Destiny - 24 -
とりあえず街の様子を見ようと、三人はそれぞれ別れて行動を始めた。
すでに日は傾き、徐々に夕闇が迫る時間帯へと変わる。
城壁で見えなくなった夕日の名残へと視線を向け、コウはふと足を止めた。
「…いったいこの街で何度10月9日を体験する事になるのかね…」
未だ少しだけ熱い吐息を零すアズを撫で、小さく呟いた。
「っくし!」
可愛らしいくしゃみと共にコウの肩辺りから炎が視界を掠める。
まだ本調子とはいかないようで、若干危険なくしゃみである。
ほんの少し上昇した気温に苦笑を浮かべて彼女は歩き出した。
――カランコロン――
「あ、アレン、こっち」
喫茶店のドアベルを聞き、コウはそちらへと視線を向ける。
自分と同じ黒いコートに身を包んだその姿を捉え、彼女は軽く手をあげた。
声に反応してこちらを向いたアレンはすぐに足を進めてくる。
「お待たせしました」
「いいよ。リナリーはまだなんだね」
「…みたいですね。僕が一番最後だと思ってたんですけど…」
コウの向かいに腰を降ろしながら、彼は窓の外へと視線を向ける。
そこに見慣れた黒髪が通るのを見止め「あ」と声を上げた。
彼の声に続くようにドアベルが音を奏でる。
「リナリー!こっちです」
喫茶店の中をキョロキョロと見回していた彼女に今度はアレンが声をかける。
リナリーの視線が声に釣られるようにアレンとコウの方へと向いた。
「お待たせ」
「僕はそんなに待ってませんよ」
「私もさほど待ってないから安心して。ほら、君たちも何か頼むでしょ?」
リナリーはコウの隣へと座り、彼女からメニューを受け取る。
同じくアレンにそれを渡すと彼は早々にそれに視線を巡らせた。
注文を終えた彼らはそれぞれに別れて調査した内容を語りだした。
「何これ?」
アレンが差し出したそれを見下ろし、コウが口元を手で覆う。
心なしか肩が震えているように見えるのは気のせいではないだろう。
「すみません…」
「すみませんじゃない。どうして見失っちゃったの」
咎めるようなリナリーに、たじたじのアレン。
そんな彼らを見ながらコウはコーヒーを口に運んだ。
砂糖すら入れていないそれは苦味を舌へと伝える。
「リナリー。過ぎた事を咎めても仕方ないでしょ」
「そうだけど…」
「あ、でもほら!この似顔絵みたいな顔の人でしたから!」
得意げにズイッと似顔絵らしき物を指すアレン。
コウとリナリーはそれを見下ろしてはぁと短い溜め息を落とした。
「アレン…素晴らしく絵心溢れる似顔絵ね」
褒めているのか貶しているのかよくわからないコウの言葉だった。
「そう言えば、コウさん。アズはまだ調子が悪いの?」
「うん。まだちょっとね…。一人で飛ばせるのも不安だし」
「何で不安なんですか?」
運ばれてきた食事を喉に押し込みながらアレンは問う。
コウは膝の上のアズを撫でながら苦笑を浮かべた。
「殆ど見えてないみたい。教団で何度も壁にぶつかってたから…一時的なものだとは思うんだけど…」
甘えるように手に擦り寄るアズ。
彼に関しては、未知の動物ゆえにわからないことが多すぎた。
「そうなんですか…」
「ま、任務に差し障りは無いわ。私には錬金術があるから」
「兄さんも忙しくて調べられそうにないしね」
リナリーは湯気立つカップに唇をつけながら呟く。
任務につく前の彼の様子は、やはり彼女としては気になる所なのだろう。
「そう言えば元気なかったですよね、コムイさん」
思い出したように頷きつつ、アレンはそう言った。
その言葉に同意を篭めてコウは頷きを返す。
「伯爵の動向が掴めないって言うのは心配するには十分だからね…」
そう答え、コウは暖を取るようにカップを握り締める。
ふと持ち上げた目に映ったアレン。
その時、彼の表情が面白い程に変化した。
ガチャン、と落ちたフォークにリナリーが「フォーク落ちたよ」と告げる。
しかしそんな事は聞こえていないのか、アレンはリナリーの後ろを指して声を上げた。
「あああ!!この人です!!」
その声に振り向くコウとリナリー。
彼女らの視線に映りこんだのは、似顔絵のような奇怪な顔の持ち主――
ではなく脱兎の如く逃げる背中だった。
とりあえず、窓から逃げた所を何とか引きとめることに成功。
彼女はミランダ・ロットーと言う名の女性だった。
この奇怪の影響を受けず、ただ一人街の異常が始まってからの記憶があるらしい。
と、彼女の話を聞いていたアレンの空気が張り詰める。
「リナリー。ミランダさんを連れて一瞬で外へ出て。君の黒い靴ならアクマを撒いて彼女の家まで行けますよね?」
背後を振り向きつつ、確認のようにそう言ったアレン。
膝の上に乗せていたアズを肩へと移動させ、コウも席を立つ。
「なぜミランダさんが他の人達と違い奇怪の影響を受けないのか。
それは、きっとミランダさんが原因のイノセンスに接触してる人物だからだ!」
手袋を外し、左腕のイノセンスを発動させる。
彼の進む方向には幾多のアクマが顔を揃えていた。
「辛いけど頑張ってね」
そう言ってアズを撫でると、コウも己の右腕にその爪を宿した。
錬金術で一気に仕留めると言う手もある事にはあるが、相手がアクマである以上使えない。
イノセンス以外で破壊した場合、その内に囚われている魂が消滅すると言う事を知っているからだ。
「彼女を頼んだよ」
ポンッとリナリーの肩を叩くと、コウは床を蹴ってアクマの中へと飛び込んでいく。
それを皮切りにアレンも彼女に続いた。
すでに臨戦態勢だったアクマも同時に行動を起こした。
窓ガラスが音を立てて割れる中、コウは横目でミランダを連れたリナリーが外へ出て行ったのを見届ける。
彼女らの存在が消えたことによって、二人はより一層動きを激しくした。
「レベル2まで居るとはね…伯爵も本格的に狙ってるわけだ。ちょっと失礼」
一声掛けてボール型アクマの上をトンッと足場にすると、コウはその上にいたアクマを爪で切り裂く。
落ちる時にそのまま足場にしたアクマを貫き、ブーツを床につけた。
そんな風にしてアクマを一体ずつ確実に破壊していたコウだったが、ふとある事に気づく。
「…アレンを狙ってる……って言うよりも…私を避けてる…?」
彼女の疑問通り、レベル2のアクマは決してコウに攻撃を加えようとはしなかった。
攻撃せざるを得ない時には明らかに手を抜いているのを感じる。
そんな不可解なアクマの行動に、最後の一体と思しきボール型アクマを破壊しながら首を傾げた。
「ぐあっ!頭が…割れるっ…!!」
アクマの一体が笑い出したと思えば、突然アレンが頭を抱えて動きを止めた。
コウも僅かに超音波の余波を受け、表情を歪ませる。
「アレン!!」
アレンの隙を付くようにして一体のアクマが腕を振るう。
先程、振るった腕が風を切り裂くような攻撃を発していたのを見ていたコウ。
彼女は咄嗟にその攻撃を受けそうになっているアレンの前へとその身を滑らせた。
「コウ!?」
「!?」
驚いたように表情を変えるアクマと、突然の彼女の出現にその矛先を変えた攻撃。
これによって、アクマが意図的にコウを攻撃する事を避けていると言う事がわかった。
「…何のつもりよ、あんた達…」
良くも悪くも特別扱いと取れるそれに、彼女は眉間に深々と皺を刻む。
しかし、アクマがそれに答えるはずも無かった。
上から降ってきたアクマがアレンへと攻撃をしかける。
自分は巻き込まれないだろうとわかっていても、コウはそれを避けた。
同様にアレンもその攻撃を逃れるが、脛を掠めた攻撃が彼のそこに青白い炎を残す。
「ど、うなってるんです?」
「わかんないわよ…ただ、アクマが意図的に私を避けてるって事以外はね」
残っていたアクマ三体から距離を取り、二人は顔を見合わせた。
「とにかく…縛り上げてでも吐いてもらおうか」
そう言って、コウはパンッと両手を合わせた。
05.12.22