Destiny  - 39 -

『流石ですな、修道士様!クロウリーを前にしても怖じぬその勇気!まさに我らに与えられた神よりの使徒!!』
「はは、どうも。しかし………そんな遠くで言われてもねぇ」

コウは自分に向けられている言葉に対して、苦笑を浮かべつつ答える。
拡声器を使って木の影から僅かに身体を覗かせる形でエクソシスト三名に続く村長+村人。
三人と彼らの間は、距離にして十数メートルはあった。
彼らが近寄れない原因は―――

「はい。もう動かしていいよ」
「ありがとうございます」
「見たところ外見に変化も無いし、やっぱり言い伝えは言い伝えでしかなかったみたいだね」

お礼を述べるアレンに、コウは笑ってそう言った。
吸血鬼を怖くないと言った彼女だけあり、やはり噛まれれば彼らの仲間になるということは微塵も信じていないようだ。

「そう…ですね」
「よし。んじゃ、行こうか」

パンパンと腰についた埃を払い、コウは大きな岩から立ち上がる。
そして彼女らの傍らで、村人ほども距離をとっていないラビの方を見た。

「…そんな暇な事してないで、さっさと行くよ」
「わかってるって。気にすんな」

そう言った彼の手には太い杭、そして首には悪趣味なにんにくを連ねたものが下げられている。
どこから持ち出したのかは知らないが、暇な事をしているものだ、とコウは肩を竦めた。
そして、彼らが歩き出すのを待たずしてその足を進めだす。
村長たちにはこの場で待機してもらう事にして、アレンとラビもコウの後を追った。

「僕、コウは神田とイイ仲なんだと思ってました。でも、違ったみたいですね」
「ユウ?友人としてなら確かに“イイ仲”だと思うぜ。ユウも……俺も」
「あんな事を人前で平気で出来るのに?」

アレンの言う“あんな事”と言うのは、先程ラビがコウを抱きしめていた事を指すのだろう。
意外と初心…?と思いながらもラビは口を開いた。

「俺は慣れてるし。多分、コウも親がスキンシップ激しくて慣れてんじゃねぇの?」
「そうなんですか?」
「俺も見たわけじゃねぇからはっきりとは言えねぇけど、聞いた話では大事にされてたらしいぜ」

そう言ってラビは前を進むコウの背中を見た。
彼女と過ごした一年で、その育ての親が彼女にとって何よりも大切だったと言う事はよくわかっている。
人体錬成を行った所までは知らないにしても、彼の死がコウに大きな影響を与えたと言う事は確かだ。
この闇の中では黒に見える髪を揺らし、彼女が振り向いた。

「早くしないと夜が明けるよ?」
「はは。その方が好都合かもしれませんけどね」
「…あぁ、吸血鬼は太陽に弱いって言い伝え?当てにならなかったら時間の無駄だよ」

自分達に有利に働くかもしれない言い伝えであるにも拘らず、彼女にかかれば『時間の無駄』だ。
本気で恐怖を感じていないらしい彼女は酷く頼もしかった。
アレンとラビは顔を見合わせ、そして足の速度を速める。
アレイスター・クロウリーの城はもう間近に迫っていた。
















「な、何がどうなってるんです…?」
「………とりあえず、私だけ歓迎モード全開…?」

呆気に取られるアレンと、少し離れた位置で彼と同じように吊り上げられているコウ。
未だ心地よさ気に夢の中を彷徨うラビを横目に、とりあえず彼女は甘えるように自身に擦り寄るそれを撫でてみた。





事の発端は、場内に入ってから数分後の事だ。

まず一番に異臭に気付いたアレンが注意の声を上げるも、ラビはすでに夢の中。
彼の声よりも一瞬だけ早く、コウは彼と同じくそれを吸い込まないよう鼻や口を塞ぐ。

「何、この香り―――」
「これは―――」

コウとアレンの声はそれぞれ中途半端なままに遮られる。
ぐんと足元を掬われたかと思えば、そのまま身体を重力に逆らって持ち上げられる浮遊感。
四肢を絡め取られ、コウは手に銃を持ったままにしていて良かったと安堵すると同時に軽く舌を打つ。
現状に適しているダガーは足のホルダーに納めたままで、更に言うと腕を固定されていては届きそうに無い。
銃で何とか出来ないこともないが面倒だ、とコウは深々と溜め息を吐き出した。
まるで蜘蛛の巣に絡まった状態のコウとアレン、そして意識の無いラビ。
彼らを待ち構えていたように、目の前に現れたのは―――

「………花?」
「見紛う事無く、花ね」

存外冷静に分析した二人だったが、アレンは声が終わると同時にガバリと自身に向かって口を開く花に引きつった。
無論、コウの前に現れていた花も同じく口を開く。
そこに見えたのは鋭く尖る歯の様なものと、伸びてくる触手。
いよいよ身の危険を感じた二人が、同時に自身の得物を構えた。
口を開いた花は、勢い良くコウに迫る。

「コウ!!」
「―――っ」

予想以上の速さにコウの攻撃が一瞬遅れる。
彼女の身体に花の牙が食い込む―――事は無かった。

「………」
「……………」
「…………………えっと…何…したんですか…?」
「……さぁ。私に聞かれても困るけど」

彼女を助けなければと、彼女に向かった花に向けて伸ばしたイノセンスのやり場に困るアレン。
コウが傷一つでもつけられたならば、容赦なくイノセンスを発動させればよかったのだ。
だが、今彼女は無傷のままに彼の目の前に居る。
鋭い牙を持ち、自分達の身体を丸呑みできそうなほどに大きな食人花は、まるで犬猫のように彼女に擦り寄っていた。
無論、それらのような可愛らしさはなく、大きすぎる身体を擦り寄せられるコウは酷く迷惑そうだ。
だが、それでも彼女は傷一つつけられる事無く、ただ只管甘えられているように見えた。

「な、何がどうなってるんです…?」
「………とりあえず、私だけ歓迎モード全開…?」

呆気に取られるアレンと、少し離れた位置で彼と同じように吊り上げられているコウ。
未だ心地よさ気に夢の中を彷徨うラビを横目に、とりあえず彼女は甘えるように自身に擦り寄るそれを撫でてみる。
しかし、こうして手放しに甘えられると…

「何か、可愛く見えてくるから不思議…」
「か、可愛く見えてる場合じゃないですって!」

和んでどうするんですか!と声を荒らげるアレン。
そうは言っても、彼とて甘える食人花に攻撃できないと言うのが現状だ。





「そんな一気に甘えてこられても困るってば」
「………(これを攻撃するのって、凄く人でなしに思える…)」
「すかー…」

只管甘えられるコウ、上げた拳のやり場に困るアレン、そして未だ夢の中を彷徨うラビ。
奇妙かつ、非常に迷惑な展開になっていた。

06.06.16