Destiny - 34 -
窓から見えた部屋には、何やら深刻な表情で向き合うブックマンとコムイが見えた。
一応声を掛けてくる、と言ったラビを待つこと数分。
部屋の中に姿を見せた彼は室内に入ることなくドアの隙間から何かを話した後、すぐに姿を消した。
ややあって、コウの耳に足音が近づいてくる。
「お待た」
「別にいいよ」
「んじゃ行くか。っと…寒くねぇの?」
「大丈夫」
団服では無いことを気にしたラビに微笑み返し、コウは先に歩き出した。
踏みしめたところだけ雪が押し固められ、二人分の足跡を町の方へと繋いでいく。
「何て言って来たの?」
「暇だからデートしてくるって」
事も無げにあっさりとそう答えた彼に、コウは深々と溜め息を付く。
しかし、その行動が不快に思わないのは彼ゆえの事だろう。
「じゃあ、のんびりアクマとデートに出掛けましょうか」
「えー。アクマが来る事決定?」
「来るよ。勘だけどね」
ニッと口角を持ち上げるコウの表情からは、それが偽りだとは思わせない何かがあった。
その確信はどこから来るのか…とは思うものの、彼女を疑う気にはなれない。
「ま、大丈夫だって。アクマが来てくれれば、あの子も自分のすべき事を思い出すだろうし」
「アレン?」
「彼以外に居る?人間だからって躊躇っていれば、守れるものも指の間をすり抜けてしまうからね…」
それに気づくのは、出来るだけ早い方がいい。
そう考えながらコウは舞い降りてくる雪を見上げた。
どんよりとした雪雲はそれだけで気が滅入りそうだが、こんな日の散歩も悪くない。
ふと、コウが何気なく向いた右の通りに覚えのある黒が視界を掠める。
「アレン発見」
彼女の声に反応してラビもそちらを向き、顔を見合わせるなり二人同時に地面を蹴った。
並んで走っていた二人だが、不意にコウが思い出したようにラビを見る。
「出来るだけ破壊行動は控えるように」
「ラジャ!」
敬礼のポーズをとった彼を見届け、人を避けるのに合わせて二人は二手に分かれた。
後頭部に銃口を向けられた時に反応していたのでは遅すぎる。
しかし、アレンの現状は正しくそれだった。
若干ラビよりも多い人ごみに流されたコウは僅かに遅れて彼らの傍へと辿り着く。
「アレン、無事?」
ラビがアクマを攻撃した事により、周囲が「人殺し」とざわめく。
アクマが人と同じ姿を取っている所為とはいえ、その声は少なからずコウの眉を顰めさせた。
「アレン。大通りは人が多くて危ねェよ。アクマに背後をとられる」
地面に突き刺さっていた槌から降りながらラビはアレンにそう言った。
コウはアレンに手を貸して彼を立ち上がらせながら口を開く。
「慣れない環境なら一人歩きは危ないでしょ。ただでさえ区別付かないんだし」
「そうそう。人間を見たらアクマと思わねーと」
彼の腕の中で縮んでいく槌を見ながら、いつ見ても不思議だなぁと何とも場違いな事を考えるコウ。
彼ら二人の会話はちゃんと聞いていなかったが、不意に感じた殺気に顔を上げる。
「ラビ!アレン!」
コウが彼らの名を呼べたのは、近づくにつれて大きくなってくるそれが地面にめり込む直前だった。
折角立ち上がったのに再び地面に転がった二人の安全を確認するとそれが飛んできた方を見上げる。
第二段とばかりにアクマの放ったそれがこちらへと飛んできた。
咄嗟に右脚のホルダーから銃を抜き取るが、自身の前にそれを制するように腕が伸びる。
「ラビ?」
「ここは俺の出番。頭ぶつけないように下がってろよ」
ニッと口角を持ち上げて笑うと、彼は槌を構える。
くるくると器用にそれを回すと近づいてくる塊を見上げた。
「大槌小槌、満満満」
彼の声に反応するように巨大化していく槌に、コウはその背後で口元を引きつらせた。
今までの彼の行動からして、次にどうなるかはある程度予測が付く。
「ちょっ…ラビ!」
「こんな大通りでんなモン投げっとぉ…危ねェだろ、アクマ!!」
そう言って彼は遠心力を大いに利用して塊に槌を打ちつけた。
無論、それをぴたりと止める事など出来る筈も無く―――
「だー!!また壊したっ!!!」
鈍い音と共に槌は建物へとめり込む。
それを見てコウが思わず声を上げる。
アレンも驚きを隠せない様子でラビを見ている。
「あは。ダイジョブダイジョブ。コウが直してくれるし、無理ならコムイが弁償してくれっさ!」
「ダイジョブじゃない!毎度毎度直す方の身になれっての!!」
ガツンという音がしたかと思えば、ラビが頭を抱えてうずくまる。
彼の後頭部に銃のグリップ部分を強かに打ちつけたコウはそれを気にすることなく破壊された建物へと歩く。
そして、パンッと両手を合わせ、瞬く間に建物を元の形へと錬成して見せた。
周囲は奇怪な三人組を遠巻きに見つめ、半ば野次馬と化した人々が騒ぎを大きくしていく。
「あの子達です、黒服の子供!人を殺したんです!!」
「あらら、元同業者の登場だわ」
ラビとアレンからは離れていたものの、一緒に居たところを見られているのだから結果は同じ。
逃げる意思を垣間見せずにコウは彼らの元まで歩み寄った。
その時、丁度警官の姿が変化して銃口が三人を睨みつける。
「あ、ぶないなぁ…」
足元のアスファルトから壁を錬成したコウだったが、手を合わせるためにその場に腰を落としている。
ゆえに遅れたその一瞬を付くようにしてアクマが彼女を狙った。
そこを助けたのが今の声の主、ラビと言うわけである。
「…ありがと」
「どーいたしまして。コイツら俺らとドンパチしに来たみてェだな」
「そのようで。いい加減離してくれない?」
コートの首の後ろ辺りを掴まれて弾丸の雨から救われたコウだが、そのままの状態で運ばれる事に不満げに眉を寄せる。
ラビの手が緩むなり、コウは身体を反転させて彼らと共に並ぶ。
周辺に無関係な人間が居ないと思われる場所まで辿り着くと三人は速度を落とす。
此処までの道中での会話はアレンの反応の遅さに対するラビの追及のみだった。
「二人は、どうしてわかったんですか?」
アレンの問いかけに二人は顔を見合わせる。
そしてコウの方が先に口を開いた。
「私は…職業柄、かな。疑う事で自分の身を守ってきたから」
窃盗が起きれば、目の前の人物が。
殺人が起きれば、今隣に立つ人物が。
犯人かもしれないと疑い警戒し、そうする事で不意を付かれないように、油断しないようにと緊張させていた。
軍人の頃の癖がそう簡単に抜けるはずも無く、結果として今の状況の役に立っているのだ。
「出来るなら全てを信じたいけど…そんな事を考える一瞬が命取りになるからね」
「そーいうことさ。俺だってわかってんじゃねぇよ。全部、疑ってんだ」
コウの表情の陰りに気づいたのか、ラビはポンと彼女の頭に手を載せながら答えた。
三人を取り囲むように続々と集まってくる、アクマと思しき『人間』達。
「俺らはサ、圧倒的に不利なんだよ。便利な眼を持ってるお前と違ってさ。アクマは人間の中にまぎれちまう」
コウは彼の言葉に口を挟まない。
否、挟めないといった方が正しいのだろう。
その表情が哀しいものだったから。
「俺や他のエクソシストにとって、人間は伯爵の味方に見えちまうんだなぁ」
それ以上の会話を許さないとばかりに、先程の塊と同じものが三人を襲う。
二手に分かれてしまった彼らだが、互いの無事を確認するように声を上げた。
「ラビ!コウ!!」
「ダイジョブ!雑魚ばっかだ」
「私も無傷だから気にしなくていーよ」
姿は見えないけれど、聞こえた声と返事にそれぞれが安堵の息を漏らす。
そして、迫り来るアクマに身体を向けなおした。
「来てくれると嬉しいとは言ったけどさぁ…。こんな団体で来てくれなんて頼んでないよね」
「無駄口叩いてる暇があったらさっさと片付けようぜ。…実践で使うのは初めてだよな?大丈夫か?」
「うん。すぐに慣れてみせるよ。錬金術との相性も確認しておきたいからね」
手の中でくるりと銃を回転させると、左手で脚のホルダーからダガーを抜き取る。
今までアズの息に頼っていた所為か接近戦は久しぶりだが、すぐに慣れるだろう、とコウは心の中で考えた。
「巻き込まないでね」
「そっちもな」
背中からの声は信頼するに値するもの。
見えないと知りつつも口角を持ち上げ、そして右手を真っ直ぐに構える。
真正面から銃口をこちらに向けていたアクマ。
戦闘の始まりは、銃口を打ち抜く銃声だった。
06.03.24