Destiny  - 07 -

「初任務?」

リナリーから数センチに及びそうな冊子を渡され、コウはコムイに向かって声を上げた。
彼はコーヒーカップを持ったままの手で彼女を指す。

「そう。それが君の初任務」
「その前にここの事を教えてくれるって言ってなかったっけ?」
「習うより慣れよ、だよ。実際にイノセンスの回収に回ってくれた方がわかりやすいと思うからね」

イノセンスの回収も出来て、コウちゃんもこの世界を知る事が出来る…まさに名案!
とばかりに顔を輝かせる彼に、コウは溜め息を一つ落とした。
そんな彼女の後方に来ていたリナリーが耳打ちする。

「ごめんね、兄さん言い出したら聞かないし…ここ、人手不足なの」
「あぁ、大丈夫。こういう突飛な行動を取られる事には慣れてるから」

コウはリナリーにそう言い、黒い表紙の冊子をペラリと捲る。
そして、見慣れない地名に思わず眉を寄せた。

「…よりもまず、ここはどこなのよ?」
「あぁ、ごめんごめん。これが地図ね」

そう言ってコムイは紐を引き、地図を広げた。
それを30秒ほどそれを見つめた後、コウは頷く。

「もういいよ。覚えたから」
「「え?」」

コムイとリナリーの両名から声が上がる。
その表情は驚きに満ちていた。

「記憶力には自信あるよ」

伊達に国家資格は取ってないからね、と心の中で付け足す。
向こうの世界の事を思い出せば、心は穏やかな風と共に波を立てる。
幸せな思い出は、時として辛く…切ない記憶となって甦った。

「コウさん?」
「あ、ごめん。何?」

ハッとした様に自分を見上げるコウに、リナリーは心配そうな顔を見せた。

「この任務の内容がよくわからないんだけど…」
「あぁ、それは移動中にでもパートナーに聞けばいいよ。教えてくれると思うから」
「パートナー?」
「さすがに行き成り一人で任務に付かせるつもりはないよ」

そう言って笑い、コムイは「そろそろ来ると思うんだけどね」とドアの方を見る。
それに合わせたかのように、壁の向こうから騒がしい声が近づいてきた。

「付いてくるな!!」
「そんな事言われても俺だってこの部屋に用があるし」
「なら俺が帰る」
「いやいやいやいや!ユウだって任務でここに来てんだろ!?」

バンッと勢いよく扉は開かれた。
不機嫌を露にした男と、それを楽しんでいるように見える男の二人が中へと入ってくる。
見覚えのある二人にコウはきょとんと目を見開いたままだった。

「よ、コウ。朝ぶり」
「ラビと…神田?何でここに…?」
「彼らが君のパートナーだよ。今回の任務の事はもう話してあるから、わからない事は彼らに聞けばいい」
「そー言う事さ。よろしく」

ヒラヒラと手を振るラビとは正反対に、神田は睨みつけるような視線をコウの膝の上に向けていた。
そこには彼の視線を物ともせずに「ふわぁ…」と欠伸をするアズの姿がある。

「邪魔はするなよ」

それだけを言うと神田はさっさと踵を返して出て行ってしまった。
彼は何をしにこの部屋に来たのだろうか…とどこかずれた疑問がコウの脳裏を過ぎる。

「気にする事ねぇよ?あいついっつもあんな感じだから」
「うん。大丈夫、気にしてないから。さっきのって私に一時的にでも拘束された人のセリフじゃないよね」

本人が居ないのをいい事にコウはにこりと笑みを浮かべてそう言った。
そんな彼女にラビは肩を竦めて頷く。

「あぁ、そうそう。コウちゃん、団服が仕上がってるよ」
「もう?」

昨日「用意しておく」と言われたばかりなだけに、コウは驚いたような声を上げた。
コムイの声に応える様にリナリーは部屋に設置してあったクローゼットを開く。
そして、そこから真新しい漆黒のコートを持ってきた。

「ご要望通りコートにしたよ。大体君のスタイルに合わせてあるけど…どうかな?」

コウは受け取ったコートに袖を通した。
しっかりした生地を使ってあるらしく、見た目よりも若干重さを感じさせるが、不快なほどではない。
身体の線がくっきりとまでは行かないが、それなりにフィットしている。
膝ほどの長さのそれを上から下まで見て、彼女は頷いた。

「…うん、丁度いいです。ありがとうございます」
「あ、そうそう。例のアレはここに付ければいいかと思ってるんだけど…」

コムイがコートの脇の部分を指して言う。
そこには何かを引っ掛けられるような装飾が施されていた。
コウはそれに視線を落すと、ポケットから銀時計を取り出す。
それをじっと見つめた後、その装飾にカシャンと取り付けた。

「…ありがとうございます」

懐中時計本体をポケットに納めると、先に繋がる鎖がチャラ…と音を立てる。
それを見つめるコウの表情は儚かった。











コウは前を留めていた一番下のボタンに手を当てる。
少し考えた後、両手を軽く合わせて再びそれに触れさせた。
バシッと言う錬成音と共に生地を傷付ける事なくボタンだけが取れる。
純銀製のそれはしっかりとした質量を彼女の手に伝えた。

「あー!!何するの、コウちゃん!?」

折角昨日必死で作ったのに!!と声を上げるコムイを横目に、コウは再び手を合わせる。
両手で包み込まれたそれが小さく錬成光をもたらし、やがて反応は止まった。

「アズ、おいで」

長椅子に丸くなっていたアズを呼び、コウはそれを彼の首にかけてやる。
苦しくない程度に調整されたそれ。
ボタンとしてコートに装飾されていたそれは、彼女の手によって首輪の飾りに作りかえられていた。

「一番下のボタンって留めないんです。動き難いんで。アズの首輪として再利用させていただきました」

悪びれた様子もなくコウは笑った。
誇らしげに椅子に座るアズの首に付けられた飾りがキラリと光る。
ボタンであった時と姿形は全く変わらず、若干縮まった分が首輪の部分へと変化していた。

「へぇー…それが錬金術?」

初めてそれを目にしたラビが感心した風な声を漏らす。
彼の声に頷き、コウはアズの首輪…と言うよりはチョーカーに近いそれに触れた。

「この子の身分証明にもなるでしょ?」
「あーうー……うん。まぁ、それなら納得出来ない事もないね」

真新しい団服を作り変えられたと言う事実は引っかかっているようだが、コムイは渋々といった様子で頷いた。

「んじゃ、さっさと出発するか!」
「あいよ。じゃね、コムイさん…それからリナリー」

首だけを振り返らせながらそう言ったコウに、二人はにこりと微笑んで答えた。

「「行ってらっしゃい」」

――― あぁ…そっか。
ラビの後を追いながら、コウは思う。

ここがどんな世界だったとしても…その言葉の優しさとかは変わらないんだね。

ほんの小さな…当たり前の事だけれど。
不変のそれは確かな力を持ってコウの心に残った。






少女の慟哭は静かに…激しく。
誘われるままに世界は変化を望んだ。
書き換えのアナグラムは続き、彼女の新たな道を作る。

物語は、始まりの鐘を鳴らしたばかり ―――

***慟哭に誘われたアナグラム end
05.09.18