Destiny - 32 -
十数メートル向こうに作った的を見つめるコウ。
自身の手の中にあるそれの照準をぴたりと的の中心部に合わせた。
普段の温厚な眼差しからは想像も出来ないほどに鋭利な眼光。
ぶれないようにとそれを持つ手にもう片方を沿え、徐々に人差し指に力を篭めた。
ドンッと低い音の後、一年前まで慣れていた振動が彼女の腕へと伝わる。
それは姉のように慕った上司との訓練を思い出させた。
それと同時に、自分なりに改良を重ねたスタイルを身体が覚えているのを感じる。
「あなたに教わった事…ちゃんと身についています、リザさん」
今となっては会う事も出来ない彼女に、心の中で感謝の言葉を紡いだ。
コウが的にしていた5重に描かれた円の中心には、くっきりと銃創が残っている。
薄く焦げたようなそれを見つめ、コウは再びそれに狙いを定めた。
彼女の胸元で紅の宝玉が揺れた。
両手で包み込めるほどの大きさで、形は凸レンズのようなそれに鎖を通しただけのもの。
それは今しも脈打つような錯覚すらも覚えるような、紅色を持っていた。
コウが指を引けば、銃口が朱の火を噴き、先程の銃創よりも数センチ下に同じような痕を残す。
「コウさん」
銃口が5度目の火を噴いた後、コウは背後からの呼びかけに振り向いた。
振り向いた先に居たのはやはりやはりと言うべき人物。
「アレン、もう身体は大丈夫?」
「あ、はい。目の方はまだ見えませんけど…」
そう言ってガーゼを残した左目に触れるアレン。
コウは彼に向き直ると、突然死角となっている彼の左側に腕を振るった。
回転を掛けながらの攻撃を、アレンは慌ててイノセンスである左腕で止める。
「うん。いい反応。それだけ動ければ十分だね」
そういい終えるが早いか、コウは腕の力を抜いて彼と距離をとった。
「いい反応って…それを確かめる為にわざわざ攻撃したんですか!?」
「一番手っ取り早いでしょ?」
「確かにそうですけど…!」
「それに、アレンの表情も戻ったし」
一石二鳥ってね。とコウは目の前でVサインを作り、手に持っていたそれを自身の足につけたホルダーに納める。
その動作を見つめ、アレンは口を開いた。
「武器…ですか?」
「戦うなら武器が必要だから」
「……………すみません」
アレンが深く頭を下げる。
彼の行動にコウは軽く目を見張るが、すぐに困ったような表情へと切り替えた。
「君が謝ることじゃない。私が…不甲斐なかった事が原因だよ」
そう言って、ホルダーに戻した銃にその手を滑らせる。
銃身は黒い光沢を持ち、グリップの底に白銀の糸を編み込んだ紐が取り付けられている。
「でも…っ!」
「声を聞いたの」
アレンの声を遮るように、コウは静かにそう言った。
彼女はその表情に笑みを浮かべて続ける。
「『待ってて』あの子はそう言ってた。私も混乱してたから、それを思い出したのはついさっきなんだけどね」
そう言ってコウは苦笑と呼べる表情へとそれを切り替える。
「だから、考えるのはやめよう?時が来れば…あの子の事は何かわかる気がするんだ」
思い出にする覚悟は無いけれど、待ち続ける覚悟は出来た。
たとえそれが何年後のことであろうとも、その時を待ち、そして受け入れようと。
横顔の真剣さから、アレンは彼女の覚悟を垣間見た。
「強い…ですね」
「こう言う考え方でもしないと、生きていけなかったから」
アレンの言葉にコウは苦笑を浮かべる。
何も知らない世界へと突然放り出された。
自分に残っているものは、今までの記憶と必死で学んだ錬金術。
それを生かした上で、この運命を受け入れるほかに彼女に道など残されていなかったのだ。
「今回の事だって、何も最悪な事ばかりじゃない。こうして私は戦う術を手に入れる事が出来た」
錬金術とて戦えないわけではないし、今までもそうして一年間を過ごしてきた。
しかし、本来コウの錬金術は人々の為にと医療に生かすようにと学んだもの。
戦いの中でそれを最大限に扱うには限界があった。
「こう見えても拳銃とダガーの扱いには慣れてるんだ」
コウは銃用のホルダーとは反対側に付いたホルダーに手を伸ばす。
パチンと留め具を外してその中からダガーを取り出した。
柄の部分は握力の関係を考えたのか、少し太めに設計されている。
そして銃と同じく漆黒に光る刃は緩く弧を描いていた。
彼女は近くにあった枯葉を拾い上げ、立てた刃の上からひらりと落とす。
ゆっくりと風に揺られながら落ちてきた枯葉は、刃を通った瞬間に二つに切り裂かれて地面を目指した。
何の抵抗も無く切り裂かれた葉を見れば、その鋭さが窺える。
「作ったんですか?」
「そうだよ。生憎この世界に自分に合った武器は見当たらなかったしね」
そう答え、コウはアレンの向こうに見えている的に銃を向ける。
驚くアレンに彼女はにこりと笑った。
「動くと逆に危ないよ」
言い終えるが早いか、アレンの肩の少し上を赤い尾を引く弾道が通り過ぎた。
身体を強張らせたまま動かない彼の姿は妙に笑いを誘う。
「ぼ、僕のイノセンスと似ていますね」
「…あぁ、そう言えば。あの撃つ方とは似てるね」
自分の記憶を頼りに練成してみたはいいが、何故か不思議な事が起こった。
コウの作り出した銃に弾は必要なかったのだ。
代わりに、銃口から飛び出すのは厚さ10センチ以上の鉄の板をも貫く灼熱(すでに実験済み)
アズの息を凝縮したかのようなそれだった。
「…って事は…まさかそっちのダガーは…」
「そのまさか。意識して振るえば絶対零度の斬撃。触れた途端に床板が腐ったわ」
直しておいたけど、と心の中で付け足しておく。
普通ではありえないような法則を無視した結果も、時間が『慣れ』という逃げ場を用意してくれていた。
すでに驚く事に飽きてしまったように、今度はどう活用するか、という課題に向き合っている。
先程までの話を引きずらないよう、敢えて別の話題を取り上げ、コウはアレンとしばしの雑談を楽しんだ。
二人ともまだ本調子とはいかず、早々に建物内に引き返す事にはなったが。
「…気にする事なかったか…」
コウが射撃の訓練を行っていた場所が見える二階の窓から、去っていく背中を見つめてそう呟く。
『どうした?』
「いんや。あんま気にする必要なさそうだと思って」
『…落ち込んでないのか?』
「そりゃ、気落ちはしてるけど…自分なりの答えは見つけてるみたいさ」
『………なら問題ないな。あいつは俺達が心配するほど弱くないだろ』
「だな。ま、一応ユウも聞いておいた方が良かっただろ?」
からかうように声のトーンを上げてそういえば、長い沈黙の後に「あぁ」と言う答えが返ってくる。
それにクスクスと笑うと、その声が向こうに漏れてしまったのか機嫌の悪そうな低い声が聞こえてきた。
『もう切るぞ』
「はいはい。んじゃな」
『……………何かあったら連絡しろ』
それを最後に、答える間もなくブツッと通信が途絶える。
再び喉の奥で笑うと、手の甲に乗せていたゴーレムを転がしながら口元を持ち上げた。
「了解さ」
彼以外に人の無い部屋の中、その言葉は誰に聞かれるでもなく消えていった。
06.03.14