Destiny - 10 -
「コウさん、付いて来てもらって大丈夫なの?」
「平気よ。神田は待たせればすむことだし。アレンのイノセンスにも興味あるしね」
とりあえずコムイさんの所までは一緒に行くよ、とコウは言った。
前半部分にリナリーが苦笑を浮かべるも、それを実行出来るのが彼女だ。
これ以上の問答は必要ないだろうと、彼女はアレンに黒の教団内部を説明し始めた。
「コウ~!!後で修錬場の補修頼むわ!!」
男性の声がコウを呼び止め、そんな事を言っていた。
コウはその声に足を止めて「またぁ?」と返す。
「悪いな!今日のは特に血の気の多い奴ばっかりでよ!」
「昨日も補修したばっかりなんだけどなぁ…。アレンを送って、神田の所に行ってからになるけどOK?」
「OKOK!んじゃ、頼むわ。一番下の階の修練場な」
「はいよ」
彼女の返事を聞いて男は豪快に笑い飛ばしながらどこかへ去っていった。
コウが前方に視線を戻せば、好奇心に満ち溢れた目をこちらに向けるアレンが見える。
「どうした?」
「コウって整備師か何かですか?」
「いんや。ちょーっと特殊能力持ちでね」
口角を持ち上げてそう言うコウ。
そんな彼女にクスクスと笑い、リナリーがアレンに言った。
「コウさんの能力、凄いのよ。皆から引張り蛸」
「へぇ…どんな能力なんですか?」
アレンが問うと、コウは「んー…」と顎に手を当てる。
そして、ニッと口の端を持ち上げた。
「秘密」
そう楽しげに笑って、コウはトントンッと足取り軽く階段を降りていく。
それを追いながらアレンはつまらなさそうな声を上げた。
「大丈夫。すぐに見れるよ」
多分ね、と付け足しながら、リナリーはそう言った。
彼女の言葉にその場は納得しておこうとアレンはコウの後を追う。
「はい、どーもぉ。科学班室長のコムイ・リーです!」
「うっわぁ…胡散臭い…」
コーヒーカップを片手に元気よくそう言ったコムイに、コウは呟く。
それに耳ざとく反応した彼は物言いたげな視線を振り向かせた。
「コウちゃーん?ばっちり聞こえてるよ?」
「聞こえるように言いましたから」
にっこりと微笑むコウ。
コウにそれ以上何かを言うのは止めにして、コムイは3人を引き連れて階段を更に下へと降りていく。
案内されたのは手術室のような部屋だった。
「じゃ、腕診せてくれるかな」
「え?」
「さっき、神田くんに襲われた時武器を破損したでしょ」
コムイは椅子を彼の前に運びながら「我慢しなくてもいいよ」と続けた。
その言葉にアレンは「あ!!」と声を上げる。
「さっきと言えば…大丈夫なんですか!?」
ぐるんと後ろを振り向くと、アレンはコウに問いかける。
一方彼女はその質問の意図がわからずに首を傾げた。
「手ですよ!!僕から遠ざける為にカンダの刀の刃を握り締めてたから…っ」
「あぁ、その事ね」
彼の言葉に首を上下に頷かせながらコウは答えた。
彼女の周囲を一メートルと離れずに飛んでいるアズを撫でた後、彼女は微笑む。
「大丈夫よ。ほら、ね?」
そう言って両手を彼が見やすいように肩ほどまで持ち上げ、開く。
確かに彼女のその白い肌には血はおろか、引っ掻き傷すら見えなかった。
「な、何で…」
「……………頑丈なの」
一瞬説明しようかと悩んだコウだったが、面倒だと言うだけの理由で大部分を省く。
疑うような視線を向けるアレンを見て、コムイが隣から口を挟んだ。
「大丈夫だよ、アレンくん。コウちゃんに怪我させるには本気を出さないと無理だから。それに…」
「“それに”?」
「神田くん、彼女の事はかなり気を配ってるから。傷付けるような事はまずしないよ」
そう言うと、コムイは先程同様に彼に腕を出すよう言う。
コムイの言葉を受けたアレンは大丈夫なのだと言う事を信じたようだ。
素直に診察台の上に腕を乗せた。
赤い左腕には甲の部分に十字架がはまり込んでいる。
これがイノセンスなのだろうと、その腕を覗き込んでいたコウは思った。
しかし、今問題とすべき事は彼の腕にある大きめの傷。
腕の外側から手の甲の十字架の上まで走った傷が、彼らの前に姿を見せていた。
「神経が侵されてるね、やっぱり。リナリー、麻酔もってきて」
コムイはアレンの腕を見下ろしながらリナリーにそう指示する。
「発動できる?」
「あ、はい」
アレンは彼にそう答えた後、すぐにイノセンスを発動させるべく集中した。
瞬く間に巨大化した彼の腕。
鉤爪のように鋭く尖ったそれには、先程と同じ位置に傷が見られた。
「キミは寄生型だね!」
コムイがアレンに寄生型の説明をしている間、コウは彼の腕を撫でてみたり叩いてみたりしていた。
そして顎に手を当て、頷く。
「ふぅん…これなら私でも治せるかも…」
今度勉強してみよう。
そんな事をコウが考えている間に説明は終わったらしい。
コムイは口に出すのも恐ろしいような機械をどこからともなく取り出した。
青くなるアレンを他所に彼は修理と称して彼の腕にその機械を近づける。
喉が潰れるのではないかと言うアレンの叫び声を聞いて、コウは思った。
「…出来るだけ早く私が治せるようになってあげるからね…」
そう呟いた彼女の表情も、どこか引きつっていたと記しておこう。
―― コンコンコンッ ――
軽快に3度ノック音が響く。
それを聞きつけると、神田は寝転がったままの状態で口を開いた。
「………入れ」
「お邪魔します」
ガチャッとドアが開かれ、コウが顔を覗かせた。
視線を向ける事なく神田はベッドに横たわったままだ。
それを気にするでもなくコウは部屋の中を進み、彼の傍で立ち止まる。
「怪我は?」
「…もう治った」
「そ。一応診せて欲しいから起きて」
コウがそう言うと、神田は目の上に乗せていた腕を下ろして彼女を睨むように見上げる。
そんな視線に物怖じする事なく彼女は彼に視線を返した。
傍を飛ぶアズが時折首を傾げるような仕草を見せる。
「………治ったっつってんのに…」
面倒そうに上体を起こすと、彼は羽織っていた部屋着を脱ぐ。
コウは彼の傷口を覆っていた包帯に手をかけ、スルスルとそれを解いた。
傷跡一つ残ってない肌を見て、コウは目を細める。
「……………相変わらず、治るの早いね…」
そう呟いて傷があったはずの腕に触れ、目を伏せた。
「理由、聞いても教えてくれないし…」
「……………」
何も答えない神田。
沈黙が室内を包み込んだ。
「―――― ま!ユウが無事ならそれでいっか!」
声ごと気持ちを切り替えるかのようにトーンを上げてそう言ったコウ。
その声に見合う笑顔を浮かべると、彼のベッドに腰を降ろす。
間を空けずにアズが彼女の膝に舞い降りた。
翼で自ら移動する手段を覚えてからと言うものの、彼は決してコウから離れずに翼で移動している。
だが、やはりこうして彼女の肩に乗ったり膝に乗ったりと甘えてくる所は変わっていなかった。
コウ自身も可愛がっているだけにされるがまま…むしろ喜んで受け入れている。
近い距離に下りてきたアズに、神田が僅かに眉を寄せた。
…トラウマと言うのは中々拭い去れない物である。
「もう噛まないってば。あの時はユウが無理やりしようとしたからでしょ?」
「…知るか」
「今は大丈夫だもんねー」
そう言ってコウはアズの頭をよしよしと撫でる。
誇らしげに目を細める彼を見下ろして、神田は深く溜め息をついた。
どうでもいいが人の部屋で和むな。などと思いながら。
05.09.28