Destiny - 06 -
ぺろり。
生ぬるいような、くすぐったいような。
そんな感覚によってコウの意識は浮上しつつあった。
ぺろり。
再び頬をなぞるそれ。
「………」
僅かに寝返りをうち、ゆっくりと視界を開く。
移りこんだのは青。
「…おはよー…ございます…アズ」
とりあえずそれがアズだと言う事には気づき、コウはへにゃりと形容できる笑みを浮かべた。
のんびりした動作で身体を起こす。
「おぉ…皺だらけ…」
ブラウスを着ていた所為か、やたらとそれが目に付いた。
特に焦った様子もなく、コウはパンッと両手を合わせ、自分の服に当てる。
新品同様までにキチンと整った服を見て、彼女は満足げに頷いた。
錬金術とは便利なものである。
事が終わるのを見越して、アズがコウの膝に飛び乗った。
「お前賢いですねー…」
そう言ってコウは彼の頭をよしよしと撫でる。
そんな時、部屋にノック音が響いた。
「起きてるかー?」
ドア越しに聞こえた声には聞き覚えがあった。
誰だったかな、と思い出しながらコウは答える。
「あ、起きてます」
その言葉を聞くなり、声の主は「開けるから」と言う言葉を発して間もなくドアを開く。
バンダナに右目の眼帯。
この二つから、コウは彼の名前を思い出した。
「…おはようございます、ラビさん」
「ん。おはよ。用意出来てっか?」
「今起きた所だけど大丈夫です」
「……………」
コウは立ち上がって微笑む。
そんな彼女を見ながら、ラビは物言いたげな視線を彼女に向けた。
「何ですか?」
「それ」
「…??」
「敬語はいらねぇよ。歳同じだろ?」
彼の言葉にコウは少しだけ首を傾げた後、ゆったりとそれを振った。
「これ、癖なんですよね。気にしないでくださいね~」
そう言う彼女に、今度はラビが首を傾げた。
昨日の彼女は癖と言う感じではなかったと思うのだが…と。
「ほら、早く行きましょう?」
コウは思考の波に遊ばれるラビの腕を引いて歩き出す。
が、その歩き出した方を向いて彼は慌てて口を開く。
「そっち壁…っ!!」
―― ゴン! ――
遅かったか…とラビは額を手で覆った。
石の壁と言う事でさほど音は響かない。
若干前かがみだった所為か、額を強かに打ちつけたコウはその場に蹲る。
「おーい。ダイジョブかー?」
彼女の顔を覗き込むようにラビが声を掛ける。
するとコウはすぐに押さえていた手を退けた。
「うっわ!ラビ!?な、何でこんな所に…?」
「何でって…。はぁ?」
「…あぁ、なるほど。またやっちゃったわけだ」
キョロキョロと周囲に目を向けた後、コウは照れた様子で頬を掻く。
彼女の様子にラビの頭は疑問符に覆い尽くされた。
「敬語だったでしょ?」
「?」
「私の話し方」
「あ、あぁ。癖だって言ってたなぁ。それがどした?」
「寝ぼけてんのよね、私が敬語使う時って」
はは…とコウは笑う。
「………嘘ぉ!?普通に話してたじゃん!」
「でも寝てるんだよね。んでもって人を指差すな」
コウの言葉と共に、ラビの手に聞き慣れた…とまではいかない効果音。
牙だけで彼の手にぶら下がるアズの根性は賞賛に値するだろう。
「アズ、もういいよ」
そう言って彼女が抱き上げれば、彼は素直にラビの手を離す。
彼の手には昨日の痕とは角度の違うそれが残った。
「“アズ”?」
「あ、そっか。まだ紹介してなかったよね」
そう言うとコウはにこりと笑ってアズをラビの前に持ち上げる。
鼻先に彼の顔が合っても、アズは噛み付いたりはしなかった。
「アズって名前になったの。私のイノセンス…らしい」
「ふーん。よろしくな、アズ」
屈託のない笑顔を浮かべて彼はそう言った。
不意に、アズは彼の鼻先をペロッと舐める。
驚いたように離れるラビを前に、アズは嬉しそうに尾を揺らした。
「…気に入ったみたい」
良かったね、と微笑むコウ。
そんな彼女に釣られるようにラビも口角を持ち上げた。
「寝起きが凄く悪いらしいのよね。自分では実感ないんだけどさー…」
コウは肩を竦めながらそんな事を漏らす。
覚えていないのだから無理もないだろう。
「んで?どうやれば起きるんさ?」
「大抵はさっきみたいにどっかにぶつかって起きるの」
「(つか起きねーんだ?動いてんのに。)」
頭を過ぎる至極当たり前の疑問を飲み込み、ラビは愛想笑いに近いそれを浮かべる。
それよりも、と彼は話題の矛先をそらす事にした。
「それ以外では絶対起きねーの?さすがに危ねぇよ、アレ」
「……………起きるよ。あー…だけど言いたくない」
嫌だ嫌だと首を振るコウに、ラビは本日何度目かわからないが首を傾げた。
「何で?」
「……笑うから」
「笑わねーよ?」
ふざけた様子を見せない彼を、コウは躊躇いがちに見上げた。
薄く口唇を開いては、また閉じる。
それを数回繰り返した後、彼女は漸くそれを言葉として紡ぐ事に成功した。
ラビの笑い声が廊下に響いたかどうかは、彼らのみぞ知る事である。
05.09.14