Destiny - 30 -
「アズは、死んだ」
言葉にされれば思った以上にすんなりと事実として受け入れられた。
あぁ、やっぱり。
この感情を言い表すなら、恐らくそんなところだろう。
「…そう」
口をついて出たのはそんな声。
胸に空洞を抱えているような感覚の正体を、今はっきりと理解することが出来た。
「………コウが眠ってたのは恐らくそれの所為だって。アズと同調するみたいに酷い怪我を負ってたって」
「誰から聞いたの?」
「コムイから。アレンがそう言ってたってさ」
ラビはそう言うと視線を落とす。
かける言葉が見つからないと言うのが彼の心境だろう。
自ら説明役を買って出たのは、この大役を他の誰にも渡したくはなかったから。
「…そんなに、腫れ物に触るみたいに扱わなくて大丈夫だよ」
そんな言葉にラビは勢いよく顔を上げる。
目に飛び込んできたのは哀しげに微笑むコウだった。
「知ってた。っていうよりも…わかってた」
「コウ…」
「眠っている間ね、漆黒の世界に居たの。ただ残ってた虚無感の理由はわからなくて、ずっとそのままでもいいって思ってた」
右も左も、上も下も。
見渡す限りの草原ならばそれこそ夢のようだったけれど、彼女を抱きこんでいたのは闇だった。
走っているのか、歩いているのか。
それすらもわからない暗闇の中、すでに『逃れる』と言うことは頭の中から消えうせていた。
そんな中、何かに誘われる様に引き上げられた意識。
「…アズだったんだと、思う」
漠然とした答えだけれど、何故か頷けるような気がした。
アレンやリナリー、そしてミランダや伯爵側のその後を話すラビの言葉に耳を傾ける。
気を抜けば聞き流してしまいそうだったけれど、自分にとっても酷く重要だと判断して気を引き締めていた。
こんなところ、と彼の話が終わると二人は同時に一息つく。
「ノアの一族か…またややこしい事になってきたね」
「ああ。次の任務は俺もジジイも一緒な」
「久しぶりだね、ラビとの任務って」
にこりと口元を緩めた彼女の頭に手を載せ、ぽんぽんと優しく撫でる。
その感触が心地よいのかコウはそっと目を閉じた。
「………また…居なくなっちゃったな…」
静かな沈黙を裂くように、コウは小さく声を発した。
「何でかなぁ…大切で、大切で…」
手に入れたと思った喜びは、こんなにも簡単に手をすり抜けてしまう。
失いたくないと思えば思うほどに離れていってしまうようだ。
定められた形なき水をその手に納める事が出来ないのと同じように。
「一緒に…居たいのに…っ」
また、手の届かないところに行ってしまった。
俯き、指先が白くなるほどシーツを握り締めるコウ。
彼女を前に、ラビはその頭を撫でていた手を止めて彼女を見つめる。
この世界にやってきた切欠を知っている。
『大切で、大好きな人を生き返らせたかったの。自分の命を差し出してでも』
それを聞いた時に、二つの世界は違うけれども同じなのだと思った。
死を悼み、愛ゆえに犯してしまう罪領域。
『悲しかった、苦しかった。初めて認めてくれて…あの人は私の世界の全てだった』
そんな人を失い、この世界に飛ばされたコウ。
右も左もわからない異世界で生きていく道しか残されていなかった彼女が見つけた新たな命。
この一年、彼女がアズをどれだけ大切に可愛がってきたかを知っている。
「…助けられなくてごめんね…」
涙が零れ落ちるのと一緒に、ラビはその身体を抱きしめた。
慰めも哀れみも彼女には必要ない。
出来る事はそれしか残されていなかった。
少しだけ赤く腫れた目元を指先で撫でれば、コウは僅かに身を捩る。
泣くというのは中々身体への負担が大きいらしく、彼女はそのまま眠りに落ちた。
縋るようにマフラーに絡んだ細い指を解くつもりはない。
せめて夢の中だけでも安らかにと、その黒鳶色の髪を梳く動作を繰り返した。
「イノセンスが神だって言うなら…これ以上コウを悲しませるなよ…」
握り締めた手と、心が痛かった。
06.03.05