Destiny - 08 -
高く聳える建物の門。
その門の前に、二人と一匹が姿を現した。
彼らを見て門番が口を開く。
「か、帰ったのかよ」
「うん。門番お久」
自分の数倍もある顔に向かって、コウは機嫌よく手を上げた。
彼女の肩の辺りにパタパタと飛ぶ姿を捉え、彼はヒィッと顔を竦ませる。
とは言っても所詮顔だけの存在なので大して竦んだ様子も見えないのだが。
「1年も経つんだからいい加減に慣れてよねー…まったく」
彼女の肩に乗ったアズが「ヴー…」と低く唸る。
面白い程に後退しようとする門番に、コウはケラケラと笑った。
「遊ぶな。んで、さっさと開けろ」
不機嫌に眉を寄せた神田がそう言えば、内側から門が開け放たれた。
そして、迎え入れるように開かれた入り口に滑り込む。
「コウ・スフィリアと神田ユウ、無事に帰還しました!」
ゴゴゴ…と低い音を立てて開く門を潜り、コウは高々とそう宣言した。
彼女の言葉の後を追うように神田の拳が彼女の頭の上に落ちる。
「…ったぁ…何すんのよ」
「どこが無事だ、どこが」
「わかってるってば。ほら、すぐに治療してあげるからこっちに来てよ」
これ以上怒らせる前に、とコウは神田の腕を引いて歩いていく。
そんな彼女らに向けて様々な所から声が掛かる。
片や笑顔でそれに返事をし、片や腕を引かれながら不機嫌に眉を寄せる。
何とも面白い光景がエクソシスト総本部内で見られていた。
「放せっつってんだろ、そこの鉄砲だ「アズ」」
彼女の声に答えるようにくわっ。っとアズが口を開けば、神田は静かに黙り込んだ。
1年前よりも綺麗に生え揃い、鋭く尖った歯が並ぶ彼の口内にひくりと口元を引きつらせる。
容赦なく噛み付かれる事があれば怪我だけではすまないかもしれない。
「ユウの怪我、私の所為だから…治療くらいはさせてよ」
少しだけ下がったトーンで話すコウに、神田は深々と溜め息をついた。
結局逆らえないのだから、初めから素直に言う事を聞けばいいと言う事はわかっているのだが…。
そんな事を彼のプライドが許すはずもない。
空いている方の手で前髪を掻き揚げ、彼はそれ以上何も言わずに彼女に続く。
「…はい。脱いで」
「………………」
「私が引ん剥くっていう手もあるんだけど…」
どうしよう?とでも言いたげに目を細めるコウを見て、神田はすぐにコートのボタンに手をかける。
彼が行動を始めた事を見届け、コウは治療の準備に向かった。
彼女は程なくして包帯やら消毒液やらを両腕に抱えながら戻ってくる。
コートを脱いだ事で露にされた生々しい傷を見て、コウは眉を寄せた。
「…ごめんね」
パンッと両手を合わせ、その手を傷の近くに触れさせながらそう呟く。
傷周りの組織の回復を促がすように錬金術を使い、患部には薄く皮膚を再生させる。
長年医療系の錬金術を学んだコウだからこそ出来る治療だった。
「謝るくらいなら初めから油断すんな」
「うん」
「本っ当に鉄砲玉だな、お前」
呆れた様にそう言った神田。
その言葉は聞き捨てならないとばかりに、アズは己の尾でペシリと彼の傷口を叩く。
そして、声にならない声を上げる彼を見て満足そうに身体を丸めた。
1年前に比べれば体も少し大きくなったアズ。
ドラゴンと呼ぶに相応しく、その胴体の部分が幼少期より伸びたように思う。
とは言え、犬よりも少し胴長に見える…程度なのだが。
「こらこら。折角治した傷口が開いたらどうするの」
コウは苦笑を浮かべながらそう言って、自分の脇に置いてあった包帯に手を伸ばす。
慣れた手つきで傷口の上にクルクルと白い包帯を巻き、数秒後には裾の始末を終えた。
「どう?」
「……動き難い」
「包帯って言うのは患部を安静にするって役目もあるんですよ、神田さん」
完全に塞がるまでは我慢して、とコウは答えた。
「あ、リナリー」
廊下の向こうを歩いていくリナリーを見つけ、コウは口元に手をやって彼女に声をかけた。
振り向いたリナリーはコウを捉えるとにこっと笑う。
「コウさん、お帰りなさい!」
「うん、ただいま。どうしたの?何か急いでるみたいだけど…」
何かの資料を腕に抱える彼女を見て、コウは首を傾けながらそう問いかけた。
彼女は「実はね」と大まかなことを話してくれる。
「侵入者…ねぇ」
リナリーが去った後、コウは組んだ足の上に肘を付いてそう呟いた。
因みに神田は目を離すと無理するから、と彼女の目の届く範囲で監視されている。
逃げようとすればいつでも噛み付きそうなアズを隣に置いている彼は、どこか青ざめているようにも見えた。
「こんな総本部に単身で来るような馬鹿、いないよね?」
「俺が知るか」
「…神田に答えを求めた私も十分馬鹿でしたねー…」
そう言って部屋の中を行き交う人にぼんやりと視線を向けるコウ。
僅かな静寂が彼女らを包んだ。
が、次の瞬間にそれはものの見事に破られる。
「こいつアウトォォオオ!!!」
ムンクの叫びのような表情でそんな声を響かせたのは壁に掛けられた門番のミニチュア版。
遊んでるよな、この本部って…などと場違いな感想を漏らすコウの横で、彼が動いた。
自分のコートと六幻を持つと、誰よりも早く廊下を駆け出す。
「あー!!安静第一の奴が逸早く行くな馬鹿ーっ!!!」
傷口が開くじゃないか!!とコウもコートを翻して後を追う。
彼の背中はすぐに窓を跳び出して行った。
「アズじゃないんだから飛ぶなっつーの!」
などと毒づきながら、コウも同じように窓枠を蹴った。
そんな彼女の行動を読み取っていたアズが速度を速めて彼女を追い越す。
そして、イノセンスとしての能力を発動させる。
アズの身体が純白から漆黒に染まった。
バサッと広げた両翼の間に、コウは音もなく降り立つ。
「ん。ありがとね、アズ」
ポンポンと彼の頭を撫でると、彼女は下に降りてくれるよう頼んだ。
コウに必要以上に遠心力やら浮遊感やらを与えないために丁寧に翼を動かし、アズは地面へと近づいていく。
ある程度高度が下がるとコウは彼の背中からピョンと飛び降りる。
すでに見慣れてしまった漆黒の刀の刃先を掴み、彼女は両者の間に立った。
「はいはい、そこまでね」
05.09.20