Destiny  - 27 -

「アレン」

ドアの隙間から顔を出し、コウは彼を呼んだ。
その声に反応して彼はミランダに一声かけてから彼女の所まで走ってくる。

「どんな感じ?」
「中々いい感じですよ」
「そう。それはよかった。詳しい事はリナリーに話してきてくれる?裏に居るから」

そう言って彼が通れるようにとそのドアを開ききり、コウは己の身体を脇へと退かした。
そんな彼女の隣を、頭に被せたカボチャをぶつけないように気を配りながらすり抜ける。

「コウはどうするんです?」
「彼女を一人にはしておけないでしょう?交代ね」

ミランダの方へと視線を向け、コウは答える。
その答えに満足したのかアレンは店の裏に回る道へと姿を消した。
彼を見送る事なくコウはドアから室内へと視線を向けてミランダを捉える。
丁度オーナーとの話を終えたらしく、彼女もこちらを向いていて漸くコウに気づく。

「コウさん」
「や、順調みたいだね。お疲れ様」

コウはにこりと微笑んで彼女の元へと歩み寄った。
いつの間にか消えていたアレンを探すようにミランダの視線が彷徨う。
それに気づいたのか、コウは「あぁ」と口を開いた。

「アレンならリナリーの所に現状報告に行って貰ったよ。私が交代ってわけ」

彼の方が良かった?と茶化す様にそう言えば、ミランダはとんでもないと首を振る。
放っておけば首の骨を痛めるのでは、と思いコウは「冗談だよ」と彼女を宥めた。




この数日、彼女に付き合ってあれやこれやと頭を悩ませているわけだが…。
短い間ではあるが、それでも彼女の大まかな性格を知る事は出来た。
一番に、彼女は人からの好意を受ける回数が極端に少なかったと言う事。
これは一種の人間不信をも招いている、とコウは考えていた。
さすがに今までお礼を一度も言われたことがないと聞いた時には言葉を失ったものだ。

「あれ?今から休憩が入るんじゃないの?」

チケットの入った籠を持って立ち上がったミランダに、コウはそんな声をかける。
彼女がコウと並んで腰掛け身体を休めたのは、紙コップの中のジュースが無くなるまでの僅かな間。
まさか休憩時間とやらがそれほど短いのだろうかとコウはオーナーに不審の目を向ける。

「ええ。まだ休憩は続くけれど…でも、私は人一倍動かないと皆にはついていけないの」

そう言って笑う彼女の表情を強いと感じた。
同時に、それを自身で認めるまでにどれほどの時間が掛かったんだろうかと。
先に屋外へ出て行ってしまいそうな彼女に、コウは慌てて自身の腰を持ち上げる。
空になった紙コップを近くにあったゴミ箱に納め、ミランダを追う。

「コウさんは中に居てもよかったのに」
「ミランダが行くって言うなら付き合うよ。一蓮托生、ってね」

コウは笑ってそう答えた。











相変わらず魔女の格好でチケットを売っていくミランダ。
その傍らでコウは店の壁の辺りに転がっていた、自分の腰ほどの大きさの玉に乗っていた。

「慣れれば結構簡単だね、これ」

彼女は僅かに踵の上がったブーツで器用にも玉をコロコロと右へ左へ移動させる。
ヒールの高さに難易度の高さを感じたのか、周囲のギャラリーから「おぉー」と感心したような声が上がる。
一瞬でも「この道でも食べていけたかも?」等と考えてしまった自分に、コウは人知れず苦笑を浮かべた。
トンッと軽やかな足取りで玉の上から降り立つ。
それと同時に、僅かに倒していた上体に影が掛かった。
顔を上げればそこには三人の男性。

「へぇ…君は中々バランス感覚がいいね」
「ありがとう…ございます?」

とりあえず褒められているのだと言う事を感じたが、何故か語尾は疑問。
それがおかしかったのか声をかけてきた男性とは別の男性がクスクスと笑った。

「―――…になります」

ミランダの声が届き、彼女が新にチケットを売ったことがわかった。
生憎コウの位置からは男性らが壁のような役割になってしまっていて彼女の姿は見えない。
だが、声が届いているのだから大丈夫だと思っていた。
それが油断であったと、認めずには居られない。

「この演劇には君も出演しているの?」
「いえ、私は店の手伝いをしているだけですので」
「勿体無いなぁ。こんな可愛い子なら絶対に人気が出るのに」

終わらない会話に、コウはそろそろ自分からそれを切るべきかと悩んでいた。
だが、こんな相手でも客は客。
ミランダが頑張っているのに自分が足を引っ張るわけには行かなかった。
貼り付けた愛想笑いと共に、コウは彼らの会話に一つ一つ丁寧に答えていく。
そんな時、事は起こった。

「キャア!!」

聞こえたのはミランダの声。
コウはその声に即座に反応する。
慌てて彼女の姿を探すが、やはり目の前の男達が壁となっていた。
何が起こったんだ?周囲を見回しながらもその場を退いてくれない彼らに小さく舌を打つ。

「誰か捕まえて!」
「…っすみませんが失礼します!」

次いで聞こえてきた声にコウは目の前の男性の壁を割った。
漸くミランダの姿を視界に捉える。

「ミランダ!?」

彼女は地面に座り込み、腕に抱えていた籠が地面に転がっていた。
ミランダの視線の先を見ると、今しもわき道に消えようとしている背中を見つける。
それよりも彼女だ、とコウはミランダに駆け寄った。

「どうしたの!?」
「コウさん…ち、チケットの売り上げ金が…っ」
「さっきの男か…っ!アズ!」

コウは肩に乗っていたアズに指示を出す。
脳内から直接伝えたそれに従い、アズは翼を羽ばたかせて飛んでいった。

「何事だ!?」

騒ぎを聞きつけたオーナーの声が人垣の向こうから近づいてくる。
その声に道を譲った人の間を通り、彼がコウ達のところまでやってきた。

「何の騒ぎだ、これは!」
「そ、それが…。スリに………っ」

ミランダが震える声で彼を見上げ、現状を口に出す。
彼女の肩に手を添えながら、コウは先程まで自分を囲んでいた男たちが居ない事に気づいた。

「(この騒ぎを気にした様子だったのに…?)」

明らかに何が起こったんだ、と彼らは反応していた。
にも拘らず、オーナーが出てくるまでの間に姿を消している。
それに対して疑問が浮かぶが、彼女の思考はオーナーの怒鳴り声によって遮られることとなった。







「ミランダさん!コウ!」

オーナーの怒声を聞きつけたアレンが彼女らの名を呼びながら駆け寄ってくる。
その際、コウは彼の傍に飴を舐めた少女が居る事に気づいた。
まるで手の中のそれを舐めるのと同じように、彼女は自分に視線を向けてくる。

「スリはどっちに?」
「あっちの方角よ。ごめん、私が付いていながら」

コウは男が消え去った方向を指差して言う。
アレンは彼女に向かって首を振った。
揺れるのは彼の白銀の髪ではなくオレンジ色のカボチャだったが。

「その話はまた後で。ミランダさんを頼みます」
「アレンくん…」
「大丈夫、捕まえてきます」

そう言ってアレンは漸くカボチャを脱ぎ去り、先に走り出していたリナリーを追った。
彼らを見送りながらコウは己の不甲斐なさに思わず舌を打つ。

「あの男達も仲間か…」





この時、私はアズの目に頼りすぎていたんだ。
だから…気づけなかった。
あの子の調子がおかしいとわかっていて、自分がしっかりしなければと思っていたのに。
まるで目の前に敷かれたレールを走るように。
私達は確実に動き出していた。

06.02.02