Destiny  - 23 -

アレンが教団に入団してから三ヶ月が過ぎたある日の事。

「っくし!!」

部屋の中にくしゃみが響く。
その度に室内の温度が大幅に変化した。
数分前のくしゃみでは寒く、そして今のくしゃみでは急激に暑くなった。
コウは自身のコートを脱いで椅子の背に掛けると、心配そうな表情でくしゃみを繰り返す彼を見下ろす。
先程からくしゃみを繰り返して床に伏せっているのは他でもないアズだった。







「………75度6分…………ドラゴンの平熱って何度?」

銜えさせていた体温計を取り上げ、その数字を読み取ったコウはヒクリと口元を引きつらせた。
これが人であったなら発熱しているのかどうかわかるのだが…如何せん、相手はドラゴン。
人間とはあまりに勝手が違いすぎた。

「…可哀相に…」

そう言って撫でた頭は毛に包まれているおかげか、その熱は感じない。
しかし、その口元から吐き出される息は、人が発熱している時と同じように見えた。

「風邪…かなぁ…」

本人に確認しようにも、中々テレパスが上手くいかない。
やはり相手の体調が思わしくない時には難しいようだ。

「コウさん…一応冷たい氷水を持ってきたんだけど…」

室内温度の調整の為、部屋のドアは閉じていなかった。
廊下から扉をノックしてそのまま顔を覗かせたリナリーの腕には氷水が入っているらしい洗面器がある。

「アズの調子はどう?」
「あまり変わらないわね…」

眉間に皺を刻み、コウは脇に置いてあった分厚い本を持ち上げる。
付箋代わりにメモを挟み込んでいたページを開き、その文面に視線を落とした。
隣に移動してきたリナリーも同じくそれを覗き込む。

「どれもあまりいい情報ではないよね」
「ドラゴンは珍しいって言うより空想の生き物だったみたいだから…。想像の域を抜けないみたいだね」

無いよりはマシかと思ったけど…と本のページを睨みつける。
空想の生き物をあれこれと研究できるはずも無く、結局は想像の範囲でしか書かれていない。
当然の事ながら病気の時の看病法など載っているはずもなかった。

「半年前にも似たような症状を引き起こしてるから…それと関係があると思うんだけど…」

膝の上に本を移動させ、今度は自身の手帳を開く。
一日の事が事細かに書き記されたそれに、リナリーが感心したような声を上げた。

「凄い…毎日書いてるの?」
「…癖みたいなものだから」

そう言ってコウは曖昧に微笑んだ。
半年と数日ほど前にも同じような症状で寝込んだアズ。
その前後の出来事や様子に視線を落とし、コウは本の内容と照らし合わせた。
彼女がそうしている間、リナリーは毛布の上に丸くなるアズを撫でる。

「これを見てる限りでは……多分、今回もすぐに治ると思うけど…」

比べる対象がないので断言は出来ない。
そういい終える前に、アズが再び「っくし!」と小さくくしゃみをする。
彼の息がかからぬようにコウはリナリーの腕を引く。
丁度先程まで彼女がいた場所が黒く煤けた。

「…アズのくしゃみって危ないね…」
「さっきはカーテンが凍ったよ」

アズは二種類の息を持つ。
全てを凍らせる絶対零度の息と、鉄をも溶かす灼熱の息。
普段はその温度までも調節できるのだが、やはり体調が優れない時にはこれも難しいようだ。
先程から部屋の中の家具やら何やらが被害を被っている。
…後から錬金術で直すのだからあまり問題はないが。

「明日からの任務大丈夫かなぁ…」

僅かに焔を纏った彼のくしゃみを見つつ、リナリーが静かに呟いた。











その翌日。

「65度2分か。動ける?」

体温計を片手にアズに問いかければ、彼は頷くように一声あげる。
いつもよりは元気が無いように見えたが、動ける程度には回復したようだ。

「コウ、そろそろ時間だ。いけるか?」
「あ、はい。すぐ行きます!」

廊下から聞こえた声にコウはコートを羽織って答える。
そしてアズを抱き上げて肩に乗せると、急いで部屋を出た。

「おはよう、コウさん」
「お早うございます」

すでに部屋の前で待っていたらしいアレンとリナリーが顔を上げる。
彼らに挨拶を返すと、二人は心配していたアズへと視線を向けた。

「大丈夫なんですか?」
「何とかね」

苦笑に似た笑みを浮かべたコウを見て、先程ドアの外から声を掛けたリーバーが思い出す。

「あ、コウ。室長からの伝言。“アズの調子が悪ければ帰ってきてもいいからね”だとさ」
「………確か、この任務って帰って来れないものだよね…?」
「……………頑張れ」

不満げに声のトーンを落すが、人手不足なのだから仕方がないのかもしれない。
昨日よりはマシな様子のアズを見て、このまま酷くならなければいいけど…と心の中で思った。








「巻き戻しの街…ね」

城門を前に、三人はそれを見上げて足を止めていた。

「ここ、入ったら出れないんですよね」
「…多分ね」
「イノセンスが無かったらどうすればいいんだろう…」

リナリーの不安も尤もだろう。
情報によると10月9日を保持し続けている街らしい。
その日に存在しなかった物は全て街の中に入る事はできず、その日に存在した物は街から出ることが出来ない。
全く同じ時間を繰り返す…それは『巻き戻しの街』と呼ばれていた。
街全体が奇怪な現象に巻き込まれているのだから、その中に入れば自分達もその渦に飲まれる事は必然。
解決するまで出る事は出来ないと言う現実が彼らの足を止めた。

「ま、行くしかないでしょ」

コウはそう言うと同時に足元にあった小石を城門の向こうへと蹴る。
綺麗な弧を描いて飛んでいったそれは、城門を潜ったかと思われた。
だが、同じ高さでそれは城門から飛び出してくる。

「「「…………………」」」

足元へと舞い戻った小石を見下ろし、三人は沈黙した。

「…入れなかったらどうしようもないね」

そう言いながらコウはスタスタと進んでいく。
止めようとリナリーが口を開いた頃には、すでに城門まで後一歩となっていた。

「コウさ…!」

カツン。
コウのブーツが城門を抜け、街の内部へと彼女の身体を誘う。
何の抵抗も無く入れてしまったと言う事実は再び三人に沈黙を与えた。
そのまま何を言うでもなくコウはクルリと踵を返す。
黙って見つめるアレンとリナリーに視線を向ける事なく、彼女は城門を抜けて街を出た。
いや、出ようとしたと言うのが正しいだろう。

「…なるほど。しっかり閉じ込められたらしいね」

いつの間にかアレンたちに背を向けるようにして街中心へと向いていたコウは静かに息を吐き出した。
聞いてはいたが、いざ目の当たりにするのとは訳が違う。
彼らが緊張するのを背中で感じたコウはふっと口元を緩める。

「覚悟が決まったらいつでもおいで。先に色々と探っとくから」

そう言って後ろ手に手を上げ、コウはスタスタと街中へと歩いていく。
彼女の背を見送りそうになった二人は顔を見合わせた。
そして慌てて城門を潜る。

「僕たちも一緒に行きますって!」
「一人で行ったら危ないよ!コウさん!!」

戸惑っていた一線を簡単に越えてきた二人に、コウは見えないように笑みを浮かべた。
彼らだけで任務についていたなら、街に入るまでにどれだけ時間が掛かったのだろう?
そんな事を脳裏に浮かべながら、追いついて来た二人に笑顔を向けた。

05.12.16