Destiny - 13 -
岩と乾燥の中で劣悪な生活をしていたマテールは「神に見離された地」と呼ばれていた。
絶望に生きる民達はそれを忘れる為、人形を造ったのである。
踊りを舞い、歌を奏でる快楽人形を。
だが結局人々は人形に飽き、外の世界へ移住。
置いていたれた人形は、それでもなお動き続けた。
五百年経った現在でも…
「マテールの亡霊がただの人形だなんて…」
今回の任務の資料を目にしたアレンは、駆けながらそう呟いた。
「イノセンスを使って造られたならありえない話じゃない」
視線を向けることもなく神田が答える。
彼の性格からすれば、返事がもらえた事だけでもよしとすべきだろう。
不意に、アズがピクリと鼻を揺らす。
「アズ?」
気づいたコウが足を止めずに彼に問いかけた。
その時、三人は張り詰めた空気の中に足を踏み入れる。
一瞬で気づく事ができる程に、冷たく…肌を刺すようなピリピリと緊張した空間。
マテールの町を一望できる崖の上で、彼らは足を止めた。
「ちっ。トマの無線が通じなかったんで急いでみたが…殺られたな」
「…先に行くわ。付いて来て」
コウはそう言うなりトンッと岩を蹴った。
崖から身を投げるように彼女の姿が視界から消え、驚いたのはアレンだ。
「コウ!?」
慌ててギリギリまで駆け寄ると、彼の視界に小さくなった彼女の背中が写った。
漆黒の翼を持つドラゴンに乗ったまま、彼女は建物の方へと飛んでいく。
「追うぞ。人形の場所はアズが知ってるはずだ」
「アズが…」
「おい、お前。始まる前に言っとく」
睨むような鋭い視線をアレンに向け、彼は宣告とも取れる言葉を吐いた。
戦争の中で犠牲は当然。
間違ってはいない言葉だが、仲間意識を持つなと言うその言葉は冷たく感じられた。
「嫌な言い方」
アレンがそう紡ぎ終えるが早いか、建物の一角で爆発が起こった。
丁度、コウが向かった辺り。
二人は顔を見合わせることもなく同時に地面を蹴った。
「へぇ…あの子が人形か…」
四つのタリズマンによって作り出された結界。
その中に、二つの影があった。
一人は人間、もう一人は……マテールの亡霊。
『子供、イノセンス』
二つの単語が彼女の脳内に直接伝わってくる。
その発信源は彼女の肩に足を下ろすアズだった。
「テレパシーは便利な能力ね」
そう呟き、コウは再び結界の方へと視線を落す。
結界を打ち破るように弾丸を撃ち込む二体と、その脇に一体。
宙に浮かぶ二体とは違い、まるで道化師のような姿をしたそれは、レベル2へと進化したアクマだった。
「どんどん撃って ―――」
そんな声を上げながら上の二体にそう指示を出すアクマ。
それの足元に視線を落とし、コウは思わず眉を寄せた。
「連絡がつかなかったファインダーの一人、かな」
助けるべきか、否か。
コウはすぐには動かなかった。
彼女は無闇に動く事の危険性を知っている。
未知数の能力を持つアクマだからこそ、より慎重にならなければならないと言う事も。
「ギャアア!!」
そんな叫び声と共に、血溜まりが広がりを見せた。
何の容赦もなくファインダーの頭を踏むアクマ。
それ以上黙って見ているのは無理、と判断したコウは立ち上がるべく片足に力を篭める。
しかし、それよりも早くアクマに攻撃を仕掛けた人物が居た。
「やめろ!!」
覚えのある声に彼女は動きを止める。
巨大化した自らの武器で攻撃したのは、他でもないアレンだった。
「鉄砲玉のお前が飛び出さなかったのは奇跡だな」
「失礼ね」
背後からの声にコウは視線を向ける事なく答える。
肩に乗っているアズの尾が嬉しげに揺れていた。
「レベル2のアクマの能力は、今のところ未知数ね。で、人形はあの結界の中。どうする?」
状況を簡略に説明したコウはそこで漸く神田を振り向いた。
彼はすでに六幻を鞘から抜き、準備は整っている様子だ。
「私は?」
「邪魔にならないようにアクマの能力でも見極めてろ」
「了解です」
敬礼のポーズをとった彼女の姿勢は、酷く様になっていた。
さすがは元軍人といったところだろうか。
それを横目に、神田は六幻の刃に自身の指を添える。
刃に沿ってそれを滑らせていけば、小さく発光しながらその白銀の刃が姿を現した。
――― イノセンス発動。
不意に、神田のコートの裾をコウがその指で引いた。
今しも踏み切ろうとしていた彼は無言で彼女を振り返る。
彼女の黒鳶色の眼が揺れた。
「…怪我、しないでね」
この眼を見たのは何度目かわからない。
彼女を残して任務に出ようとすると、いつもこの眼差しを見せるのだ。
その理由を知るわけではないが、失う事に酷く怯えているのだと言う事は神田にもわかっていた。
彼女のその眼に見えるのは、突き放してはいけないと思わせる何か。
無言のままに瞳と同じ色の髪をくしゃりと撫でると、神田はダンッと廃屋の屋根を蹴る。
「六幻、災厄招来!界蟲「一幻」!!」
大きく横へと薙いだ刀からこの世の物とは思えないようなものが放たれる。
それが結界を攻撃していたアクマを破壊した。
「まずは二体」
コウがそう呟く。
それと同時に脳内に響くアズからのテレパスに彼女は自分の後方へと視線を向けた。
潜んでいたアクマの照準が、音もなくコウへと合わせられる。
「残念ながら、アズは優秀なの」
パンッと両手を合わせた後、廃屋へとその手を当てた。
彼女の足元となっていた廃屋の屋根が瞬く間に構成しなおされる。
それはボール型アクマの下部をしっかりと捕らえてその動きを封じた。
動きを止められたアクマがその弾丸を放とうとする中、コウはトンッと地面を蹴る。
綺麗に弧を描いて飛んだかと思えば、アクマの頭部真後ろへと降り立った。
「…安らかに」
そう紡ぐと、コウは手刀のようにその手を横一文字に薙ぐ。
彼女は頭部を破壊するなり、それを蹴って別の廃屋の屋根へと降り立った。
ドンッと言う爆発と共に風がコウに押し寄せる。
バサバサと乱れる髪を押さえ、彼女が振り向いたのは先程までアクマがいた場所。
アクマを破壊するまで、ものの数秒の出来事だった。
「……ありがとう、アズ。助かったわ」
そう言ってコウは傍らへと飛んできたアズの頬を左手で撫でる。
彼女の右手にはアズの鋭い爪があった。
アズの能力は、その身体の一部と能力を適合者であるコウへと映す事が出来ると言うもの。
移行させるわけではないので、アズ自身の一部がなくなると言うわけではない。
以前に神田の刀を握って彼女の手が無事だったのは、ドラゴンの頑丈な肌を映していたからだ。
シュンッと空気の抜ける音に似たそれが発せられ、コウの手は彼女の物へと戻る。
2・3度調子を確認するように握ったり閉じたりを繰り返し、彼女は交戦中のアレンの方を見た。
自我の生まれたアクマは酷く好戦的な性格のようだ。
むしろ、快楽殺人兵器と言っても過言ではない。
結界を解いて例の人形と人間を抱えて廃屋の屋根まで移動してきた神田。
「助けないぜ。感情で動いたお前が悪いんだからな。ひとりで何とかしな」
まるで突き放すような言葉に、アレンは頷く。
「いいよ、置いてって。イノセンスがキミの元にあるなら安心です。僕はこのアクマを破壊してから行きます」
アレンの言葉を聞き、神田はコウの方を一瞥した後地面を蹴る。
コウは肩のアズに指示を出した。
「アレンの道案内を」
アズは彼女の言葉に頷くように一声上げ、滑空するようにアレンの元へと飛んだ。
危険でない位置にアズが辿り着くのを見届け、コウはバサッと背中に翼を生やす。
漆黒の翼を羽ばたかせ、神田を追うべくその場から飛び立った。
05.10.15