Destiny - 35 -
指先が痺れる。
後何発撃てるだろうか…と考えながらも、コウは自身の口元に笑みを刻む。
この感覚は久しぶりだと思った。
「久しく銃なんてお世話にならなかったからね」
トンと地面を蹴り、目の前のアクマを踏み台にしてその後ろに居たアクマの眉間を狙う。
距離にして十数メートル。
銃声と共に赤い軌道が走り、寸分狂う事無く眉間に打ち込まれたそこからアクマは爆発する。
それを見届ける事無く、左手のダガーを手の中で反転させ、逆手に握ると水面のような刃を足元のそれに突き刺した。
飛び降りる時の重力を味方に付け、そのまま切り口を下へと押し広げていけば、事は終わる。
地面に足をつけた時には先程足場にしたアクマが隣に居たそれを巻き込み、炎上した。
衝撃を和らげるために折っていた膝を伸ばすと、ダガーを持つ手を右手に添える。
そして向かい来るアクマ一体一体に確実に弾を撃ち込んだ。
「25、26、27…」
そう小さく呟きつつ、確実に一体ずつ破壊していく。
指先がそろそろ限界を訴えてきていたが、目に見えてアクマが数を減らしていることが背中を押した。
「甘い」
背後を取っていたアクマの銃口がコウに向かう。
しかし、それを読んでいたかのように彼女は右へと飛びながらダガーをそのアクマに投げつけた。
顔の部分に刺さったそれは深く、だがしかし致命傷を与えるまでは至らない。
そのままそれを刺したままコウを狙う辺り、アクマは痛覚無き機械なのだと思い知らされた。
「だけど残念。ただのダガーじゃないのよね、それ」
パキッと音がした。
ダガーの刺さった部分から徐々に広がっていったそれは、やがてアクマの自由を奪う。
白く凍っていく身体をどうする事も出来ないアクマは早くコウに攻撃してしまえとばかりに一斉に銃口を向ける。
しかし、凍結速度の方が速かった。
「29」
凍っているアクマは撃ち込まれた弾丸によって、爆発する事無くパキンと砕ける。
自分の足元まで転がってきた欠片をブーツで踏み潰し、コウは息を吐き出した。
「終わりか…。うん、十分通用するね」
クルッと手の中でダガーを回転させると、それを左脚のホルダーに戻す。
次いで右の銃も同様に戻すと、彼女は口元を緩めた。
作り出した武器に不安は残っていたが、イノセンスとしての力は失っていなかったようだ。
それを確かめられたことだけでも十分だね、とコウは自身の胸元に光る宝玉を指で撫でる。
少し離れたところで響いていた爆発音が途絶えたのを切欠に、彼女はそちらへと足を動かした。
だらりと瓦礫に倒れこんでいる人影が見えた。
覚えのあるそれはアクマではない。
無事を確認できた事に少なからず安堵の息を零し、コウは彼らに歩み寄っていった。
「無事で何よりだね」
「「コウ」」
二人の声が重なり、自分と同じく安心したようにはにかんだ。
そんな彼らに笑みを返すと同時に、コウは自分の右腕を押さえ込む。
「どうした?」
「…っ。久しぶりに大量だったからね…筋肉痛みたいなもの」
ぶんぶんと手首を振りながらコウが答える。
アクマに通用する事はわかったが、慣らすまで訓練は必要だな、と思う。
「コウは何体?」
「何体?あぁ、アクマ?29かな。途中数えるのが面倒になったから多少は前後するけど」
「んじゃ、全部で大体…100?ご苦労なこったな、まったく」
「アクマの無駄遣いだよね」
立ち上がったラビの方を見ながら一言。
怪我は無いようだが、着衣の汚れからかなりの量相手をしたのだと言う事が伺える。
彼に倣う様に立ち上がろうとしたアレンが苦痛に声を上げた。
「ダイジョブか?」
「まだ完全に治ってないんじゃない?無理しただろうから、一度コムイさんに診てもらった方がいいよ」
コウの言葉にそうですね、と頷くとアレンは二人の傍に近づいてくる。
自分も装備型がよかったとぼやく中、ラビが病院のあった方を眺めながら槌の先端を地面に突き立てた。
「…病院てあっちの方だよな」
その確認にアレンが多分と答えると、コウは何かに気づいたようにハッとした表情を見せる。
そしてくるりと踵を返すが、逃げ出すよりも早くコートの首根っこを捕まえられた。
「ちょ、何すんの。放してよ」
「駄ー目。放したら逃げんだろ?アレン、ここ握って」
コウの反応に首を傾げながらもアレンは指された槌の柄を握る。
放せと喚くコウをいとも簡単に肩に担ぎ上げてしまうのは、やはり男女の差と言うものだろう。
「大槌小槌…伸!」
「放せって言ってんのにぃ――――っ!!!」
コウの声は空に伸びたラビの槌の柄と共にフェードアウトしていく。
前にも経験のあるらしい彼女は全力で拒否していたが、所詮は無駄な足掻きだった。
進む速度から、このままでは前回の二の舞だと判断したコウ。
建物に突っ込む数秒前に大暴れしてラビの肩から飛び降りた。
「コウ!?何やってんさ!危ねぇよ!!」
「あんたと一緒に居る方が危ないわっ!!」
そういい残すとコウは重力にしたがって病院の中庭へと落ちていった。
自分を案じる声は届いていたが、この場合は自分で着地した方が安全と言うものだ。
落ちながらそう考え、コウは両手を合わせると中庭の木に触れると言うところで錬金術を使う。
彼女を受け止めるネットのように錬成された枝がその衝撃を殆ど無くしてくれた。
そのまま軽い足取りで地面に降り立つと、先程出来たばかりの病院の壁の穴を見上げて呟く。
「やっぱり勢いあまって突っ込んだね…」
あの部屋はリナリーが居たはずだが…まぁ、彼女はコムイが避難させているだろう。
そう考え、コウはその部屋に向かって歩き出した。
とりあえず、病院の皆様に迷惑を掛ける前にあの部屋の修理をしなければ。
「ここに来てから修理に錬金術を使う事が多くて困るね…」
さほど疲れるわけではないが、面倒である事に変わりは無い。
コウがもらした不平は廊下の静寂の中に消えていった。
ノックしても聞こえないかもしれないとは思いつつも、病室の扉を叩く。
やはりと言うべきか、返事は無かった。
扉を開けば、荒れ果てた室内が目に飛び込んできて、コウは思わず眉間を押さえる。
「やっぱりここにもアクマが来たか…」
机だった物を足で脇へと押しのけながら隣の部屋へと進む。
地道に目に付いたものから直していくと言う手もあるが、後で纏めた方が楽だと判断した。
どの道直すことに変わりは無いが。
「リナリー…目が覚めたんだね。良かった」
一番に目に入ったのはまだ不安定ながらもしっかりと自身で立っているリナリーだった。
彼女はコウの声に驚いたように振り向き、肩を震わせる。
そして床を蹴るとコウに抱きついた。
「ごめんなさいっ!!アズが…アズが…っ!!」
「…リナリー、落ち着いて」
「私、守れなかったの!!」
我を失ったかのようにごめんなさいと繰り返す彼女を、コウはただ安心させるよう抱きしめた。
取り乱す彼女をなだめるのは大変そうに見えるが、それでも彼女はそれを厭わない。
「リナリー!」
コウの声に彼女の肩がびくりと揺れ、堪えていた涙がとうとう頬を伝った。
見上げたコウの目は真剣で、それ以上の言葉を許さないと言う風に見える。
「守れなかったと言うのは私も同じ…いいえ、寧ろ…あの子は私が守るべきだった」
「…でも…」
「もう、謝る必要は無いよ。私は待っててって言ったあの子の言葉を信じている」
世界を超えた自分が存在するのだ。
それを思えば、何でも信じられるように思う。
「これ以上謝るなら、私への恨み言と取るよ」
「そんなっ!」
「わかったら謝らない、自分を責めない。…約束出来るね?」
コウの問いかけに、リナリーは悩んだ末コクリと頷く。
言葉で約束するにはまだ心の整理が出来ていないけれど、彼女はそれを理解してくれたようだ。
リナリーは頭を撫でられる感覚に目を閉じた。
何故、この優しい人が傷つかなければならないのだろう。
そう思わずには居られない。
06.03.30