Destiny - 04 -
ただ、怖かった。
自分の傍に居てくれる存在が消えてしまうことが。
縋るように声を上げる小さな生命。
緩めてしまった腕から、それはいとも簡単に取り上げられた。
「…っ…嫌ぁっ!!」
気が付けば、私は千切れそうなほど腕を伸ばして、そう叫ぶ。
――― ドラゴンの彼が、錬成反応に似た光に包まれた。
「こう言うお偉方のトコって嫌い…」
大元帥とやらを前(上?)に、コウは本当に小さな声で呟いた。
やたら空間に響く声で、彼らは口々にわけのわからない事を話している。
それを右から左に聞き流し、彼女は再度溜め息をついた。
「(これ、どう言う原理で浮いてるんだろ?)」
不自然でない程度に足元に視線を落とし、コウは靴底で床の硬度を確かめる。
逆三角錐の上に乗せられた彼女は、黒い空間の中に放り込まれた。
上から響く声は子守唄の如く、一言ずつ彼女の集中力を欠いていく。
「(何かこの世界って自然の摂理に反してる事が多いなぁ。非科学的以前に非現実的って言うか…。)」
神田の刀と言い、建物の内部構造と言い、この空間と言い。
それら全てコウの探究心を擽るものだったが、逆に疎外感を与えるものでもあった。
定まらない視線を腕の中に落とせば、ドラゴンの子供と視線が交わる。
「(この子の名前も考えないと。白いから…ホワイト?まんまだし。あー…待てよ?確か前に文献で…。)」
「コウちゃん、聞いてる?」
「聞いてますよ」
即座ににっこりと答える辺り、自分でも猫かぶりだと言う自覚はある。
纏まりかけた思考を邪魔された事で内心不機嫌な彼女だが、それを微塵も外には出さない。
伊達に軍部と言う大人社会の中で少尉の地位を勝ち取ったわけではないのだ。
納得したのかは微妙な所だったが、コムイはそれ以上追究する事なくコウを見る。
「じゃあ、確かめようか」
「え?」
「君が適合者かどうか…エクソシストとなるに相応しい人物かどうか」
彼の言葉の後、例えようもない…触手の様なものが無数に下から伸び上がってきた。
仕事上、合成獣は見たことがある。
が、ここまで元の形を口に表せないものは初めてだ。
「―――― っ」
言葉が出ない。
コウが言葉と動きを失っている間にも、それは彼女の方へと伸びてきた。
そして、力ない彼女の腕に抱かれていた小さなドラゴンを取り上げていく。
「…っ…嫌ぁっ!!」
――― ドラゴンの彼が、錬成反応に似た光に包まれた。
不自然な浮遊感に受けたコウは、光の眩しさに閉ざしていた視界を開く。
「……何これ…?」
サラリと脚を撫でるのは漆黒の毛並み。
それの質感に、コウは酷く覚えがあった。
「へぇ、面白い。発動と同時に色々と変化するみたいだね、その子は」
下から聞こえたコムイの声に、コウは視線をそちらに向ける。
笑みを浮かべた彼は「やっぱりその子はイノセンスだ」と告げる。
「イノセンス…?」
「そう。そして君は彼の適合者」
「…適合者…??」
コウは自分を乗せて浮遊している彼を見下ろす。
生まれて三日目の彼は腕に抱ける程に、小さかったはずだ。
それが、今ではコウを乗せても支障がない程に大きく、視界に広がる長くて広い両翼は黒。
ただ変わらなかったのは、首の長さの分少し離れた目の青さだった。
「…君…大きくなっても可愛いわねー…」
恍惚とした表情で場違いな感想を吐き、コウは彼を撫でた。
嬉しそうに目を細めるあたりに子供らしさが残っていると言えるだろう。
よしよしと手を動かしながら、コウは何気なく自分の後方に視線を向ける。
「うわっ!!何アンタ!?」
「……うん。初対面の人にそんな反応を返せる辺り図太いね、コウちゃん」
小さく呟かれたコムイの言葉を無視してコウは『彼』を凝視する。
とは言っても、彼女の視界に納まりきるのはほんの一部だった。
「彼はヘブラスカ。君のイノセンスを調べてくれたんだよ」
「イノセンスを調べるって……あの時の触手!」
人を指差してはいけませんとグレイシアに教えられた覚えはある。
しかし、今回ばかりは焦っていたからと言う事で見逃してもらおう。
『お前のイノセンスは酷く不安定だ…』
「(喋れるんだ…口あるもんね。)」
『黒にも白にも染まる…大きな力…。使い方を誤れば多くの者を失う…そんな危うさが感じられた…』
頭に直接響くような、そんな錯覚を起こす声。
その内容にコウは思わず眉を寄せた。
「……それは失礼じゃないですか?」
気が付けば、コウは睨むようにヘブラスカに鋭い視線を向けていた。
これには笑みを浮かべて様子を眺めていたコムイも目を見開く。
「この子はまだ生まれたばかりなんです。右も左もわからない子供を捕まえて…危ういだなんて。
幼い事が罪のような言い方、しないでください。それを導くのが常識を、世界を知った大人の役目でしょう?
今のこの子を危ういと言うのは、その未来をも諦める事と同意。そんなの…私は許さない」
黒鳶色の眼に宿る黒い炎が燻る。
過去を思い出させるようなその発言が、コウには聞き流せなかった。
回りきらないドラゴンの子供の首に腕を回し、静かに息を吐き出す。
『…コウ・スフィリア。その役目はお前に託された。お前とそのイノセンスのシンクロ率は92%…。
この数値はお前の未来にも大きく関係するだろう…』
そう言って、ヘブラスカはその手と思しき物をコウの頬に掠めさせた。
そして、彼女に僅かに顔を近づける。
ドラゴンが低く唸るが、コウが宥めれば声を発するのをやめた。
ヘブラスカは彼女の近くで小さく告げる。
『―――――――――――――――――――――― 』
彼の口から紡がれた言葉にコウは目を見開く。
コムイからその表情を読み取る事は出来なかった。
ヘブラスカから離れると、コウはドラゴンの背から滑り降りてコムイの隣に立つ。
彼は普段と変わらぬ愛くるしい目を彼女に向けた。
「えっと…どうすれば発動は止まるの…?」
「自分の思うようにすればいい。出来るはずだよ」
コムイの助言に、コウは少しだけ悩んだ後彼に腕を伸ばす。
そして、不安げに口を開いた。
「…戻って」
その言葉がきっかけだったのか、彼は発動した時と同様に光を放った。
すぐさま腕の中に飛び込んでくる小さな存在を、コウはギュッと抱きしめる。
「やっぱりこの子の適合者はコウちゃんだったね。まぁ、それ以外ありえないと思ったけど」
そう言って、彼は本日二度目の握手を求めるように手を差し出した。
「この世界の事は追々知っていけばいい。世界の為に頑張るのが僕達の使命だから」
「今一ピンと来ないんですけど…まぁ、衣食住がキチンと確保されるなら、お手伝いします」
差し出された手を、コウはしっかりと握り返した。
05.09.07