Destiny - 28 -
カチッと背中に硬い何かを突きつけられるのを感じた。
「…玩具にしては随分な物を持ってるね」
「大人しくついて来い」
「一体どこまで連れてく気?付き合ってあげるほど暇じゃないの」
酷く冷静な声を上げながらも、コウは内心で舌打ちをしていた。
自分ひとりならば何とか切り抜けられただろうが、今はミランダがいる。
アズは例のスリを追っているから今この場にはいない。
おまけにミランダは酷く不安定で、彼女自身が何か出来る状態ではなかった。
コウ自身は彼女がイノセンスの適合者であると言う確信を持っている。
根拠などどこにもなかったが、それを疑うつもりもなかった。
貴重なエクソシストを殺させるわけにはいかない。
「今この場に集っている人間がどうなってもいいのか?」
背中からの声にコウは眉を寄せた。
自身の意見としては「構わない」と返したいところだ。
しかしながら、教団に所属している以上守るべきものがあった。
「コウさん…?」
幸運というべきか、涙で頬をぬらしていたミランダが顔を上げる。
コウの硬い表情に気づいたのか、彼女は震える声で彼女を呼ぶ。
「…あんたがコウ?」
ミランダの向こうから聞こえてきた声。
楽しむようで、それでいて人を嘲るような色のそれ。
その主はまだ少女と呼べる程度の人物から発せられていた。
「…君は…伯爵側?」
「正ー解!コウってエクソシストなんでしょ?ま、それ着てるんだから当然だけどねぇ」
「雑談しにきたわけじゃないよね?用件を聞こうか」
淡々と話すコウに、少女はより一層笑みを深める。
その反応は彼女の予想通りというよりは寧ろ彼女が望んだ反応のようだ。
「っ!」
目の前の少女を警戒したあまり、背後にいた存在を忘れていた。
突如襲った鈍痛にコウはその意識を薄れさせる。
「『異世界の使徒』ってさ、コウの事だよねぇ?」
落ち行く意識の中で聞き取ったのは、そんな楽しげな声と己を案じるミランダの声だった。
「…―――だって。こいつが千年公の言ってた―――――だよ」
「でもそれはおかしいレロ。伯爵タマが――――のはイノセンスじゃないレロ」
「そんなの僕の知ったことじゃないし。それに、―――がその証拠じゃん?」
話し声が耳に届く。
起きようとした身体が軋むのを無視して、コウはその目を開いた。
未だにぼやける視界で彼女はそれを捉える。
大きな椅子の前に立つ、黒いコートの背中と、それを囲むアクマの存在。
「アクマ…」
コウの呟きを聞き取ったのか、黒いコートの人物が振り向く。
覚えのあるフードのついたコートに袖を通していたのは、薄れる視界で最後に見ていた少女だった。
「ロード様、目を覚ましました」
一体のアクマがコウの存在に気づく。
すでに目を覚ましたことを知っていた少女、ロードは靴を鳴らしてコウの元まで歩み寄ってきた。
彼女の向こうに、コウは信じられないものを見る。
「アズッ!!!」
コウが叫ぶ。
ロードの向こうには、白い毛並みを赤く染め、その身体の所々に決して浅くはない傷を残したアズがいた。
太い鉄の籠に押し込められた彼はぐったりと床に伏したまま動かない。
思わず駆け寄ろうとしたコウの動きを、ジャランと太い鎖が制する。
「お前…っ!アズに何をした!!」
普段の様子からは想像も出来ないほどに怒りを露にするコウ。
その周囲の空気すらも震わせるような様子に、ロードは口角を持ち上げた。
「別にぃ?ただ、向かってきたから相手してあげただけだよ。死んでないんだし、落ち着けばぁ?」
「落ち着けるはずがないでしょう!!」
「…て言うかさぁ…コウってエクソシストの仲間よりもこいつが大事なわけ?」
そう言ってロードは少しばかり右へと身体をずらす。
そうすることで見えたのは、大きな椅子に腰を下ろし、虚ろな目をしたリナリーだった。
「あいつにこれ以上何かをするつもりはないよぉ?ホントは攻撃するつもりもなかったんだし」
「………あんた、一体何がしたいの?」
いつの間にか目の前まで歩いてきていたロードはしゃがみ込んでコウに目線を合わせる。
コウは彼女を睨むように鋭い視線を向け、口を開いた。
「何も知らないんでしょ?アズってイノセンスのことも、自分自身のことも」
「…まるであんたたちが知ってるみたいな言い分だね」
「少なくとも…コウよりは知ってるよぉ」
そういってその笑みを深めるロード。
彼女はマニキュアの乗った指でコウを指し、そして次に籠の中のアズを指した。
「『異世界の使徒』。僕たちはお前をそう呼んでる」
「どこでそれを…」
「ホントに何にも知らないんだねぇ。千年公はお前がこの世界に来た時からその存在を知ってるよぉ」
クスクスと笑ってロードはコウの頬に手を伸ばした。
後ろで傘の先についたカボチャが何かを喚き散らしている。
「うるさいよ、カボチャ」
「駄目レロ!伯爵タマに怒られるレロ!!」
「千年公がこれくらいで怒るわけないじゃん。近いうちに知ることなんだし。邪魔になるなら殺せばいいし?」
「『異世界の使徒』は殺しちゃ駄目レロー!!」
カボチャの言葉により、コウは一つ気づいたことがあった。
この町でアクマに襲われたとき、不自然に自分だけ避けられていた理由。
千年伯爵が自分を生かそうとしているという、その事実に。
「私を生かす意味は何?」
「何?死にたいのぉ?」
自分の目の前まで迫ってきて必死に止めるカボチャを向こうへと放り投げ、ロードはコウを振り向いた。
そして再びコウの目の前でしゃがみ込む。
その時、コウは床に落としていた視線を持ち上げた。
パンッとその両手を合わせて足にはめられていた鎖を鉄のガラクタへと錬成する。
「死にたくはないね。今は守るべき約束がある」
「…ふぅん…それが錬金術かぁ」
ロードは口角をにやりと歪める。
そしてスタスタと歩き出したかと思えば、再びリナリーの座る椅子の前へと立った。
「面白いね、それ。もっとちゃんと見せてよ」
「これ以上何を話すつもりもない。仲間を返してもらうよ」
両手を合わせ、それを床へと当てる。
錬成光がロードの元まで走り、彼女の脇にあったアズを捕らえる籠まで届く。
バシンッという音ともに籠は綺麗に分解された。
その時、アズの耳がピクリと動いたのをコウは見逃さない。
「アズ!」
「そんなに返してほしけりゃ返してやるよ。ほら」
やや乱暴にアズの身体を持ち上げると、ロードはまるでそれを荷物のように放り投げた。
ふざけるなと怒鳴る間も惜しく、コウは放物線を描いたアズの身体を受け止める。
すぐに己の腕を濡らす赤に、その柳眉を寄せた。
「精々足掻けば?どの道、コウも千年公のシナリオの一部なんだよ」
06.02.09