Destiny - 38 -
何かの気配を感じ、臨戦態勢に入った三人の脇をそれがすり抜けていく。
まるで疾風のように走ったそれに、驚く三人。
瞬き一度分の時間で見失ったそれを追うように振り向いた彼らの耳に声が届く。
「アレイスター・クロウリーだ!!!」
眼を血走らせ、自身の牙を深々と村人の喉元へと突き立てるクロウリー。
唇を赤く濡らすその光景に、アレンとラビが面白いほどに反応を示す。
そんな彼らの様子を眺めている辺り、自分は中々余裕だな…などと考えるコウだった。
そして、ふと頭を切り替えると二人の間に見えているクロウリーに銃口を向ける。
丁度、彼の位置からは死角になるようにと僅かに身体をずらす事も忘れずに。
じゅるじゅるとその場に耳を塞ぎたくなるような音が響いた。
狙うのは、移動の要となる足。
マントに包まれ、位置が不確かになっているそれに向けて確実に銃口を合わせ、コウは迷う事無く引き金を引いた。
赤い弾道がラビのすぐ脇を抜け、真っ直ぐに闇色のマントに隠された太股を目指す。
だが、その先制攻撃は寸での所で避けられ、マントの穴を増やすだけに止まった。
音に反応して、村人が弾かれたように彼女の両脇を通って逃げ惑う。
「危なっ!!当たったらどうするんさ!」
「当てないよ。ラビが変に動かなければ、ね」
自身のコートを掠めた銃弾を見て、ラビが引きつった表情でコウに食って掛かる。
逆に淡々とした様子で彼女は二度目の攻撃の為、銃を構える。
その姿を見るなり、まるで道を作るかのようにラビとアレンは両側へと飛びのく。
一気に軌道に、コウが溜め息交じりに呟く。
「退いてどうすんのよ…吸血鬼討伐が私達の任務でしょ?」
その声に呆れが含まれていると感じるのは、きっと気のせいではない。
思い出したように二人がクロウリーの方を見る。
彼は一度目の攻撃以降警戒を強め、しかし自身の食事を止めようとはしない様子だ。
「…とりあえず討伐…」
「…だな」
アレンの言葉に、ラビも静かに頷く。
二発目がクロウリーの足元に撃ち込まれると同時に、彼は三人の方に向けて駆け出した。
今度は、武器の発動を終えていた二人が反応する。
クロウリーの接近を遮るように、アレンが地面に向けてイノセンスを打ち込む。
反動で巻き上がった砂塵が視界を悪くする中、いち早く反応していたラビが頭上へと飛び上がった。
そして、自身の槌を巨大化させてクロウリーの真上へと落ちる。
何十倍ものそれで押しつぶさんとばかりのそれに重力が味方した。
轟音と共に、地面にめり込んだそれが再び土煙を巻き起こす。
「どうだ!?」
狙いもタイミングも完璧。
これで逃がすなど有り得ないだろう。
しかし―――
「…ず、随分頑丈な歯をお持ちのようで…」
「うそぉ?すげェ歯だな、オイ!」
顔が引きつるのも無理は無いだろう。
クロウリーはその巨大な槌を、自身の歯で押し止めていたのだ。
地面が陥没したのは、彼ごと沈んだ故のようだ。
槌の先端の金属を歯で止める。
「…鳥肌もんね」
コウは黒板を爪で擦るのが嫌いな人間である。
当然の事ながら金属が歯と擦れ合う音など…想像するだけで鳥にも匹敵せんばかりに全身が粟立つ。
彼女は、今まさにそう言う状況下に置かれていた。
たとえどんな場面であれ、苦手なものは苦手。
しっかりと銃を握り締めてはいるが、銃口は小刻みに揺れているし、彼女の眉間の皺は深い。
苦手を通り越して嫌悪の域まで達している事はまず間違いなかった。
そんな中、クロウリーは自身の首の力だけで槌ごとラビを背中の方へと飛ばす。
重さが更に勢いを載せ、ラビは何か反応する前に後ろにあった石像と衝突した。
音にハッと我に返り、照準をクロウリーに合わせなおすコウ。
しかし、彼女の動作は一瞬遅れをとっていて、銃弾が吐き出される前にアレンのイノセンスが彼を封じる。
「捕まえた。おとなしくしてください」
そう言う彼は、自身の手の内にあるクロウリーに向けて冷静な眼を向ける。
そしてそれを横へと移動させ、コウをその眼に映した。
「らしくないですね、コウ。どうしたんです?」
「…嫌いなもんは嫌いなの」
それ以上は何も言うものか、とばかりに口を閉ざす彼女を見て、アレンも追及をやめる。
視線を彼に戻せば、突如狂ったような笑い声が辺りの静寂を飲み込んだ。
「奇怪な童共だ。私にムダな時間を使わせるとはなぁ。お前らも化物か!あぁ?」
身の危険を感じるどころか逆に滑稽だと彼は笑う。
そんな反応を前に、アレンは警戒を強めつつも言った。
「エクソシストです」
「ほぅ…エクソシストか…」
呟いたクロウリーの視線がアレンから、彼の隣へと並んだコウに向けられる。
突然自身に向けられるその眼差しに、彼女は訝しげに眉を寄せた。
「随分と悪趣味なものを」
「………他の誰に言われても、あんたにだけは言われたくないんだけど」
周りに視線を向けてみろ、とコウは口元を引きつらせた。
視線を向けて、食い入るように見つめた彼が何を言うかと思えば―――悪趣味、だ。
門と言い、今のこの場にも無数に存在する石像と言い、こういうものを揃えておきながらよりによって『悪趣味』だ。
ただでさえ不愉快な音に悪かった機嫌が最高潮へと跳ね上げられる。
「人に視線送ったかと思えばそれ?何を見て悪趣味って言ってんの?あんた」
「(コウの口調が変わってる…。)」
「(うわぁ…めちゃくちゃ怒ってるし。怒らせんなよなぁ…後大変なのに…。)」
仲間二名がそれぞれ頬を引きつらせている。
どうやらラビは初めてではないようだが、アレンの方はまだコウと出逢って日が浅い。
怒っている彼女自体がかなり貴重なだけに、初めて見る姿に驚きを隠せない様子だった。
「胸に提げているそれの事だ。ヴァリーヴドラゴンの心臓だろう?」
彼女の口調や空気の変化にも怖じる事無く、彼は顎でコウの胸元を指して問う。
それを聞くなりコウの表情が変わった。
「ヴァリーヴドラゴン…?」
「……無知故の愚行か…」
コウの返事を聞き、クロウリーは呆れたように、溜め息と共に一言。
それは、最低位置まで下がっていたコウの沸点を易々と超えた。
チャキ…と銃口を真っ直ぐに彼の額に合わせ、引き金に指をかける。
「ちょ、コウ!?殺す気ですか!」
「討伐なんだから問題ない」
「問題あるって」
ひょいと後ろからその腕を掠め取られ、彼を狙っていた銃口は夜空を仰ぐ。
非難の声を浴びせる前に、片腕で銃を持っている利き腕を固定され、もう片方で視界を閉ざされた。
「ラビ!放してよっ!」
「駄目だって。放したら撃つだろ」
「当たり前よ!あいつの態度見たでしょ!?人を馬鹿にして…!」
「はいはい。いい子だから落ち着けって」
ぐぬぬ…と呻くように奇声を唇から零しながら暴れるコウの頭に顎を乗せて、ラビは横目でアレンを捉える。
今のうちにさっさと片付けろ、と言うアイコンタクトは、しっかりと彼に届いた。
頷いたアレンがクロウリーに向き合うのを見ながら、ラビは静かに溜め息を吐き出す。
「(手を放した瞬間に拳が飛んできそうだな…。)」
猛獣をロープ一本で押さえつけているようだ、と彼は思った。
彼女が落ち着かない事には自身の身も危険で仕方が無い。
そして、彼女が落ち着くにはその原因が視界から消えなければならない。
とりあえずさっさと消えてくれ。
そんなラビの思いが通じたとは思えないが、兎にも角にもクロウリーを退ける事に成功した。
代わりに、アレンのイノセンスには彼の頑丈すぎる歯の跡がくっきりと残されていたが。
ぱっと開かれた視界。
若干押さえつけられていた所為でぼやけるそれを、瞬きで何とか正常な状態へと戻す。
その上でクロウリーを探すが、残念ながらその姿を視界に捉える事は出来なかった。
「逃がしたの?」
じろりと睨みつけるような視線がラビを射抜く。
未だ、銃を握った利き腕は彼に固定されたままだ。
そして、目を覆っていた手を解かれると同時に握った左の拳も、彼のもう片方の腕によって動きを制されている。
「落ち着けって。折角のチャンスだろ?」
「……………」
「アズの事、何か知ってるっぽかったじゃん。まずはそれを聞き出すことが先決。OK?」
「……………はぁ…OK。わかったから手、放して」
彼女の両腕の力が抜けたことを確認して、ラビも自身のそれを抜く。
久しぶりに怒った所為で妙な疲労感が彼女を襲っていた。
それが鬱陶しいとばかりに眉を寄せ、ラビに凭れる。
「あれくらいで怒るなんてコウらしくねぇじゃん」
「…あんたの槌の先、別の物質に変えたい」
「先?」
「金属と歯が擦れ合うの、嫌い」
「あぁ、そう言えば…ガラスを爪で擦るのも駄目だったよな」
なるほど、とラビが頷く。
機嫌が悪かったから沸点が低かったのだと、彼の中で納得できる答えが出た。
宥めるように彼女の頭を撫でるラビと、されるがままのコウ。
ラビが背後から抱きしめる状態になっていると言う事に、彼女は気付いているのだろうか。
「………二人とも、いつまで抱き合ってんですか」
アレンの声は、その場の人ののそれを代弁しているようなものだった。
いちゃつくなら他所でやってくれと呟くアレンの声に、二人が漸く動き出す。
06.05.24