Destiny  - 25 -

「ふぅ~ん…?あいつが千年公の言ってた『異世界の使徒』なんだ?」

自由に跳ねた短い黒髪を掻き揚げ、彼女は言った。

「そーだレロ!伯爵タマが言ってた人間レロ!!」
「なーんだ。ただの人間じゃん。わざわざ見に来て損したかなぁ」
「大体ろーとタマは学校サボっちゃいけないレロ!」

少女の名はろーと、ではなくロード。
彼女の隣では先にジャック・オ・ランタンのようなカボチャのついた傘が表情豊かに声を上げている。
しきりに顔の変わるそれは、見ている分には中々楽しい。

「どの道伯爵タマのシナリオで逢えたレロ。わざわざ来る必要なんかなかったんだレロ」

いくらロードに言った所で意味がないと判断したのか、傘ことレロはぶつぶつと文句を呟く。
それを聞きつけたのか、ロードはカボチャの生え際…恐らく首となっている部分を手で締め上げた。

「やっぱ、自分で見ておきたいじゃん?」

そう言ってニィッと口角を持ち上げる。

「大事な大事なキャストなんだしさぁ」

ロードの視線の先には、建物の中の小さな背中があった。











「一体何なのさ!!」

ガンッと派手な音がして酒屋の椅子が数メートル向こうへと吹き飛ぶ。
それを蹴った人物は肩で息をしながらも部屋の中をうろうろと歩き回った。
もちろんそれはコウで、彼女は今すこぶる機嫌が悪い。
アクマの襲来から約一時間後。
時間にすれば短いようにも思えるが、その間に色々なことが起こり過ぎていた。

「わけわかんない…何で?」

アクマがここへやってきた原因はわかっている。
奇怪の影響を受けていないミランダを捕獲するつもりだったのだろう。
それはわかるのだが、その後のアクマの様子がおかしかった。

「アレンを狙っていた…もしくは、私を狙いたくなかった………狙えなかった?…何で?」

頭の中を整理するようにぶつぶつと紡ぎ、そして答えに到っては新たな疑問が浮上する。
そんな悪循環を繰り返しながら、コウはアクマが戻ってくるかもしれないとその場に残っていた。


コウとアレンを襲っていたアクマだが、突然その攻撃の手を止めた。
かと思えば、何かを言い残すでもなく突然その場から逃げ出したのだ。
呆気に取られたのは残された二人。
撤収した理由はわからない。
更に、コウには疑問が残っていた。

「アズ…あんた、何を聞いたの…?」

長椅子の上で丸まっているアズの毛を撫で、コウは小さく呟いた。
アクマが動きを止めたその瞬間、彼は何かを伝えるように小さなテレパスを送ってきたのだ。
それはあまりにも小さく、かつ不安定だった為にコウはそれを聞き取れずに居た。
その後すぐにアズが眠りについてしまったこともあり、結局その内容はわからずじまいだ。

「頭がパンクするー…誰か助けて欲しい…」

壊滅的な被害を受けているカウンターの中で唯一立っていた椅子に腰掛け、そのカウンターに頬を引っ付ける。
もたれかかる様にして散乱したウイスキーの破片やら壁の残骸やらを眺め、コウはまた溜め息を一つ。

『全てに理解しようとするなよ。お前は色んな事を深く考えすぎだ』

ふと、脳裏に甦った言葉にコウはハッと目を見開く。
忘れていたわけではない、大切な人の、大切な言葉だった。

『もう少し、肩の力を抜いて生きろよ。俺みたいにな!』
『お前は抜きすぎだ!コウ、こんな風には育つんじゃないぞ。今のままの方が可愛げがあっていい』
『だよな!うちのコウは可愛いんだぞ!!』


ガシガシと自分の頭を撫でてくれる手が好きだった。
笑顔を向けてくれる彼が、自分にとっての太陽だった。

『この間生まれた娘にも同じ事を言っていたな』
『両方とも可愛いからな!』
『…親馬鹿を具現化したような人間だな』
『いいじゃねぇか!親馬鹿上等!』


一つこの世界を知れば、一つ向こうの世界が薄れるような、そんな錯覚を起こす。
記憶は確かに残っていても、世界が違うのだと言う事を嫌でも認識させられた。

「ヒューズ、さん…。ロイさん…」

コウの中では、出会った時にはすでに『ヒューズ』さんだった。
家族なのだからと何度も名前で呼ぶことを言われたが、結局一度も上手く言えた例がない。
そんなヒューズが出した助け舟が…。

「……お父さん…」

失うにはあまりに大きな存在だった。

「逢いたいよ…」

思い出せば立ち止まってしまうと知りながらも、優しい記憶に身を馳せてしまうのは本能。
小さく零れた言葉と共に涙が流れ落ちないようにと、コウは目を閉じる。

「何でラビもユウも一緒に居て欲しい時に居てくんないのさー…」

こういう時に居て欲しいのに…と、やり場のない思いを彼らに向ける。
そしてまた一つ息を吐き出す。
次に開かれた彼女の目に、すでに疑問による揺らぎはなかった。












結局それから更に数時間待ってみたものの収穫は無し。
日付が変わりそうになった頃、コウは漸くアレンとリナリーに合流した。

「アクマが退いた理由はわからずじまいか…」

アレンの足の包帯を解いていたリナリーがそれを片手に呟く。
それに同意するように頷き、コウは持っていたコーヒーを一口飲み込んだ。

「アレンの怪我の様子は?」
「さっきとあんまり変わってないみたい。治る?」
「…これなら大丈夫だよ」

そう言ってコウはリナリーが譲ってくれた椅子へと腰を降ろす。
足を膝に乗せるようにとアレンに言い、その傷口を眺めた。

「軽い凍傷と火傷かぁ…相変わらず奇怪な怪我ばっかり見るわね。痛いでしょ」
「触るとかなり痛みます。治ります…?」
「大丈夫だってば。私に任せなさいな」

安心させるようにニッと口角を持ち上げ、コウはその両手を合わせる。
傷口に直接触れないようにして、その付近に手をついた。
バシンッと錬成光がアレンの脛を包み込む。
その反応が治まった時には、傷口は僅かな色を残しているだけだった。

「…さすが…」
「組織自体が死んでいた部分は無理そうだわ。多少痛むかもしれないけど…」
「や、随分マシですよ。動かせますし」

そう言って足首をぐるぐると動かすアレン。
先程はそこを動かせば脛の皮が張る所為か、酷く痛んでいた。
それがないだけでも十分だ、と彼は笑う。
錬成の時に邪魔にならないようにと脱いでいたコートに袖を通し、コウはちらりと後ろを振り向いた。
其処には床に座り込んだまま、ひたすら置時計を磨くミランダの姿が。

「…まぁ、何でもいいから必要とされたいって気持ち…痛いほどわかるけどね」

そして、必要としてくれたものを何よりも大切に思ってしまうことも。
口には出さなかったが、コウはそう頭の中で思った。
呟かれた部分にアレンが反応し、ブーツを履こうとしていた手を止めて彼女を見る。
彼は座っていて、コウは立っているのだから必然的に見上げる形となった。

「覚えがあるんですか?」
「…無きにしも非ず、かな」

誤魔化すように人差し指を唇に乗せ、コウはクッと口角を持ち上げて見せた。
挑戦的な笑みは何とも彼女らしく、アレンは誘われるままに口元に笑みを携える。

「ま、ちょっとだけ話をしてこようかな」

クルリとアレンに背を向けると、コウはそのままブーツを鳴らして時計の方へと歩み寄っていった。
決して驚かせるつもりはなかったのだが、ミランダは彼女の足音に文字通り飛び上がる。

「紹介が遅れましたね。私はコウ・スフィリア。彼らと同じくエクソシストです。こっちは相棒のアズ」

肩にぐたりと伸びているアズを顎で指し、コウはにっこりと人当たりのよい笑みを浮かべる。
そして差し出された手をキチンと握る辺り、ミランダも常識外れな部分ばかりではないようだ。

「ミランダ・ロットーよ…。ね、ねぇ…この時計が奇怪の原因なの?」
「…詳しくはわからないけど、恐らくは。大丈夫。あなたの大事なご友人を壊すような愚行はしないよ」

ただ彼女を安心させるように、一番心配しているであろう事を口にするコウ。
コウの言葉にミランダは身体ごと振り向いた。

「ほ、本当…?」
「もちろん。逢ったばかりの人間を信じろって言っても無理があるけど…でも、信じて」

そう言ったコウの表情は優しく、ミランダは涙の溜まる目をぱちくりと開いた。
コウは締めとばかりににこりと微笑み、首だけを振り向かせる。

「アレン!」
「はい!?」

突然呼ばれたことに驚いたのか、アレンはびくりと肩を揺らしてコウの元へと近づいてきた。

「後の引き継ぎよろしく」

ポンッと彼の肩を叩き、コウは早々にその部屋を出て行く。
タッチよろしく続きを任されたアレンがそのことに気づいたのは、彼女が完全に部屋を出て行ってから。

頭の中で色々と考え、彼女の言葉に続けるべきであろう言葉を紡ぐ為、彼はゆっくりと口を開いた。

05.12.29