Destiny - 20 -
もし、あの人を失った私が彼…千年伯爵と出逢っていたら。
『あなたの大切な人を甦らせてあげましょうカ?』
その甘い誘惑には勝てなかったと思う。
どんな形であれ、あの人の声をもう一度この耳で聞き、その声で名前を呼ばれたかった。
AKUMAの真実を知った今でさえ、私はその考えを否定する事は出来ない。
それほどに………人の死は哀しくて、そして寂しい物なのだから。
『同じなんですヨ。あなたも、私もネ』
世界は違えど、禁忌を犯した私は千年伯爵と同じ罪を背負っているだろうか―――
人の命を、魂を弄んだ罪を。
「…―――。コウ、もうすぐ到着だそうですよ」
ゆさゆさと肩を揺らされる感覚に、コウは眠りの世界から引き上げられる。
薄っすらと目を開いても、視界が明るいと言う事はなかった。
ここがどこなのかと言う情報を脳内から導き出す前に、ゴンと言う衝撃が額に走る。
「コウ!?ア、アズ!何てことするんですか!」
霞がかっていた思考が晴れるのを感じた。
はっきりと見えてきた視界の中に、慌ててアズを持ち上げるアレンの姿が映りこむ。
その向こうには船を動かしているトマの姿も見えていた。
「………あー…気にしないで、アレン。アズは悪気があったわけじゃなくて起こしてくれただけだから」
恐らくアズの頭突きを食らったのだろう。
額はズキズキと痛むが、こうしないと起きられないのだから仕方がない。
…毎日繰り返していれば、その内に記憶に問題が生じるような気はしないでもないが。
「そう…なんですか?」
「…そうなの。寝起きがちょっと悪くてね」
今この場に神田かラビが居たとすれば、素晴らしい勢いで「ちょっとじゃない」と否定してくれるのだろう。
そんな事をぼんやりと考えながらコウは流れ行く水に視線を落とした。
薄暗い水路に所々明かりが設置されているが、それの間隔が広すぎる所為か光が届いていない。
おかげで水は酷く濁って見えて、どんなに讃えられたとしても手を伸ばしたくないと思わせた。
「もうすぐなの?」
「はい。もう5分ほどで到着します。下りる準備をなさってください」
「ありがとう。寝るつもりは無かったんだけどねー」
ごめんね、と謝るコウにアレンは構いませんよと笑顔を返す。
そこで、彼はふと気づいた。
ぐっと近寄ってきたアレンにコウは思わず背後に手をついて身体を仰け反らせる。
「な、何」
「顔色悪いですよ?」
「…この暗さで良く見えるね」
感心するような声を漏らした後、コウはふいっと顔を逸らす。
荷物を点検するようなごく自然な行動ではあったが、それは彼の視線から逃れる為の物だった。
「…夢見でも悪かったんですか?」
的を得た質問に思わず声を詰まらせるコウ。
しかし、彼女は今までの経験からそれを見せずに笑顔を浮かべる。
「そんな所。体調不良とかじゃないから安心していいよ?」
安心させるように微笑んだ事が功を奏したのか、彼がそれ以上その話を持ち出す事はなかった。
恐ろしい程にリアルな夢だった。
まるで脳裏に直接送り込まれるように、彼の声が鮮明に甦る。
『あなたの大切な人を甦らせてあげましょうカ?』
『同じなんですヨ。あなたも、私もネ』
その言葉を否定出来ないと言う事を、彼は知っているのだろうか。
小さく身震いしたコウを慰めるように、アズが彼女の頬に擦り寄った。
中途半端に睡眠を取った所為か、変に身体が疲れを訴えていた。
船から降りるなり欠伸が喉を通ってくる。
「真夜中の帰還って言うのはいつもの事ながら頂けないね…」
「あ、それわかります。結構辛いですね」
いつもなんですか?と問いかけてくるアレン。
コウは肩を竦めて首を振った。
「いつもこんな調子だったら夜型人間ばっかりになるじゃん」
笑いを交えてそんな事を言えば、彼もそうですねと返した。
船を固定するトマに声を掛けるアレンを待ち、コウは建物内へと繋がる階段の壁へともたれる。
「イノセンスは科学班の方に届ければいいんですよね?」
「そうだよ。まだちゃんと覚えれてないだろうから、案内してあげる」
そう言ってコウがアレンを振り返りながら階段に足をかける。
その時、不意に前方に生まれた気配に彼女は瞬時に振り返った。
コウの腕に倒れこんできた存在に、思わず目を見開く。
後ろではアレンが何やら驚いている声が聞こえた。
「…リナリー…?」
くたりと腕の中で目を閉ざす人物はリナリーに他ならなかった。
普段姉のように慕ってくる彼女の不自然な姿に、コウは驚きを隠せない。
「ど、どうしたんですか?」
「わかんないけど…」
外傷は無い、と確認したコウは彼女が辛くないようにその身体を抱え上げる。
いとも簡単に女性一人を抱き上げたコウに、アレンは再度驚かされた。
「コウって意外と…いや、かなり力あるんですね…」
「…まぁ、ね」
曖昧に誤魔化したコウだが、実はアズの力を借りているのだと言う事をアレンが知る由もない。
子供ながらもアズはドラゴン故にかなりの力持ちなのだ。
彼女一人を持ち上げる事が出来ないはずもなかった。
「も、戻ったか…コウ、アレン…」
不意に階段の上から聞こえてきた声に、彼らの視線が集う。
見れば科学班の一人、リーバーが壁にもたれかかるようにしながら息を切らせていた。
彼の身体の所々には打撲などの傷が見られる。
ふらりと傾いた彼の身体を、アレンが慌てて支えた。
「そのキズ…?何があったんですか?」
「に…逃げろ…」
ぐたりとアレンに頼ったまま、リーバーがそう紡ぐ。
続いて力なく告げられたのは…。
「コムリンが来る…」
「「は?」」
アレンとコウの声が揃う。
それとほぼ同時に、石の壁を破壊して巨大なロボットが姿を現した。
「来たぁ…」
この上なく嫌そうな表情を浮かべ、リーバーがそう言った。
コウはリナリーに被害が及ばないようにとそそくさとそのロボットとの距離を取る。
その際に手首を使ってパンッと両手を合わせておくのも忘れなかった。
石の壁を破壊した勢いを殺せなかったのか、ロボットは水路へと落ちて派手に水飛沫を撒き散らす。
コウとリナリーを襲おうとした水は、コウの手によって彼女らに触れる前に気体へと錬成された。
「何この変なの…」
『発…見!リナリー・リー。アレン・ウォーカー。コウ・スフィリア。エクソシスト三名、発見』
「…察するに、身の危険ね」
ロボットから発せられた電子的声にコウは静かに呟く。
その表情は引きつっていた。
「二人とも逃げろ!こいつはエクソシストを狙ってる!!」
リーバーの声に一番に反応したのはコウだった。
アズを呼びつけるなり、彼女は階段を三段飛ばしで駆け上がる。
慌てて追って来るアレンやリーバーは彼女の身のこなしの軽さに思わず目を見開いていた。
「…相変わらずずば抜けた運動神経だな」
「…って言うか、リナリー抱えたままあんなに移動できるものですか?」
アズに頼っているのは、彼女を抱える為の力のみ。
高めの階段を三段飛ばしで駆け上がるのは全て彼女の運動神経を使っての事だった。
「ゆっくりしてると…」
コウの声を遮るように、ドガドガと言う音が追って来る。
その様子を振り返りながら青くなったアレンはリーバーに向かって目をむいた。
「リーバーさん!ワケがわかりません!!」
「ウム。あれはだな!コムイ室長が造った万能ロボット「コムリン」っつって…」
走りながらリーバーが語る。
「見ての通り暴走してる!」
「何で!?」
「てか、暴走してる時点で万能じゃなくて迷惑ロボットだよ…」
コウの呟きはロボット…もといコムリンの破壊音によって掻き消された。
05.12.05