Destiny - 21 -
階段を勢いよく駆け上がりながら、一向は声を上げる。
「アズに攻撃してもらうってのは…!出来、ないんですか!?」
アレンがコウの脇を飛ぶアズを見ながらそう言った。
彼女は彼を一瞥した後、再び視線を前へと戻す。
「…この狭い階段内でアズを発動させるのは自殺行為だけど…する?」
一年でそれなりに成長したアズ。
発動前はまだまだ子犬と成犬の間と言うくらいの大きさだが、発動すれば全長は優に2メートルを超える。
この狭い空間で彼を発動させる事は自分達が押し潰される事を覚悟しなければならないと言う事だ。
「…止めて下さい」
「…だろうね。私だってアズに潰されるのはごめんだよ。他にも方法はあるけど…生憎両手が塞がってるし」
「じゃあ、僕がリナリーを…」
そう言ったアレンを見つめるコウ。
彼女の視線に彼は首を傾げた。
「運べるの?」
「…………………」
酷い問いかけだと思うが、出来ますと即答出来ない自分が恨めしい。
リナリーを抱えながらも飄々と階段を駆け上がる人物を隣に見て、頷ける程腕力に自信はなかった。
そんな遣り取りをしている間に、彼らは階段を上りきる。
これほど無駄に多い階段数を恨んだ事は未だかつてなかった。
息を乱しながらも、それぞれに壁へと背中を預ける。
「…で、結局…コムイさんの…設計ミス…なの?」
「多分な…」
「ふざけんじゃないね、まったく…。リナリーのマッチョだなんて誰が見たいもんですか」
ぶつぶつと怒っている辺り、リナリーがコウを慕っている想いは一方通行ではないようだ。
元来面倒見の良いコウなのだから、当然と言えば当然なのだが。
「リナリーは大丈夫なんですか?」
「コムリンの麻酔針くらって眠ってるだけだ」
アレンがコウの腕の中のリナリーを覗き込みながら問うと、リーバーはそう答えた。
今の所、身体に危害は加えられていないらしい。
「はあぁ~~~~~。ラクになりたいなんて思ったバチかなぁ…」
長い溜め息と共に、リーバーはコツンと頭を壁に当てる。
その意図を読み取れなかったアレンが「え?」と言う声を上げた。
「お前達エクソシストやファインダーは命懸けで戦場にいるってのにさ。悪いな。
おかえり」
最後の言葉に、アレンが言葉を失う。
何かを思い出すように翳る彼の表情に、コウは昔の自身を重ね合わせた。
彼の脳裏に過ぎったのは、大切な人との優しい思い出なのだろう。
不自然なアレンの沈黙にリーバーが前の任務での傷を案じた。
「た、ただいま」
はは…と笑う彼の頬は、照れたように僅かに赤かった。
追って来たコムリンが建物を破壊しながら姿を現した。
降りかかる瓦礫からコウを守るように、漆黒の毛を纏ったアズが彼女らの上に覆いかぶさる。
「アズ、ありがと」
彼に礼を言うと、コウはヒラリとその背に乗った。
アズが羽ばたいたとほぼ同時に、暴走した砲弾が彼女らを掠める。
尚も襲ってくる砲弾を逃れるようにしてアズは科学班の人らが乗るそれの頭上まで移動した。
「な、何やってんですか!!」
「室長がコムリンを攻撃するなって!!」
砲弾の操縦レバーを握っていた彼がコウに助けを求めるようにそんな声を上げた。
「…コムイさん?」
「だって!コムリンは僕の傑作なんだよ!?」
「問答無用!」
アズの背から飛び降りると、コウは脇にあった適当な物で長いロープを錬成する。
それをコムイの周囲の人に手渡せば、彼は瞬く間に縛り上げられた。
そこで、漸く弾丸が切れる。
「リーバーさん!アレン!トマ!無事ー!?」
コムイを砲弾の発射口の上へと蹴りだしながら、コウは階下にいる彼らに問いかける。
その声が届いたのか、アレンとリーバーは物陰から顔を覗かせた。
「もう少しで死ぬとこでした!!」
「殺す気か!!」
息を切らせながらもそう声を荒らげる彼らは真剣だった。
砲弾は幾度と無く彼らを掠め、その足元を不安定に崩していったのだから無理はない。
反逆者と称して縛り上げられたコムイは発射口の上でコムリンに声を掛ける。
その顔は実に情けないモノであったと記しておこう。
コムリンは一人で居るアレンよりも近い場所に居るコウとリナリーに狙いを定めていたらしい。
何度もコウとその頭上でアズの背に伏せているリナリーを交互に見やっていた。
「コムリン…。アレンくんの対アクマ武器が損傷してるんだって。治してあげなさい」
彼の言葉に顔色を青くしたのは他でもないアレン。
破壊行動を目の前で見せられて、大人しくそのロボットに修復される人間がどこの世界に居るのだろうか。
一握りくらいは居るかもしれないが、それはよほどの変わり者と言えるだろう。
もちろんアレンがその一握りに入るはずも無かった。
『優先順位設定!アレン・ウォーカー重傷ニヨリ最優先ニ処置スベシ!』
コムリンの視線と呼べるであろうものがアレンへと向く。
すぐさま逃げようとしたアレンだが、伸びてきたコムリンの手によって足首を捕らわれた。
そのまま引き摺られるようにして『手術室』とネームを掲げた入り口へと案内されていく。
「…えっと…止めるべき?」
「当たり前でしょうっ!!」
ズルズルと引き摺られながらも床に爪を立てて何とか逆らっているアレン。
彼を見下ろしながらコウが躊躇いがちに問う。
無論、即答だった。
コムイの後ろで発射口に腰掛けていたコウはやれやれと立ち上がる。
スッと水平に持ち上げた手がアズの爪を纏う。
「上手く避け…」
コウの言葉は最後まで紡がれなかった。
「コムリンを攻撃しちゃ駄目!!!」
ロープで殆ど動けないにも関わらず、コムイはドンッとコウの背を押す。
身体全体を使った悪あがきでもあった。
予想外の衝撃に、無防備だった彼女の身体はいとも簡単に体勢を崩す。
「室長!!アンタ、何やってんですか!!」
「コウ!!!」
慌てたようなリーバーの声がコウの耳に届いた。
発射口から滑り落ちたコウを見て、アズが瞬時に反応を示す。
背中のリナリーを落さないように気を配りながらも彼は真っ直ぐにコウの元へと急降下した。
「…あっぶないなぁ…。私じゃなかったら死ぬって…」
バサッと漆黒の翼を羽ばたかせながらコウは発射口の辺りまで上昇してきた。
咄嗟にアズの翼を借りた彼女は一瞬の空中落下の後、すぐに体勢を整える。
彼女の反応が間に合わなくとも、アズがすでにその足元に到着していたので大事には至らなかっただろうが。
「………コウちゃんだから大丈夫だと思って!」
先程よりも更にボロボロになったコムイは重い空気を振り払うように元気にそう言った。
そんな彼の言葉に、コウはにこりと笑顔を浮かべる。
「事が済んだら覚悟してくださいね、コムイさん」
花舞うような笑顔からは想像も出来ない様な声だった。
05.12.07