Destiny  - 02 -

ジャリと地面を踏みしめる音が耳に届く。

「…おい!」
「ん?あぁ、生きてたんだ」

不機嫌そうな声に、コウは閉じていた視界を開いた。

「~~~~~~っ!!」

声を上げて笑わなかった自分を褒めてやりたいと、コウは切実に思った。
堪えるように口を手で押さえ込んだ彼女を見て、彼…神田はより一層不機嫌に表情を歪める。
だが、そんな彼の表情の変化もコウを追い込むだけだった。

「かっ神田さん…?もの凄く…っ似合わない、ですよ…?」

笑いを堪えながら言葉を紡ぐのは中々難しい事だった。

「うるせぇ」

自分でも自覚しているのだろう。
ふいっと視線を逸らす彼の腕には、バスケットボールより一回り大きいほどの卵が抱えられていたのだ。













『あぁ、神田くん?今回は当たりだった?』

電話越しに聞こえてくる声。

「…イノセンスと思しき物は無事に保護。その代わり、妙な女まで保護させられたけどな」
『妙な女…?』
「行き成り現れやがったんだよ、光の中から」
『へぇ…敵かい?』
「アクマの存在すら知らねぇ感じだな。っつーか、この世界の常識も危うい」

そう言いながら、彼は少し離れた所に座っているコウを眺めた。
卵を抱いた自分など間抜け以外の何物でもない為に、電話の間だけ彼女に預けてある。
それを膝の上に乗せ、彼女はぼんやりと窓の外を見つめていた。

『本部は関係者以外立ち入り禁止だよ?まぁ、どれかの適合者の可能性もないとは言えないけど…』
「連れてくつもりはねぇよ。どっか適当に警察にでも預けて…「ちょ、神田さん!!」」

慌てた様子の声が彼の言葉を遮る。
面倒そうにコウの方に視線を向け「何だよ?」と問うが、それに対する返事はなかった。

「コムイ、ちょっと待ってろ」
『イノセンスは?』
「大丈夫だ」

通話中の電話機を耳元から離し、再度彼女に問いかける。

「どうした」
「卵が孵る」

そう一言。
コウはピキピキと亀裂を広げていく卵を持ち上げる。
そして、パキッと乾いた音と共に、卵の破片が床に転がった。
そこから顔を覗かせたそれを凝視する二人。

「か、可愛いっ!!!」

頭に破片をつけたまま大きな眼でコウを見上げるそれ。
彼女は僅かに頬を染めてそれを抱きしめた。

「なぁ、イノセンスが生物……なんてよくある事なのか?」
『………例がないわけじゃないけど…調べてみないと何とも言えないね。……生物なのかい?』
「…多分。今孵った」

白くてふわふわした毛並みを持ち、大きさは小型犬ほど。
背中には同じ毛質に包まれた、お愛想程度の大きさの翼があった。
それさえなければ、毛の白い子犬だと言われても誰も疑わないだろう。

「あー…めちゃくちゃ可愛い…」

ラピスラズリをはめ込んだような美しい眼で見上げるドラゴンに、コウは頬を緩めた。

「おい、ちょっとそれを貸せ」

電話を片手に持った状態で神田がコウにそう言った。
コウは不満げに口を尖らせながらも、その子を抱いて彼の傍まで歩く。

「乱暴にしないでよ」
「お前に言われるまでもねぇな」

そう言って神田がドラゴンの首根っこを持ち上げようと手を伸ばす。

――ガブ――

「「…………………」」

両者に沈黙が走る。
神田の手にくっきりと牙の痕が残る。
ドラゴンは我存ぜぬ、と言った風にコウの腕に抱かれていた。

「……大丈夫?」

沈黙を貫く彼に、コウは躊躇いがちにそう声をかけた。
途端に睨みつけるような視線が彼女を射抜く。
無言のままに彼は再びドラゴンに手を伸ばした。
――が、今度は噛み付かれる前に手を引っ込める事に成功。
噛み付く対象を失った牙がガチンッと音を立てた。

「……コムイ。例の女も連れて行くことになりそうだ」

すでにお決まりとなった舌打ちと共に、彼は電話口でそう告げたのだった。














「うわぁ…」

高く聳えるエクソシスト総本部を見上げ、コウは思わず声を漏らした。
その腕には生まれたばかりとは思えないほどはっきりとした意志を持つドラゴンの子供。
カミツキガメの如く牙を剥く彼(ドラゴンはオスらしい)。
すでに神田もコウの腕からそれを奪う事を諦めてしまっていた。

「…間抜け面」

小さく呟かれた言葉を聞かなかったことにして、コウは門の前まで進む。
そんな二人の元に、蝙蝠に似た翼を持つゴーレムが飛んできた。

『神田くん、神田くん。その子?』
「…ああ」
『んじゃ、一応門番の身体検査受けてもらってね』
「門番…?」

ゴーレムと神田のやり取りを聞き、コウはその単語に首を傾げた。
神田は彼女を振り向くと、その背中を押して前へと立たせる。
ワケがわからずに疑問符を浮かべる彼女を門の前まで押した。

「身体検査だとよ」
「だからそれってな…」

何?と聞こうとした彼女に、突如迫り来る物体。
ぶつかるのではないかと言うほど目の前まで迫ったそれ。
顔だけの彼が、所謂門番と言う奴らしい。

「…無遠慮に近づくと

―― ガブリ ――

……危ないよー…って、もう遅いね」

彼女の腕の中にいたドラゴンが容赦なく門番の鼻に噛み付く。

「うぎゃああああっ!!か、噛まれた!!」

鼻頭にくっきりと歯形を付けたまま門番が叫ぶ。
ゴーレムを通してそれを見ていたコムイらは、その光景に唖然と口を開いていた。
門番はコウからかなりの距離を開けて身体検査と称したレントゲンを始める。
コウに近づこうとすればガチンと牙を鳴らすドラゴンにビクつきながらの作業だった。

「んー?右のポケットに何か入ってるぞ!!」

門番の言葉に神田が反応を示す。
彼女に近づき過ぎない程度に歩み寄り、右のポケットに視線を落とした。

「出せ」
「右のポケットって言えば……」

ドラゴンの子供を片手で抱きなおすと、コウはポケットに手を突っ込む。
そして、そこから彼らの指している物を取り出した。
それに視線を落とした神田はギロリと門番を睨みつける。

「……懐中時計ぐらいで叫ぶな!!!」
「だだだって…怪しい所ってそれくらいしかねーんだよぉっ!!」
『レントゲン検査は異常なさそうだね。入っていーよ』

門番がすっかり怯えきった頃、漸く門は開かれた。
彼の鼻頭にくっきりと残る歯形は、それから一週間消えることがなかったと書き足しておこう。

05.09.04