Destiny  - 33 -

「あれ?こんな所で何やってんの?」

バタンと閉ざされた扉の前。
締め出しを食らったラビとアレンが顔を見合わせた時、そんな声が廊下の向こうから届いてきた。
声の主は肩を超えたくらいの黒鳶色の髪を一つに束ねていたゴム紐を解きながら二人を見る。

「コウこそどうしたんさ?」
「私はブックマンに用があってきたんだけど…此処でしょ?」

コウが問いかければラビはコクンと頷く。
やっぱりね、と笑う辺り、此処だと目星をつけていたのだろう。
そして、再び「どうしたの?」と質問を重ねる。
彼らはもう一度顔を見合わせ、そして何とも形容しがたい表情で笑った。

「締め出し?」
「締め出しですね」
「…騒いでたの?リナリーが休んでるって言うのに…」

クスクスと笑いながらコウは彼らの間を通ってドアの前に立つ。
そして手を裏返し、その甲でノック音を立てた。

「コウです。ブックマンはいらっしゃいますか?」

その言葉に程なくして声が返ってきて、コウは失礼します、と中に入っていった。
彼女を見送ったラビとアレンだが、こうしていても仕方がないと思い立つと口を開く。

「とりあえず…外でも行く?」
「…暇ですしね」

お互いに示し合わせたわけでもなかったが、ほぼ同時に扉に背を向ける。
外に出るにはどこが一番近かったか…と脳裏で建物の構造を整理し、そして一歩を踏み出した。
そんな彼らの背後でまたしても扉が開く。

「あれ?まだ居たの」
「…って、早くない?」
「あー…うん。ちょっとね。今は忙しいんだって」

頬を指で掻きながらコウはそう答えた。
煮え切らない返事ではあったが、話したくないならばとそれ以上問い詰めないことにしておくラビ。
代わりに外に行かないかと誘えば、彼女は二つ返事で了承した。
見張りとなっているファインダー達に背中を見送られつつ、三人は廊下を後にする。











「寒いのによく雪遊びなんかするね…」

感心するわ、とコウは壁に凭れたまま雪と戯れる仲間達を見つめた。
流石にブラウス一枚で外に出るほど彼女も愚かではなく、適当に錬成したコートを羽織っている。
いつものコートが黒の所為か、今回もまた黒を基調にしたロングコートだった。
腕を組んだ彼女の胸元には、白いブラウスの襟元から例の宝玉につながる鎖が見えている。

「15ねェ~~。白髪のせいか、もっとフケて見えんぜ。なぁ?」
「そう?そうやって雪で遊んでる姿は年相応だと思うよ」

同意を求められたコウはそう返し、ラビが今しがた木の枝を刺したばかりの雪玉に目を向けた。
そう言えば、とアレンが彼女の方を見つめる。

「コウっていくつなんです?」
「18。ラビとユ…神田と同い年」
「??」

不自然な沈黙にアレンは首を傾げ、ラビは楽しげに肩を震わせた。
その理由を知っている後者はアレンに助言代わりに一言。

「アレンのことはモヤシって呼んでいい?」
「は?」

手の中の雪玉を破壊しながらアレンが声を返す。
明らかに崩れた顔に、今度はコウが肩を震わせた。

「だってユウがそう呼んでたぜ」

そう言えば彼はユウと言う名前に対してまたも疑問符を頭の上に載せる。
上の名前を知っていても下の名前を知らないと言う事らしい。

「神田の下の名前。神田ユウっつーんだぜ、アイツ」
「そうなんだ、知らなかったや。みんな「神田」って呼ぶから…」
「アイツ、名前で呼ぶと機嫌悪くなるからさ。みんな避けてんの」

今度呼んでやれよ、と笑うラビの隣でアレンが何やら考え込むように顎に手をやった。
そんな彼を視界の端に収めつつ、コウは漸く壁を離れて二人に歩み寄る。
そう離れていたわけではないので、三歩も進めれば十分だった。
彼女が傍らに来た時、丁度思い出した!とばかりにアレンが手をポンと叩く。

「コウも「ユウ」って呼んでましたよね。初任務の時に」
「………そうだっけ?」

惚けても無駄だとは知りつつもコウは首を傾げた。
彼女の反応を楽しげに見つつ、ラビは口元に笑みを乗せる。

「コウは元々ユウって呼んでっから。咄嗟の時とかはそっちが出ちまうんさ」
「怒らないんですか?あの神田が!?」
「アイツの反応見てればわかるって。結構大事にされてるよ、コウ」

な?とまたも同意を求めるようにコウを見るが、彼女としては何とも反応の難しいところだ。
苦笑を返すだけにして、唇の上に人差し指を重ねる。

「秘密ね。ユウ、人前で名前を呼ぶと機嫌悪くなるの。

だから彼と一緒か、ラビが居る時以外は呼ばないようにしてるんだけど…」

あの時は流石に余裕が無かったわ。
コウはそう言った。
マテールでアクマの攻撃によって負傷した神田。
一撃を受けた彼を見た途端、思考能力が低下して溢れた血しか見えなくなっていた。
失う事だけが怖くて、必死に名前を呼んだことだけは覚えている。

「まぁ、あの時は僕も気が動転しそうでしたし…あの状況じゃ仕方ないと思いますよ」
「そう言ってくれると助かるわ」

腰をかがめて足元の雪を拾い上げると、ひんやりとしたそれはすぐに手の上で水に変化した。
それを見つめながら、コウは苦笑を浮かべる。

「そう言えば、ジジィに何の用?」
「…アズの事を聞こうと思ってたの。博識だから、何かしらの知識を分けてもらえないかと思ってね」
「あぁ、なるほど。で?どうだった?」

ラビの質問にコウは首を振る。
駄目だった、と取れる返事だが、どうやらそれだけではないらしい。

「今はコムイさんとの話が優先だからって。時期が来れば、知っている事を教えてくれるそうだよ」
「ふぅん…じゃあ、何か知ってんだな」
「多分ね」

ほんの小さな希望ではあるけれど、決して真っ暗闇というわけではない。
その事実が行く道を照らしてくれると確信した。

「ま、今度の任務は俺もブックマンも一緒だから、時間はあるよな!」

コウは声を明るくしてそう言ってくれるラビに微笑みかける。
彼の言葉にアレンが口を開いた。

「次の任務?」
「そうさ。こっからは俺の予感だけど…今度の任務はかなり長期のデカイ戦になんじゃねーかな」

雪ダルマの顔となる雪玉を身体の玉の上へと運びつつ話すような内容ではない。
しかし、それをやってのけるのがこの目の前の男だ…とコウは人知れず溜め息を零す。

「ノア一族の出現ってそういうことだろ」

明らかに変化したアレンの表情に、前の任務の事が脳裏に蘇った。
楽しげに笑い、コウにとって『助言』と取れる言葉を吐いた彼女。
そっと両足の武器に手を添えて、コウは目を閉じた。

「僕は…アクマを破壊するためにエクソシストになったんだ」

右手で左手首を握り締め、アレンは呻くように声を発した。

「人間を殺すためになったんじゃない…」

その言葉を紡がずには居られなかったアレンの心境は、その場に居なかったコウとラビには理解出来ない。
ただ彼の纏う空気が変わった事から、その話題はタブーだったのだろうと思った。
くるりと街中に向かって歩き出した背中を呼び止めたラビの言葉に更に怒り、彼は敷地内を飛び出していく。

「…やっぱガキだ」
「ラビもね。いつまでもアレンの事ちゃんと呼んであげなよ」
「あの時は雰囲気を持ち上げようとしたんだけど…」
「見事に空回りね」

小さくなって、そして見えなくなった彼を見つめながら二人は言葉を交わす。
ノア一族がアクマではないと知り、その感情を持て余しているのだと言う事は想像するに容易かった。

「…混乱するのも無理はないよね。今までは人間が相手じゃなかったんだし…」
「その点コウは割り切ってるよな」
「元軍人ですから」

人間相手に躊躇うような、そんな綺麗事ばかりは言っていられなかった。
そんな場所で生きてきたからこそ、割り切っている。
仕方が無い、ではなく、しなければならないからと。

「…今ってさ…アレン、ただの子供よね。イノセンスはあるけど、アクマを見極める目は無いし」
「…………やっぱ、危ない?」
「だろうね」

二人で同時に溜め息を落とし、折っていた膝を伸ばして立ち上がる。
そして身体を解す様に伸びをすると、並んでアレンの去っていった方へと歩き出した。

「アクマ戦になっても大丈夫なんか?」
「うん。多分ね。性能を試すためにも、2~3体来てくれると嬉しいよね」
「………物騒な事言うなって」

06.03.19