Destiny  - 03 -

「刷込みだね」

コウの膝の上で満足げに丸まるドラゴンの子供。
彼を指して、コムイがそう言った。

「あ、紹介が遅れたね。僕の名前はコムイ。科学班室長だよ」

よろしく、と差し出される手。
素直に握手を交わし、コウも口を開いた。

「コウ・スフィリアです。肩書きは一応ありますけど…恐らくここでは役に立ちませんね」

苦笑気味にそう言った彼女の言葉に、コムイは「へぇ」と反応を示す。

「一応聞いても?」
「……国家錬金術師です」

少し躊躇った後、コウは静かにそれを口にする。
彼女自身、ある程度現状を理解しているのだ。
それゆえに、この世界ではこの肩書きは紙切れよりも軽いものだろうと思っている。
コムイがそれに対する質問を重ねようとするが、それよりも一瞬早くコウが口を開く。

「この世界では錬金術はすでに衰退して、今はその面影すらも残っていない。…違いますか?」

彼女の真剣な眼差しを受け、彼は頷く。
それを見るとコウはふっと悲しげな表情を浮かべた。

「やっぱり…そうなんですね」
「まぁ、名残程度には残っているけどね。詳しく聞かせてもらってもいいかな…?」
「…コムイさん。あなたは異世界の存在を信じますか?」
「……………非常に興味深い話だ」

彼の返事にコウは笑顔を見せる。
そして、膝の上のドラゴンの子供を抱き上げて今まで座っていた椅子に座らせた。
不安げに見上げる彼の頭を撫でると、コウはその隣に立ってコムイを振り向く。
その表情に不敵な笑みを浮かべ、彼女は言う。

「百聞は一見に如かず。実際にご覧頂きましょう」

そう最後まで紡ぐと同時に、コウは両手をパンッと合わせた。













『あ、神田さん!』

門に入るなり去ろうとした神田の背中に、コウが声を掛ける。
面倒くさそうにしながらも彼はくびから上だけを振り向かせた。

『ここまで連れて来てくれてありがとうございました』

表情を緩めて礼を述べる彼女。

『…神田だ。さん付けすんな、気色悪い』

そう言って神田は他の教団者にコウを預けて、今度こそその場を立ち去った。

「錬金術…?何者だよ、あの女…」

ベッドに横たわったまま、神田は呟いた。

「壊れたラジオが一瞬で直ったんだってよ!」
「一瞬で壁をぶち抜いたらしいぜ!」
「何でも出来るって話だ!見に行こうぜ!!」

事実が虚実交じりの噂を呼び、本部内は湧いていた。
それを雑音の如く聞き流して、神田はその目を閉じる。

「ユーウ!面白いもん拾ってきたんだって?」

ほんの数分間の静寂だった。
ドアの所でニッと片方の口元を持ち上げる、バンダナを巻いた男。
任務から帰ってきたばかりなのだから静かに休ませろ、と神田は心の中で文句を漏らした。











「はい、どうぞ」

にこりと微笑み、コウは腕時計をその持ち主へと返した。
先程まで文字盤のガラスに入っていた亀裂が、綺麗サッパリなくなった事に彼は歓喜の声を上げる。
おぉー、と言う感心したような声が周囲の人々から発せられる。
先程から十回以上もこのような光景が繰り返されていた。
そんな時、人だかりを掻き分けるようにしてコムイがコウの元まで進み出る。
中心にいた彼女は椅子に腰掛けた状態で破損物やらの修復を行っていたのだ。

「他にありますか?」
「あー、コウちゃん。張り切ってる所申し訳ないけど、大元帥の方々との謁見だよ」
「はーい。では、皆さんまた後ほど」

人当たりの良い笑みを浮かべてコウはコムイの後に続いた。
和ませるような彼女の笑顔は、仕事に疲れていた人々を癒す。
暫くの間惚けていた彼らだったが、我に帰るとそれぞれの持ち場へと戻っていった。







二種類の足音が廊下に響く。
不意に、先を進んでいたコムイがコウを振り向きながら尋ねた。

「その子の名前は考えた?」
「名前…。でも、この子……イノセンスって言う…何か大切な子なんでしょう?」

よくわからないけど…。とコウは腕の中の彼を見下ろして答える。
そんな彼女の反応に、コムイはクスクスと笑った。

「別に名前を付けるくらいは構わないよ。それに…」
「…?」
「いや、何でもないよ。すぐにわかる事だから」

後に続く言葉が紡がれる事はなかった。
誤魔化すように彼は微笑む。

「ふーん。これがユウの手に付いてた歯形の主なんだ?」

突如聞こえた第三者の声に二人+一匹は文字通り飛び上がった。
逸る動悸を落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、コウは声の主の方を見る。
それとほぼ同時に、声の主もドラゴンの子供から彼女の顔に視線を持ち上げた。
途端にドラゴンを抱く手の片方を取ると、にっこりと笑顔を浮かべる。

「へぇー!!アンタ美っ人だな!モロ俺の好み…

―― ガブ ――

……………ちょいと、ドラゴンのアンタ。離してくんね?めっちゃ痛いさ、それ」

ドラゴンは器用にもコウの手は傷つけないように彼の手だけに噛み付いていた。

「ラビくん。この子、一度噛んだらコウちゃんが離せって言うまで離してもらえないよ」

コムイは自分の左手を持ち上げてそう言った。
彼のそこにも、神田や門番同様くっきりと牙の痕が残っている。
強さ自体は調節しているのか、血が出た形跡は見当たらない。
噛み付かれている彼、ラビはコムイの言葉を受けてコウへと視線を向けた。

「アンタがコウ?」
「そうだけど…」
「そ。俺の名前はラビ」

にっこりと笑うラビに、コウもふっと表情を緩める。

「んで、知り合った矢先に悪ぃけど…コイツに離してくれるよう頼んでほしいさ。

ユウとお揃いの歯形ってのは笑えるからいいとしても、右手使い物にならなくなったら困るし」
「あ、ごめん。ほら、私は大丈夫だから…離してあげてね」

思い出したようにはっとした後、コウは急いでドラゴンにそう告げた。
あれだけしっかりと噛み付いていたのがまるで嘘のように、彼は素直にラビの手を解放する。

「おー。ユウとお揃い!後でからかいに行ってやろーっと」

楽しげに笑いながらそう言ったラビに、彼女はきょとんと目を開いたまま動けなかった。
そんなコウを見て彼は口を開く。

「あ、サンキューな!あのままコイツをぶら下げて生活する事になる所だったさ」

冗談めかしてそう言った彼の言葉にコウはクスリと笑う。
そして、澄んだ声を唇に乗せた。

「どういたしまして」

何気ない言葉と笑顔の応酬。
これが、二人の出逢いだった。



Back Menu Next

05.09.05