Destiny  - 09 -

ぐっと神田の武器である六幻の刃を握り、コウは例の侵入者とやらからそれを引き離した。
このまま放っておけば躊躇いもなく斬り捨ててしまいそうだったからである。
しかし、それを良しとしてくれないのがこの男なのだが。

「…どけ」
「あんまり動くと傷口が開くよ」

そう言い終わるが早いか、コウはパッと手を離す。
力を加えていた所為で若干よろけた神田だったが、そこは持ち前の運動神経で体勢を立て直す。
ここに来て、コウは漸く侵入者の方を向いた。
銀にも見える白髪の髪を持つ、左目から頬にかけて傷のある…まだ少年の彼。
彼を一目見た彼女の顔には、薄く驚愕が浮かべられた。

「…エドワード…」

薄く開いた唇から零れた声は、静かに宙へと消えた。










「対アクマ武器ですよ。僕はエクソシストです」

躊躇いがちにもそう言った彼。
それを聞いた神田は門番を怒鳴りつける。

「そう言えば私の時にも随分失礼な事してくれたよねー…」

どこか冷たい口調でそう言えば、門番はビクリと顔を振るわせる。
彼女の声に合わせるように、その肩に乗っていたアズが牙を見せたからだ。
思った以上にトラウマになっているらしい。

「いあっでもよ、中身がわかんねェんじゃしょうがねェじゃん!アクマだったらどーすんの!?」

そう答える門番に走りよって人間ですと訴える彼に、コウはやれやれと肩を竦めた。
そして、肩に乗っているアズに話しかける。

「彼はアクマ?」

そう問いかければ、アズはじっと彼を見つめる。
彼はフルフルと首を横に振った。

「ふぅん…ありがと」

さて、どうやって神田を止めようかな…とコウは彼らの方に向き直る。
ギャーギャーと騒ぐ門番と彼に目を向け、神田は己の武器を持ち直した。

「あ、やばいかも…」

神田の目付きがより一層鋭くなってしまった。
それを悟ったコウは思わずそんな声を漏らす。
彼女の周りを飛ぶ無線ゴーレムに向かって口を開いた。

「あの子、アクマじゃないよ?」
「待って…ホント待って!僕はホントに敵じゃないですって!
クロス師匠から紹介状が送られてるはずです!!」

コウと彼の声が綺麗に重なった。
後半部分の彼のセリフに、神田がピタッと刀を止める。
切っ先はと彼の眉間の距離は数センチとない。

「元帥から…?紹介状…?」
「そう、紹介状…」

聞き返してくる神田に、彼は震える声で答える。
そして、こう続けた。

「コムイって人宛てに」

その声はマイクを通して建物内の彼らにも届いた。
未だ刀を下げようとしない神田に、コウはどうしたものかなと苦笑を浮かべる。
そんな彼女に、無線ゴーレムが近づいてきた。

『コウ。聞こえてるか?
今室長の机探してるから、とりあえず殺さないようにだけしといてくれ』
「あいよ、リーバーさん」

ゴーレムから聞こえてくる声に頷き、コウは肩に乗るアズに目配せした。
それを正しく読み取ったアズはバサッと翼を広げて彼女の肩を下りる。
二秒ほど目を閉ざした後、コウはゆっくりとそれを開いて彼らを見た。
門に背中を押し付ける形で六幻の切っ先を逃れている彼と、その視線だけで射殺してしまいそうな彼。
二人の間に身体を滑り込ませ、彼女は神田に向かって口を開いた。

「神田、ストップ。今確認中らしいから。それに…この子、アクマじゃないよ」
「なんでわか……」

コウの眼を見るなり、神田は語尾を濁した。
今、神田を見返す彼女の黒鳶色の眼はラピスラズリのような青。

その時、両サイドの門が低い音を立てて開きだした。












「あ、リナリー。どしたの?」
「兄さんに頼まれて新入りさんのご案内」

ファイルを片手に彼女はそう微笑んだ。
同じく笑みを返すと、コウは「じゃあ、そろそろ止めようか」と言って彼らの元へと歩き出す。

「はいはい、お二人さん。閉め出される前に入りましょうね」

ぐっと六幻を握って彼から遠ざけると、コウはにこりと笑う。
何か言おうとした神田だったが、彼女の隣でじろりと睨んだアズを見て口を閉ざした。
暫し無言を貫いた後、彼は刀を引く。

「コウさんありがとう」
「どういたしまして」

先に歩き出した神田を追うように、彼とリナリーも門を潜る。
彼らを視界に捉えながらコウは歩き出した。

「未練がましいね、私も…」

小さく呟く。
一瞬…ほんの一瞬だけ、懐かしい彼に姿を重ねてしまった。
思わず零れた名前を誰かに拾われる事はなかったと思うが…。
片腕のない姿や、ふと垣間見える表情に彼を思い出した。
色褪せる事のない記憶に、コウは苦笑を漏らす。

「コウさん…?」

いつの間にか足を止めてしまっていたらしい。
心配そうに見つめてくるリナリーに安心させるような笑みを返し、コウは彼らに追いついた。











建物の中に入れば、もう用はないとばかりに神田は別の道を行こうとした。
彼らに背を向けた神田に、背後から声が掛かる。

「あ、カンダ」

彼の声に、神田は無言で振り向いた、
その顔は酷く不機嫌で、言葉に出すなら「呼び止めるんじゃねぇよ、この野郎」と言った感じだろうか。
名前を呼ばれた事もその原因の一つと考えられる。

「……って名前でしたよね…?よろしく」

そう言って差し出される彼の手を一瞥して、神田は口を開いた。

「呪われてる奴と握手なんかするかよ」
「神田~…ただでさえ目付き悪いのに…それじゃ極悪人よ?あ、よろしくね」

扉の方から苦笑を浮かべて歩いてくると、コウは彼の手を取った。
しっかりと握り返した後に微笑む。
そんな彼女を背中に、神田は靴を鳴らしてその場を去ろうとした。

「……あ、後で部屋に行くからね」
「…変なものを連れて来るなら来るな」

間髪要れずに帰ってきた答えにクスクスと笑い、コウはその背中を見送る。

「それ、一人ならいいって事の裏返しよね。素直じゃないなぁ」
「ホント。あ、ごめんね。彼、任務から戻ったばかりで気が立ってるの」

リナリーが彼にそう言った。
彼は「気にしてませんよ」と言葉を返す。

「コウって言うの。この子はアズ。改めて…よろしくね?」
「あ、はい!僕はアレン・ウォーカーです」

慌てたように姿勢を正し、彼…アレンは答えた。
そんな様子に目を細めながらコウは彼の頭の上のゴーレムを指す。

「その子は?」
「ティムキャンピーです。師匠のゴーレムなんですけど…」
「可愛いわね。よろしく、ティムキャンピー」

優しく微笑んで手を差し出すと、ティムキャンピーはその両翼を羽ばたかせて彼女の指に乗った。
そんな彼女を見ながら、アレンはふと思い出したように声を上げる。

「そう言えば…“エドワード”って誰ですか?」

彼の言葉に、コウは目を見開いて足を止める。
好奇心以外に他意のなかったアレンは、そんな彼女の様子に首を傾げた。

「…大切な…人」
「僕と似てるんですか?その人」
「……そうね。ふと垣間見える表情は…似てるかもしれない。

ごめんね、失礼だったよね。あなたを前に別の人の名前を呼ぶなんて」
「い、いえ!別に構いませんよ」

アレンは気づかなかった。
彼女が仮面の裏に隠した悲しげな表情に。



まだ、思い出にはしたくない。
過去形ではない想いが、そこにあるのだから。

05.09.24