Destiny  - 36 -

話は移動しながら、と言う事で、各自準備に掛かる。
そんな中、コウはコムイに呼び止められた。

「コウ。少し話がある」

茶化すようではない、名前の呼ばれ方にコウは軽く目を見開いた。
だが、準備もさして時間は掛からないと判断した彼女は素直に頷く。
リナリーに与えられていた部屋は瓦礫に溢れていたが、コウの手に掛かれば数秒と経たずに元の姿を取り戻す。

「…先にこれを返しておくよ」

コムイはそう言って綺麗に折りたたまれたコートを彼女に手渡す。
一年間と言う短い期間ではあるが、共に過ごしてきたそれを見下ろすコウ。
その心境は複雑なものだったが彼女はそれを広げて腕を通す。
変わらないはずのエクソシストとしての姿に、足りないものがあった。

「ラビから話は聞いた。あんな事を言っておきながら勝手だとは思うけれど…」

コムイは躊躇いながらも紡ぎだす。
あんな事、と言うのはコウを足手まといだと言った事だろう。
気にしていないといえば嘘になるかもしれないが、彼の言葉を否定するほどの傷害ではない。
言葉を詰まらせたコムイだが、しっかりと真正面からコウを見据えて言う。

「イノセンスが機能している以上、君には共に戦ってもらいたい」

彼の言葉は真剣な声色と共に彼女の耳へと届けられる。
コウも扉を一瞥した後、彼の意思を受け止めるように視線を返し、口を開いた。

「コムイさん、私はエクソシストです。一年前、この世界に来て…このローズクロスに誓った」

右手を自身の胸元の十字架に乗せる。
この十字架の重さを軽んじるつもりは彼女には無かった。

「…アズを失った今は、色々と不自由になったと思います。それでも、私には戦う事しか残されていない」

世界に関わらずに平和に生きる事は出来ない―――ならば、せめて多くのことに関わりたいと思った。
それが、自分がこの場に存在した確かな証となるから。
真っ直ぐな眼差しはコムイの心を揺さぶった。

「…君のような子供を…血を流す場所に立たせてすまない」

妹さえもそのような場所へ送り出さなければならない彼は、どれほどの重圧をその背に負っているのだろう。
コウは眉を顰めて視線を落とした彼を見つめながらそう思った。

「もう慣れています。15の時から…この手はすでに赤く染まっていますから」

初めは、ただ役に立ちたい一心だった。
狭すぎる私の世界に、彼は唯一の存在だったから…ただ、それを守りたくて。
自身の手を赤く染める覚悟と共に、今とは違う青い軍服に袖を通した。
あの一瞬から、奪う事に躊躇いなど無い。

「それ以上何を背負う必要もありません。ノアが何者であったとしても、進路に立つなら討つ。それだけですよ」

穏やかな笑顔と紡がれた内容は相反する位置に存在するものだった。
これからも宜しくお願いします、と頭を下げる代わりに敬礼を見せ、彼女は部屋を後にする。
コムイはその背中を見送ると静かに椅子へと腰を下ろした。

「…君の背負っているものとは比べ物にならないよ…コウ」

口元に自嘲めいた笑みが浮かぶ。














汽車に揺られながら、コウはぼんやりと窓の中を過ぎる風景を見つめていた。
少し歩いてくると言って彼女がアレンと別行動をとったのは今から半時間ほど前。
そろそろ心配している頃だろうと彼女は背中を預けていた壁から離れる。
しかし、まだ感情の整理が出来ていないような気がして、彼女は再びその背を預けた。

「何か…思い出してばっかりだなぁ…」

ふとした切欠で思い出すのは元の世界。
やはり、たった一年過ごしたこの世界よりも遥かにあちらの記憶の方が大きいらしい。
胸を締め付ける焦燥感を解決してくれるのは時間の流れしかない。
コウはそう思っていた。

「一年では無理か…」

せめて前に進めるだけでもよしとすべきなのだろうか。
コツンと窓に頭を添えて彼女は溜め息を落とした。

「アズの事だって、不安で仕方が無いのに…」

待っていて。そう言ったあの子の言葉を疑うつもりは無い。
それでも心配で不安な事は変わらなかった。
あの小さな存在にどれくらい助けられたかわからない。
コウは胸元に光る赤い宝玉を握り締め、手の上からそれに唇を押し当てる。
彼の鼓動を感じるのは、きっと自身の甘さが見せる錯覚なのだろう。





コツコツと汽車の音に混ざりながら靴音が届いた。
コウは僅かながら警戒を見せ、いつでも反応できるようにとダガーの柄に手を添える。

「お、コウ発見」

車両から姿を見せたのは、気の抜けるような声色でそう言ったラビ。
ほっと息をついてダガーから手を離すと、コウは凭れるのをやめる。

「中々帰ってこねぇから心配したじゃん」
「ごめんごめん。ちょっと考え事が長引いてさ」

そう言って彼女はポケットに押し込んでいた銀時計に手を伸ばす。
カチャリとそれを開くと、先程半時間だなと思った時から更に10分経っている事がわかった。
なるほど。自分を案じて腰を浮かせるには十分な時間だ。

「そういえば…よかったな、それ」

ラビはコウのコートを指しながらにこりと笑う。
彼女は自身の姿を見下ろした後、頷いた。

「おかげさまで、ね。コートと言えば…ラビ」
「ん?」
「立ち聞きは人としてどうなんだろうね?」

時折大きく揺さぶられる反動に身を躍らせながら二人は汽車の中を仲間の元へと進む。
コウの問いかけにラビの背中が固まった。
ギギ…とするはずの無い幻聴が聞こえそうなほどゆっくり、かつ不自然に彼は振り向く。

「…気付いてた?」
「うん。ラビがコムイさんとの会話にドアの前で聞き耳を立ててたのは気付いてたよ」

言葉と共に浮かべられた笑顔は責めている様にも、許してあげているようにも見える。
どちらかの判断が出来なかったラビは誤魔化すように口元を持ち上げた。

「ま、別にいいんだけどね。聞かれて困る事は話してない。ただ…混乱させたかもしれないけど」

そう言うとコウは笑みを消し去る。
影の落ちた表情から、それが明るい話ではない事はよくわかった。

「ラビは、私が怖いと思う?」
「…別に思わねぇけど…」
「初めて人を殺したのは15の時だったよ。それ以来、引き金を引くことに躊躇いはない」
「15…アレンと同じくらい…」

彼も相当重いものを抱えているとは思うが、コウも同じ年の頃から勝るとも劣らないものを抱えているらしい。
どこの世界も同じなのだろうかと、ラビの脳裏をそんな考えが過ぎる。

「ラビに嫌われたら生きていけないとか、乙女チックなこと言うつもりないけど…」

コウは柔らかく微笑み、ラビの手を取った。

「嫌われなくて良かった」

笑顔は心に明かりを灯す。





「ラビが大丈夫なら大丈夫だと思ったんだよね」
「ユウは?」
「ユウはー…ほら、鼻で笑いそうじゃない?『それがどうした』って」
「あー…確かに。ユウってあんまそういうの気にしなさそうだよな」
「でしょ?二人に嫌われないなら別にいいかなって。どうせ、甘い事なんていってられない世界なんだし?」
「ま、殺るか殺られるかだかんな」
「そう言う事。何かつくづく平和には見放されてるって思うよ。でも、後悔は無い」
「はは!コウらしいな」
「ありがと。ところで…時間かなり過ぎちゃったね?」
「………やっば…ミイラ取りがミイラになったとか言ってジジィに扱かれそう…」
「……………(ありえるだけに何とも言えないなぁ…)」

06.04.20