Destiny  - 37 -

止まっていた汽車が動き出す。
進行方向を向いて腰を下ろしているコウは、軽く背もたれに押し付けられるような感覚を受けた。
それを気にする事も無く、ただ過ぎていく風景を眺める。

「あれ?アレンは?」
「あの子ならさっき駅で降りてたから最後尾じゃない?」

ラビの問いかけにコウはちらりと視線を向けて答える。
彼は「そっか」と納得した様子で彼女の隣に座った。
路線の関係か、車内はあまり混んでいる様子は見られない。
何を話すでもない二人の耳に、靴音が届いた。

「おかえり、リナリー」
「コウさん、ただいま!」

にこりと微笑んでリナリーは彼女の向かいに腰を下ろす。
手に持っていた紙袋を自身の脇へと置いた。
そこまでは良かったのだが…。

「リナリー。アレンは?」
「え?アレンくんは……………あれ?」

先程自身が歩いてきた通路を見て、更に反対側へも視線を向ける。
しかし、目当ての彼の姿を捉える事は出来なかった。

「えっと………」
「………乗りそびれ確定、かな」
















「汽車って思ったよりも速く進むんだね」

結構時間を食った、とコウはぶつぶつと漏らしながら足を地面につける。
夜の駅はほぼ無人に近かった。
見張りの駅員の方へと歩き、彼女は「すみません」と声を掛ける。

「私達と同じコートを着た少年をご存知ありませんか?」

自身と、後に続いたラビのコートを指差して男性に問いかける。
彼は記憶を探るように視線を持ち上げ、そしてあぁ、と頷いた。

「黒の修道士様のお仲間ですか?」
「…そうです。出来れば彼と合流したいのですが…」

コウの人の良い笑顔を疑わなかった彼は、そのまま案内を了承してくれた。
彼の後に続きながら、ラビがコウに声を掛ける。

「黒の修道士って何さ?」
「さぁね。私が知るわけ無いじゃん。どの道、合流すればわかるっしょ」

要するにその場限りに話を合わせたようだ。
潜めた声は、前を歩く男性に届く事は無い。






夜道を暫し歩き、三人は村へと到着した。
案内してくれた彼にここまでで構わないと礼を言って帰ってもらい、コウは扉に向き直る。

「…で、あんたは何やってんの?」
「え?普通に入ったって面白くねぇじゃん?」

登場に面白さを求めてどうする、と言いたげな視線を向けるコウ。
しかし、彼は全く答えた様子も無く、窓に手をかけるとそこから侵入していった。
彼の背が見えなくなり、コウは溜め息を漏らす。

「まったく…面倒ごとばっかりだね」

呟きと共に、コウは控えめなノックの後扉を開く。
彼女が入ってきた事に、中の誰も気付かなかったようだ。
寧ろ、先に侵入していたラビが襲われている。

「………ご苦労様」

彼のおかげで、コウは大した労力を使う事無く建物の中に足を踏み入れた。





「あれ、コウも一緒だったんですか」
「そうなのよね。ラビとアレンだけじゃ不安だったし」

ひらひらと手を振ってコウは笑う。
長いロープをぐるぐる巻きにされ、椅子に縛り付けられているアレン。
あとから侵入したラビも同じような状況だった。

「何でコウは縛られねぇんさ」
「人徳」

不貞腐れた様子の彼の言葉に、コウは一言そう返す。
逃がさないようにとアレンとラビを縛り付けた村人達だが、彼女だけは自由な状態だった。
確かにその人徳もあるかもしれないが、恐らくはタイミングを逸しただけだろう。

「詳しく聞かせて頂けますか?」

溢れんばかりの笑顔でそう問いかけられ、誰が彼女を縛る事など出来ようか。
彼女はこのままでも大丈夫。
村人全員の中でそんな意見が一致すると、彼らは実は…と語りだした。
















彼らの話によると、クロウリーという吸血鬼を何とかして欲しいらしい。
昔から村の奥に住む彼…と呼んでいいのかは微妙なところだが、兎に角吸血鬼は村人を襲っていた。
ところが、ある神父がクロウリー城から無事に帰還してからと言うもの、村はひと時の平和を手に入れる。
皆が安堵の息を漏らしていたのだが、最近になって再びクロウリーが村人を襲うようになったようだ。
すでに9人が犠牲となり、村人は今晩決死の覚悟でクロウリーを討ちに行くつもりだった。
そこへ幸か不幸かやってきたのがアレン、と言うわけだ。

ちなみにこの話をしてくれた村長は、アレンがはぐれた駅で弁当売りをしていたのである。
その時に彼のコートの十字架を見て気付いたと言う事らしい。

「同じ十字架の神父ねぇ…」

呟く声が聞こえたのか、アレンがその旅人について尋ねた。
すると村長は似顔絵と共に彼を紹介してくれる。
その紙に描かれた人物こそ、今彼らが追っている元帥のクロス・マリアンであった。















『そっか…クロス元帥が残した伝言なら従った方がいいわね』

ゴーレム越しにリナリーの声が届く。
それに向けて、アレンが口を開いた。

「リナリーとブックマンはティムと先に行っててください」

そう言えば、彼女は「わかった」と返事の声を上げる。
そして思い出したように彼女はこう続けた。

『気をつけてね。その…吸血鬼の人に噛まれると吸血鬼になっちゃうらしいから。ならないでね!!』

特にコウさん!と彼女は力強く言う。
顔が見えていないのをいい事に、彼らは少しばかり呆れたような表情を見せた。
コウは彼らの傍らでその声を聞き、クスクスと笑いを零す。
ラビの傍らを飛んでいた彼のゴーレムを指先に乗せ、リナリーに話しかける。

「私が吸血鬼になったらリナリーも仲間にしてあげるね」
『え!?そ、それは……うー…コウさんの仲間ならいいような、嫌なような…』
「………冗談だよ。それより、そっちも気をつけなよ。こっちは大丈夫だから」

通信が終わるとコウはゴーレムを持ち主であるラビに返す。
それを受け取りながら、ラビはコウに問いかけた。

「まさかコウまで吸血鬼を信じてんのか?」
「まさか。生憎そこまで子供じゃないんでね」

ニッと口角を持ち上げる様に、二人は納得したように頷く。
彼女が信じていると言われれば、それこそ嘘だろうという感じだ。

「お三方!止まって!!」

そう言って村長はぐいっと二人を縛るロープを引く。
ちなみにコウは相変わらず縛られる事も無く自由気ままに過ごせている。

「クロウリー男爵の城門です」

その言葉を受け、三人は聳える様な高さの門を見上げる。
お世辞にも趣味がいいとは言えない城門の向こうからは、何かの鳴き声も聞こえていた。
少し…では無く、かなり怯えた様子の二人に、コウは聞こえないように笑う。
吸血鬼を信じていないとは言え、やはり怖いものは怖いらしい。
コウはホラー系も全く怖がらない性質なので平然としているが。

「さあ、前へ!」

村人の声に、ビクリと肩を揺らしつつも彼らは城門を潜った。
彼らの後に続きながら、コウはコートの裾を払って銃を片手に取る。
それを遊ばせるようにくるくると回していると、突然アレンが彼女を振り向いた。

「コウは怖いんですか?」
「別に?」

首を傾げつつケロリとした様子で答える彼女を、これほど頼もしいと思った事は無い。
足並み重く進む彼らを、いつも通りに歩く彼女が抜き去った。
鼻歌でも口ずさみそうなほどに軽やかな足取りの彼女に、ラビとアレンは無言で視線を絡める。

「本当に怖くないみたいですね、コウ」
「性格的に怖がるような性質じゃねぇとはわかってたけど…」

ひそひそと言葉を交わしながら彼らは彼女の背中を見つめる。
そしてその向こうに見える、悪趣味な石像やら何やらを見止め…

「「(やっぱりどう考えても怖いって!!)」」

二人の心の声が重なる。
そんな中、不意にくるくると回していた銃を掌に納めるコウ。
それに合わせてぴたりと足を止める彼女と同時に、アレンとラビは背中を合わせて警戒態勢に入った。

「ミッションスタート、かな」

楽しげに口角を持ち上げ、コウも彼らと同じく臨戦態勢へと入る。

06.05.02