Destiny - 11 -
しんっと静まり返った木々の中。
コウはその目を閉ざしたままその場に佇んでいた。
「アズ」
彼女の唇が動き、アズを呼ぶ。
呼ばれた彼はすぐにコウの前へと飛んできた。
薄く開いた目でそれを確かめると、彼女は再びそれを閉ざす。
そして、集中するように沈黙して胸の前で腕を交差させた。
ざわりと彼女の背が揺れ、黒いコートからそれよりも更に深い漆黒の翼が生える。
その翼は発動時のアズと同じ物だ。
自身の腕の長さよりも長いそれを先まで広げると、漸くその目を開いた。
「ふぅ…」
調子を確かめるように数回翼を羽ばたかせるコウ。
そして、コウは目の前にいるアズに向かって微笑んだ。
「ちょっと飛びに行こうか」
答えるように頬に擦り寄ってきたアズを撫でると、彼女は地面を蹴る。
その反動で身体を浮かせ、翼を羽ばたかせた。
純白の毛並みのアズと、漆黒の翼を持つコウ。
日の出に染まる空をバックに、彼女らは飛び立った。
廊下の石床がコウのブーツの底と当たり、カツンと言う音を立てた。
彼女は肩にアズを乗せたまま食堂へと足を運ぶ。
「おはようございます、ジェリーさん」
「あら、おはよう!コウちゃん!!今日はちゃんと起きてるのね?」
「ええ。さっきまで外で修行してましたからね。すっきりしてます」
「今日も頑張りなさいよ。さ、何食べる?」
いつものを、と軽めの朝食を頼み、コウは出来上がるまでの時間を近くの席で待つ。
さほど量のない彼女の食事はすぐに出来上がった。
「あんたもうちょっと食べないと駄目よ?」
「朝は弱いんで勘弁してください。あぁ、アズの分ありがとうございます」
トレーの中に別の皿で用意された彼の分を見て、コウはいつものようにお礼を述べた。
言わなくても用意してくれるあたり、ジェリーの優しさを感じる。
かたんとトレーをテーブルに置き、コウは腰を降ろした。
「おはよ、神田」
「…あぁ。今日はちゃんと起きたのか?」
「うん。さっきまでアズと一緒に飛んでた」
彼女を一瞥した後食事を再開する神田。
いつもの事なのでコウも気にせず飲み物を喉に通す。
コウの隣に落ち着いているアズの前に食事を置いてやり、彼女自身もそれを始めた。
時折尾を揺らしながら食べるアズを見て、コウは微笑みを浮かべる。
「朝から蕎麦で体力もつの?」
アズに落としていた視線を持ち上げ、神田に向かってそう問いかけた。
彼は一旦箸を止めて彼女を見る。
「お前の量の方が遥かに問題あるだろ」
「低血圧だからそんなに食べられないの!考えただけで気分が悪くなるわよ…」
いくらか顔を青くしながらコウが言った。
本日の彼女の朝食メニューはと言うと…。
深めの皿に適度に盛られたスープとお愛想程度のパンだけである。
朝摂取すべき栄養分は到底足りていないようにも思えるが、作っているのは他でもない料理長ジェリー。
満遍なく栄養補給出来るように計算され作られたそれは、コウの為に作られたスープと言える。
コウ好みの味付けに頬を緩めながら、彼女は食事を続けた。
「………まぁ、気持ちはわからないでもない」
うんうんと頷くように頭を動かすコウ。
その向かいでは神田の眉が不機嫌に歪められていた。
原因は彼の後ろの集団。
着ている服からしてファインダーだろう。
その一人、特にガタイのいい男がその体格に見合った声で何やら嘆いている。
「でもね、ここで口を出すと色々と面倒と言うか…」
「追悼なら他所でやれよ」
さほど大きくはない声だったが、後ろの彼らに向けられている事はその内容から明白だ。
一気にその集団の視線を集める二人。
コウからすれば巻き込まれた以外の何物でもないが。
「………うん、言っちゃうのが神田なんだけどねぇ」
ふっと遠くを見るような表情を浮かべて、彼女は呟いた。
満腹で舌なめずりしたアズがコウの膝の上へと乗ってくる。
そんな彼を撫でながら、彼女は怒りに任せて怒鳴ってくるファインダーを眺めた。
「うるせーな。メシ食ってる時に後ろでメソメソ死んだ奴らの追悼されちゃ味がマズくなんだよ」
淡々と彼らを煽る神田。
コウはそんな彼に苦笑を浮かべた。
「俺達ファインダーはお前らエクソシストの下で命懸けでサポートしてやってるのに…。
それを…それを…っ!メシがマズくなるだと ――――!!」
完璧に頭に血が上ってしまった、バズと呼ばれた男。
巨体を大きく振って、神田に殴りかかろうと腕を上げた。
「当たるわけないのに…」
そんなコウの呟きが届くはずもなく。
難なく背後からの拳を避けると、神田はバズの首を掴み上げた。
喉を絞めて呼吸を奪うようにしてその巨体を持ち上げる。
「「サポートしてやってる」だ?」
神田の口元が持ち上がる。
彼に背中を向けられているコウにその表情は見えないが、ありありと想像できた。
「違げーだろ。サポートしかできねェんだろ。お前らはイノセンスに選ばれなかったハズレ者だ」
彼の言葉にアズを撫でていたコウの手がピクリと反応する。
もし、この子に出逢っていなければ…。
私がこの子の適合者でなければ。
彼は同じことを私に言ったんだろうか。
そんな考えが脳裏を過ぎる。
ハッと我に帰ると、コウはそろそろ止めないと死ぬかなと顔を上げた。
「ストップ」
血に染まったように赤い腕が、バズを掴みあげている神田の手首を掴む。
「関係ないとこ悪いですけど、そういう言い方はないと思いますよ」
神田を止めたのは他でもないアレン。
彼の登場を見て、コウは自分の出る幕はないとジュースを口に運んだ。
「…………放せよ、モヤシ」
「げほっ!」
真面目な雰囲気の場には相応しくない単語が零れ落ちた。
思わずジュースを気管支に吸い込みそうになったコウはゲホゲホと咽る。
自分を睨みつける神田の視線を感じ、彼女は何とか呼吸を戻すことに成功した。
「……アレンです」
「はっ。1か月でくたばらなかったら覚えてやるよ。
ここじゃパタパタ死んでく奴が多いからな、こいつらみたいに」
嘲笑を浮かべた神田の腕を掴むアレンの手に、更に力が篭められた。
先程と同じ内容の言葉をもう一度紡ぐアレン。
神田が彼を睨んだ。
「早死にするぜ、お前…。キライなタイプだ」
「そりゃどうも」
両者の睨み合いが続く。
そんな中、コウは肩を竦めながらテーブルに肘を付いた。
「神田が好きなタイプの人っていんのかしらね?」
アズに問いかけるコウ。
彼はまるでそれを否定するかのような仕草を見せた。
「あ、いたいた!神田!アレン!それと…あぁ、コウもいるな。
3人とも10分でメシ食って司令室に来てくれ。任務だ」
食堂の外の廊下からリーバーの声が掛かる。
それを聞き届けると、先に神田が動き出した。
食堂の出口へと向かって歩いていく彼を追うように、コウも慌てて立ち上がる。
しかし、2~3歩進むなり彼女はファインダーらとアレンを振り向き、口を開く。
「確かにファインダーの人たちは命懸けだと思う。
でもね…?私達エクソシストだって…命を懸けてる。守りたい…何かの為に」
それだけは忘れて欲しくない、とコウは言った。
そして、彼らの反応を見る事なくアズを引き連れて神田の背中を追う。
残された人々は皆それぞれに沈黙した。
彼女の悲しげな眼が、彼らの脳裏に深く残る。
05.10.04