Destiny - 14 -
「あ!!」
「な、何…?」
「あぁ、ごめんね。驚かせて」
翼を羽ばたかせながら、腕に抱いた少女に優しく声を掛けるコウ。
そんな彼女の隣を走る神田が彼女に視線を向けた。
曰く「先程の声は何だ。面倒事はごめんだぞ」だろう。
「いやぁ…うっかりしてアズの眼を映してくるのを忘れたなぁって…」
「馬鹿か、お前は」
はは…と口元を引きつらせたコウを一刀両断する神田の言葉。
彼の発言で傷つくような繊細な心は、彼との任務二度目で溝にでも捨ててきてしまっていた。
「あー…まずいなぁ…。アクマを見分けられないのって不便…」
溜め息と共に吐き出されたコウの言葉に神田が「自業自得だ」と呟くのを彼女は聞き逃さなかった。
アズの眼はアクマと人間、そしてイノセンスを見分ける。
今までの任務では彼の眼を自分に映す事を忘れた事はなかったのだが…。
行き成り別行動を取ってくれる神田とアレンのおかげですっかり抜け落ちていた。
「ま、何とかなるでしょ」
「…ねぇ」
とりあえずこの話は終わりだ、とばかりにそう言ったコウに、その腕に抱かれた彼女が声を掛ける。
控えめながらもはっきりとその意志を伝えてくる声に、コウは黒鳶の目を彼女へと向けた。
「地下通路に入った方が逃げやすいよ」
「地下通路?」
コウではなく神田が確認するような声を発する。
彼の声に頷き、彼女はそれの説明を付け加えてくれた。
「あのアクマという化物は空を飛ぶ…地下に隠れた方がいいよ」
と彼女が助言する。
それに、言い合わせるでもなくコウは翼を畳み、そして神田はトンッと建物の上から飛び降りる。
建物から地下通路へと入ろうとその入り口へと視線を向けたその時。
『ジリリリリン!』
まるで黒電話の着信音のようなそれが響いた。
それと同時に、神田のコートの襟元から黒いゴーレムが顔を覗かせる。
パタパタと一生懸命翼を上下させるゴーレムは何だか可愛らしく見えた。
「トマか。そっちはどうなった?」
『別の廃屋から伺っておりましたが ―――』
無線ゴーレムを通してトマからの報告が入る。
一つも聞き漏らすまいと、黙りこむ神田とコウ。
「―― わかった。今俺のゴーレムを案内役に向かわせるからティムだけ連れてこっちへ来い。長居は危険だ」
それから、ティムキャンピーの特殊能力が必要だと付け足し、無線は切れる。
神田はトマとの交信が終わるなりコウの方を向いた。
「アズも呼び戻しておけ」
「でも、アレンは…」
「イノセンスを傍から離す事がどれだけ危険か…わからないのか?勝手に動いたあいつに責任がある」
有無を言わさぬ視線を正面から受け、コウは口を噤む。
確かに、彼の言い分は正しい。
しかし…。
それを差し引いても、コウは彼のように切り捨てる事は出来なかった。
コウは集中するように瞼を閉じ、そしてゆっくりと開く。
「アズにはアレンが死んだら戻ってくるように伝えたわ。まだ暫くは戻らないって」
「………お人好しが」
言葉の前の沈黙は、アレンの無事が確認できた事からのものだと、コウは信じたかった。
「さて。それじゃ地下に入るが道は知ってるんだろうな?」
仕切りなおすように神田が彼らに向かって声を発した。
それに答えたのは少女ではない。
「知って…いる」
グゾルと呼ばれた彼はゆっくりと帽子を取った。
その下から見えたのは、決して美しいとは言えない彼の顔。
目を見開く神田とは違い、コウは冷静に彼を見つめている。
「くく…醜いだろう…」
「お前が人形か?話せるとは驚きだな」
彼はその顔を隠すように、再び帽子を深く被りなおした。
「そうだ…。お前達は私の心臓を奪いに来たのだろう…」
「できれば今すぐ頂きたい。デカイ人形のまま運ぶのは手間がかかる」
そう言いきった神田。
コウはこれ以上黙っていると話が複雑化すると思い、口を開いた。
「神田。彼は…」
「ち、地下の道はグゾルしか知らない!グゾルがいないと迷うだけよ!!」
神田とグゾルの間に立ち、彼を庇うようにして少女が躍り出た。
そんな彼女に向かって神田は「お前は何だ」と問う。
タイミングを逃したコウは大人しく口を閉じた。
少女の言葉を遮るようにグゾルが声をあげ、彼女は彼が拾った人間だと告げる。
そして、沈黙した神田に、背後から合流したトマの声が掛かった。
「悪いが、こちらも引き下がれん。あのアクマにお前の心臓を奪われるワケにはいかないんだ。
今はいいが、最後には必ず心臓をもらう」
座るグゾルと視線を合わせるように膝をついていた彼は、そう言いながら立ち上がる。
そして、トマの元へと行く前にもう一度彼らを振り向いた。
「巻き込んですまない」
その一言に、コウはふっと笑みを零した。
この不器用な優しさが、彼の内にある事をどれほどの人が知っているのだろうか。
目に見えてしまう彼の態度に秘められた一握りに。
クルリと彼らに背を向けて歩き出す神田の後を、コウは足取り軽やかに追う。
彼女が隣にやってくると、神田は彼女を一瞥して問うた。
「さっきは何を言おうとしたんだ?」
「…さっき?」
何だったか、と彼女は思考を巡らせる。
「俺が心臓をもらいたいと言った時だ。何か言おうとしてたんだろ?」
「…あぁ、あの時か」
コウは思い出した、と頷く。
だが、少し考えた後、首を振った。
「もう、いいの。気にしないで」
人形は彼女だと。そう伝えるつもりだった。
しかし、その後の二人を見ていると…彼、グゾルは少女が人形だと知られたくないように思えたのだ。
どちらが人形で、どちらが人間か。
コウには、今はまだ、それをはっきりする必要などないように思えた。
彼女の心臓をもらわなければならない、その瞬間までは。
「ティムキャンピーです」
水を掬うように前に出されたトマの手には、粉々になったティムキャンピーがいた。
それらは宙へと集っていき、やがて元の彼を模る。
初めの頃こそ驚いていたコウだったが、今となってはこの程度の事では驚かないようになっていた。
「お前が見たアクマの情報を見せてくれ、ティム」
その言葉を受け、ティムキャンピーは真上を向くようにして身体の向きを変える。
そして、小さな牙の並ぶ口を開いた。
まるで映写機のように、映像が浮かぶ。
「へぇ…ティムキャンピーってこんな特殊能力があったんだ…」
感心するような声を発するコウ。
しかし、その目は映し出されたアクマの映像を読み取ることに集中していた。
やがて道化師のようだったアクマはアレンの姿へと移る。
だが ―――
「……………何か変」
「逆さまなんだよ。それくらい気づけ」
「逆さま?」
コウはそうだっけ?と首を傾げる。
何気なく見ていた所為で、アレンの顔の傷がどちらにあったかが思い出せない。
そんな彼女に、神田は呆れた様な溜め息を漏らしながら彼女のコートを指さす。
「自分のコートと比べてみろよ」
「…あ、ホントだ」
自分のコート、そして神田のコートを見比べたコウが頷く。
そう言えば昔から間違い探しは苦手だったな、と彼女は場違いなことを思い出していた。
神田の考察は、あのアクマは対象物を写し取っていると言うものだった。
そして、一向は地下の道を進む。
グゾルと少女を先頭に彼らに導かれるように、右へ左へと曲がり、少しかび臭い道を歩いた。
その後を追う、足音にも気づかずに。
05.10.25