Destiny - 15 -
グゾルと少女を先頭に、三人は地下通路の中を進んでいた。
自分の隣一歩分後ろを歩いていたコウを神田が呼ぶ。
「何?」
「アズはまだ戻らないのか?」
「…もう少しね」
一度アズと交信してみても、やはり聞こえるのはノイズ交じりの声のみ。
まだ大分距離があるらしい。
「…アイツさえいればアクマがわかるって言うのに…」
コウに対する愚痴が交じったその言葉に、彼女は我関せずとばかりに顔を逸らした。
「ウォーカー殿を探すべきでございました」
不意にトマがそう言って肩を落とした。
コウと神田の視線が彼の方へと向く。
「もしウォーカー殿が生きてても、現れた時本物かどうかわからないです」
「あぁ、そんな事?それなら大丈夫よ」
何でもないように、コウは飄々とした声を上げた。
彼女はニッと口角を持ち上げて続ける。
「本物の傍にはアズが居るわ。あの子は私の指示なしにアレンの元を離れたりしない」
そのためにわざわざ彼をアレンの元へと向かわせたのだ。
アレンの元を離れるなら、何らかのテレパスがコウの元に届いているはずである。
「それに…。左右逆になってるんだからすぐわかる。もし、そんな姿でノコノコ現れたら、よほどの馬鹿だな」
前を歩いていた彼女らが角を曲がった。
それを追うように、遅れる事数歩。
神田がその角を曲がり、そしてはた、と止まる。
「?神…」
「ふたりがいない!!」
彼の反応に首を傾げ、コウはその名を呼びながら彼の見ている通路が見えるように足を速める。
そして、その理由を知った。
「に゛っ逃げやがった!!」
「あーあ…神田が怖い顔して脅すから…」
ポツリと呟き終えるなり、ゴンッと鈍い音がしてコウが自身の頭を押さえて蹲る。
相変わらず女性にも容赦ない男だ…っ!と、口に出すと第二撃を食らう為に内心で毒づいた。
大丈夫かと聞いてくるトマにヒラヒラと手を振って己の無事を教える。
「くそ!あいつらどこに…っ!」
声を荒らげる神田に、コウはやれやれと溜め息を落とした。
このままだと「最後には心臓をもらう」の「最後」が早まってしまいそうだ。
コウは神田の横を通りぬけ、通路に開いた穴の傍まで歩いていった。
「…ここ、かな」
真新しい布切れが穴の端に残っている事に気づいたコウがそう呟く。
それとほぼ同時に、トマが息を呑んだ。
「神田殿、後ろ…」
振り向いた彼らの視界に入り込んだのは、左右逆転したアレンだった。
「本当に左右逆だね。うん、こうして見るとちゃんと違和感があるわ」
映像として映されたそれではわからないものだな、とコウは一人納得する。
神田がイノセンスを発動させているのだから、自分の出番はないと思っていたのだ。
「どうやらとんだ馬鹿のようだな」
横真っ直ぐに六幻を構えた神田はそう言った。
不意に、コウは脳内に響くアズの声に思わず彼らから視線を逸らす。
はっきりと聞こえてきたそれは、彼が近いことを示していた。
「災厄招来!界蟲一幻!!!」
横に薙いだ刀から生まれだしたそれがアレンもどきを襲う。
だが、攻撃は彼に届く前に阻まれる。
他でもない、見覚えのある巨大な鉤爪の手によって。
壁の穴は通路になっていたらしく、そこから鉤爪の手の主、アレンが顔を出してきた。
「ウォ…ウォーカー殿…」
そう呟いて左右逆の彼は倒れこむ。
アレンの後ろからアズが顔を覗かせた。
バサッと翼を動かして彼の傍へと降り立ち、フンフンと鼻を鳴らす。
攻撃を止めたのがアレンだと知ると、神田が声を荒らげて彼に食って掛かった。
「どういうつもりだテメェ…!!なんでアクマを庇いやがった!!!」
返答次第では彼に攻撃しそうな形相で神田は怒鳴る。
アレンは倒れこんだ彼の安否を確かめるようにその傍らに膝を付き、口を開いた。
「神田、僕にはアクマを見分けられる「目」があるんです。この人はアクマじゃない!」
そういい終えたアレンが彼の顔を引き剥がす。
下から出てきたその人物本来の姿に、アレンは驚きを露にした。
「トマ!!?」
人物の名を紡いだ彼は神田の方へと視線を向ける。
彼の左目が神田の背後に居るトマに反応した。
アレンの傍にいたアズが、地面を蹴る。
「そっちのトマがアクマだ、神田!!!」
振り向くよりも先にアクマが反応する。
神田もろとも攻撃を食らう位置にいたコウに、アクマの拳が迫った。
そんな時、身体がぐらりと揺れて両肩に衝撃が走る。
「…アズ!?」
飛んで来た勢いのままに自分を押し出したアズと、その向こうで壁に吹き飛ばされる神田。
その両者が映り、コウは目を見開く。
神田の手を離れた六幻がキィンと地面に弾かれ、岩の床へと深く刺さった。
彼をより深く押し込むように壁の向こうへと消えていくアクマ。
「ユウッ!!!」
背中から転がった衝撃に軋む身体を無視して、コウは地面から飛び起きた。
彼女をアクマの攻撃から助けたアズにお礼を言う事も忘れ、彼女は壁の穴へと走り出す。
一瞬出遅れたアレンも彼女に続いた。
コウは行く手を阻むように床に転がる瓦礫を蹴り飛ばしながら進む。
避ける間さえも惜しかった。
そうして彼らの居る部屋まで辿り着いたコウ。
その視界に赤色が舞う。
「――― ッ!!」
ボタボタと足元に広がる鮮血に思考が意図せず時を遡る。
正常な働きさえも奪うようなそれに、コウは動きを止めた。
狭い個室から流れ出た赤いそれがあの人の物でなければと、幾度となく願った。
しかし、その願いは受け入れられることなどない。
縋りつくように抱きしめた身体の冷たさを忘れたことなど、ただの一度もなかった。
「俺は…あの人を見つけるまで死ぬワケにはいかねェんだよ…」
アクマの高笑いと、神田の搾り出すような声がフィルターを通したように遠く感じる。
気が付けば、コウは邪魔なアクマを錬成した岩で側方へと吹き飛ばしていた。
己のコートや手が赤く染まる事も気にせず、神田の元へと走る。
光の灯らぬ目に、喩えようのない不安が背筋を駆け抜けた。
「何だよお前!邪魔するなら一緒に死ね!!」
背後から迫るアレンの腕を写し取った鉤爪。
コウは鋭い眼光を宿した目を振り向かせ、その両手を合わせる。
「お前ぇえぇえ!!!」
彼女の手がアクマの両足に触れるのと、アレンの腕がその上半身を毟り取るのはほぼ同時だった。
アクマが彼女らの傍を離れるなり、アレンは彼の傍に寄る。
か細いながらもその呼吸を確認した彼は、放心状態になっているコウを振り向いた。
「…神田はまだ生きてます!!……コウッ!!」
アレンの声に、彼女はビクリと肩を揺らした。
危険と隣り合わせのこの状況で我を失った自分の浅はかさが嫌になる。
一年経った今でも、自分は何一つ変われていない。
噛み締めた唇から血が一筋流れ出すが、痛みのおかげで我を取り戻す事が出来た。
そのきっかけをくれたアレンに礼を言うとコウは神田の傷口を見る。
溢れ出る鮮血の量に思わず眉を寄せた。
「…ここではまたアイツが戻ってくるわ。場所を移しましょう。アズ!」
冷静を取り戻したコウの対処は早かった。
近くに来たアズを発動させ、広くなった背に神田を乗せる。
せめて傷が開くのだけは防いでおこうと、その身体に己のコートを巻きつけた。
コートの下に来ていた白いブラウスが汚れるのを全く気にもかけていない。
「アレン、ファインダーの彼…トマは?」
「あ、向こうで休んでもらってます!僕が運びますよ!」
「…じゃあ、お願いするわ」
コウは傷に障らぬ様にと殊更慎重に足を進めるアズの隣を歩き出した。
「広い場所を探してきて」
彼女は自身のゴーレムにそう指示を出し、黒いそれを見送った。
トマを抱えて歩くアレンの表情が険しい事から、彼自身も傷を負っている事は気づいている。
一秒でも早く。気ばかりが急く中、決して早いとは言えない足取りで彼らは進んだ。
Back Menu Next
05.10.31