこから身を躍らせる。
木製の棺を前に、アレンはそっと地面に膝を付いた。
ドクンドクンと鼓動が煩いのは、死者への冒涜とも取れる行動の所為だろう。
今まさに、彼はその棺を開こうと手を伸ばした。
ザッと言う地を踏みしめる音と共に、彼らの背後に降り立つ何か。
それが何かと考える間もなく、彼らは間髪容れずに腹の底から叫んだ。
「「ギャ――――――ッ!!」」
「な、何事!?」
その声に驚かされたのは、他でもないコウだ。
城の二階から彼らの姿を見つけ、合流しようととりあえず窓枠を蹴った。
彼らの姿が徐々に近づいてきて、何かをしていると言う事はわかっていたのだが、速度を落とせるはずも無い。
そのまま彼らの背後に着地したはいいが、するなり素晴らしい肺活量で叫ばれた。
ワケがわからないのも、決して無理な話ではない。
「あ…コウ?」
「お、驚かせんなよっ!!」
「何の事よ?……足か痺れた…流石に城の二階からは無謀だったか…」
身体のバネを活かして衝撃はある程度和らげたものの、当然の事ながら完全ではない。
微妙に痺れている足の脹脛を手で馴染ませながら、コウは彼らを見た。
何だか涙目のような気がするのだが、そこを追求してはいけないような気がする。
「…二人揃って墓荒らし?」
「「違う!」」
ぶんぶんと首を振る彼らは、寸分狂う事無くまるでステレオのように答えた。
何だか妙に意気投合してしまっている彼らに、コウは内心首を傾げる。
未だ彼らの心臓が忙しなく動いている事など、彼女は微塵も気付いてはいないだろう。
何を隠そう、彼女はこう言うホラー関係に全く恐れない人間なのだから。
「んじゃ、このペンタクルの原因追求?」
足元の地面をザッと蹴り、コウは彼らに問いかける。
質問のように語尾は持ち上げられるが、彼女は自身の中で確信を持っているのだろう。
その表情から、それを悟る二人。
相変わらず頭の回転が速くて説明が少なく済む。
そんなことを考えつつ、頷いた。
「とりあえず今からアレンが棺を開いて中を確認する予定さ。アレンが」
ラビはアレンの名前を強調しつつ、そう答える。
自分の知らない所であったであろう攻防を思い浮かべ、ふと笑みを零した。
幸い、すでに棺に向き直っていたアレンにそれを見られることは無かったが。
花に浮かんだペンタクル、先程の轟音。
それらの簡単な説明をラビの口から聞く。
「そっか…あの子達爆発しちゃったんだ…」
「え…何でそこに落ち込むわけ?」
あの凶暴な花が爆発した事が何か問題でも?と言いたげな視線を向けるラビ。
しかし、コウの視線は城の崩れた外壁へと向けられていて、絡み合う事は無かった。
彼女の横顔を見つめていたラビだが、不意にコートの裾を何かに引かれる。
引いた先を見れば、アレンが彼の耳元に声を潜めて呟いた。
「理由はわかりませんけど、コウはあの花に好かれてたんですよ」
「え?あの凶暴な花に?」
「あの身体で最大限に愛情を表現していました」
それはもう、コウの身体を押しつぶさんばかりであった、と彼は語る。
実際に彼女が潰される事はなかったのだから、花がちゃんと手加減はしていたのだろう。
「あー…コウって自分に甘えてくる奴にめちゃくちゃ弱いからなぁ…」
ラビは人が食われるところを間近で見ただけに、コウの気持ちは理解しかねる。
だが、アレンが言うのだから事実なのだろう。
現に、彼女は今花が爆発したと聞いて背中に哀愁を漂わせて肩を落としているのだから。
「大体、あの花が甘えるってどんなんさ?」
「甘えてましたよ。まぁ、ラビは寝てましたしね」
最後の部分は、しつこく起きなかった事に対する棘の感じられる言葉だった。
彼の言葉に、ラビは「ははは…」と頼りない笑みを浮かべる。
「いやぁ…何て言うか……その………ごめん」
「別に気にしてませんよ」
笑っているはずの笑顔が、何故か背筋を逆立たせた。
アレンのその笑顔を見た唯一のラビは、後に静かにそう語る。
06.06.24