Destiny  - 12 -

司令室に入るなり、コウは見上げなければならないような本の壁に歩み寄る。
機嫌よさ気に口元を持ち上げながらそれらに手を伸ばした。
一方、部屋の中心部に設置されたコムイの机の前に座る神田とアレン。
神田は彼女の行動に慣れていたが、アレンは首を傾げた。

「彼女はいいんですか?」
「あぁ、コウちゃん?大丈夫だよ。こうして交わす言葉さえもちゃんと聞いてるから。一種の才能だよね」

壁一面を覆いつくす本棚に背中をもたれさせ、コウは手に持った本を読んでいる。
全く話など耳に入ってないように思えるが、彼が言うのだからそうなのだろう、とアレンは無理やり納得した。
コウに限っては納得しなければいけないことが多いな、などと考える。

「コウさん。資料、いつもみたいに神田に渡したからね」

以前の失敗を生かして、リナリーは彼に資料を手渡す。
何度目かの任務の時にコウが資料を忘れて行った事があったのだ。
あの時は事前説明が細かかった事が功を奏して特に問題もなく任務が終わったから良かったのだが…。
それ以来、彼女は神田もしくはラビが一緒の時は彼らに、それ以外はコウに直接手渡すようにしている。
不満ながらも任務の効率が悪くなるのはごめんなので、神田も素直に受け取っていた。
…資料の一冊や二冊、重さはさして変わらないはずなのだが。

「うん。ありがとうね、リナリー」

ふと視線を持ち上げ、コウはにっこりと微笑んだ。
そしてすぐに本へと戻ってしまう。
その様子を見たアレンは、先程の言葉が正しい事を悟った。

「南イタリアで発見されたイノセンスがアクマに奪われるかもしれない。

早急に敵を破壊し、イノセンスを保護してくれ」












付近の住民が見ればさぞかし驚くであろう場所を、エクソシスト3人とファインダー1人は駆けていた。
アレンとコウの隣にはそれぞれティムキャンピーとアズが翼を動かしている。

「あの!ちょっと、ひとつわからないことがあるんですけど…」
「それより今は汽車だ!!」

アレンの言葉を一蹴する神田。
丁度彼らの下を黒塗りの頭を持つ汽車が蒸気を吐き出しながら走っていく。

「お急ぎください。汽車がまいりました」

ファインダーの彼が穏やかにそう言った。
一人慣れていないアレンはその事実に驚く。

「でええっ!?これに乗るんですか!」

彼の言葉も尤もだ。
コウは苦笑を浮かべながら傍を飛んでいたアズを腕に抱く。

「そうよ。置いていかれないように頑張ってね」

そう言うなり彼女は一番にその場を蹴る。
翼があるのではないかと錯覚しそうになる程に、不安定さなど垣間見せる事もなく汽車の屋根へと降りた。
次いで3人もバッと飛び降りてくる。

「飛び乗り乗車…」
「いつものことでございます」

駆け込み乗車と飛び乗り乗車。
果たしてどちらが危険なのだろうか。






「よっと」

バシンッと言う音と光。
屋根の膨らみをいとも簡単に錬金術で取り外してしまうと、コウはそこから顔を覗かせた。
まさにその時その車両のその場所を通っていた汽車の従業員。
逆さまの状態で、彼女は彼ににこりと微笑みかけた。
そして器用に屋根から床までの距離で身体を反転させ、音もなく車両へと降り立つ。

「え?こ、困りますお客様!」

慌てたように彼がそう言うが、ファインダーの彼、神田、そしてアレンと順に車両の中に入り込む。

「こちらは上級車両でございまして、一般のお客様は二等車両の方に…てゆうかそんな所から…」
「黒の教団です。一室用意してください」

慌てる彼の言葉を遮るようにファインダーが口を挟む。
その内容に彼は驚き、視線は神田のコートに装飾されたローズクロスへと移動する。
それをしっかりと捉え、彼は深く腰を折った。

「か、かしこまりました!」

言葉のすぐ後に、駆け足とばかりに去っていく彼。
それを見てアレンが問う。

「何です?今の」
「あなた方の胸にあるローズクロスは、

ヴァチカンの名においてあらゆる場所の入場が認められているのでございます」

ファインダーの答えにアレンは感心するように「へぇ」と零して自分の胸元を見た。

「ところで。私は今回マテールまでお供するファインダーのトマ。ヨロシクお願いいたします」

彼、トマの紹介が終わった所で、先程の従業員が去った時と同じく駆け足で戻ってきた。
そして、一向は用意された部屋へと案内される。










私は外で、と言うトマを廊下に残し、3人は部屋の中へと入る。
それぞれ渡された資料に目を通す彼らに、会話はなかった。
部屋の中には暫しの沈黙が訪れる。
そんな沈黙を破ったのはアレンだった。

「で、さっきの質問なんですけど。何でこの奇怪伝説とイノセンスが関係あるんですか?」

神田とその隣に座るコウを交互に見ながら彼は問う。
ちなみに座席は神田の隣にコウ、その向かいでアズが身体を丸め隣にはアレンとなっている。
初めはコウの膝の上に乗っていたが、大きさ的にも長時間乗せておくのは辛い。
彼を隣にするのを断固拒否した神田。
結果、こうなったのである。

「私が説明する?」

小さくめんどくせ、と呟く神田に、コウはそう言った。
しかし彼は首を振る。

「余計な事まで話すだろうが」
「…失礼な」
「イノセンスってのはだな…」

コウの言葉を無視して、彼はアレンの質問に対する言葉を返し始めた。
洗練された、と言うよりは要点のみの簡略な説明だったが、彼の説明はわかりやすい。
入団したばかりの頃に聞いたそれに、コウもアレンと同じく耳を傾けた。

「(何だかんだ言ってもちゃんと説明する辺りは優しいと思うんだけどなぁ…。)」

迂闊にこんな事を口に出せば彼が怒る事はまず間違いない。
それゆえに、コウは心の中でそんな事を考えていた。

「“奇怪のある場所にイノセンスはある”

だから教団はそういう場所を虱潰しに調べて、可能性が高いと判断したら俺達を回すんだ」

神田の説明が終わると、アレンは自分の左手に視線を落としながら何かを考えているようだった。
彼を横目に、コウは神田に向かって口を開く。

「やっぱりアズの時も可能性が高かったの?」
「ああ」
「任務って大抵ファインダーの人と一緒だと思うんだけど…あの時は何で?」
「…本部からそう離れてなかったからだろ。それと…危険性が高くなかった」

視線を彼女の方に向けず、彼は淡々と答える。
すでに慣れてしまったコウは気にする事なく彼の言葉に「ふーん」と返した。
そんなコウを見て、アレンは首を傾げる。

「アズの時?」
「あぁ、この子が生まれた時の事」
「生まれた時から一緒なんですか?」

自分の名前を呼ばれたアズは、その白い毛並みの中から首を持ち上げた。
青い眼にアレンを映し、そしてコウへと視線を移動させる。
彼女がふっと微笑んで手を伸ばせば、彼はすぐに擦り寄ってきた。

「そうね。この子が生まれた時から…ずっと一緒。って言っても去年生まれたばかりなんだけどね」

膝の上に乗ってきたアズの毛に指を絡めながらコウは言った。
その眼は慈愛に満ちていて、彼を大切にしている事が窺える。

「…アズって抱いても噛みません?」

アレンの何気ない一言に、コウと神田が動きを止めた。
特に神田は驚く程にわかりやすい。

「…?噛むんですか?」
「あぁ、いや…噛まないよ」

コウは苦笑を浮かべながらほら、とアズをアレンの腕へと手渡す。
彼女の手を離れた事が不満の様子の彼だが、ぎこちなく撫でるアレンの手に眼を閉じていた。

「気をつけてね。嫌な事とか、私に害があるような事したら容赦なく噛み付くから、その子」

緊張も解れたらしいアズを見ながらコウが言った。
彼女の言葉で漸くアレンも神田の行動の意味を悟る。

「………噛まれたんですか」
「あははは!そりゃ何度もねー」

笑うコウにますます機嫌を悪くする神田だったが、アズの監視の目が厳しいので迂闊に手は出せない。
無論、彼女もそれを知っての行動だ。

そんな風にして、汽車は彼らを目的地へと運んでいった。

05.10.12