廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 番外編:2nd Trip in銀魂 06 --
ポロリ、と土方の口元からタバコが落ちた。
先ほど吸い出したばかりで、まだ殆ど真新しい状態のそれ。
その状況が、彼の驚き具合を表しているとと思う。
「あれ、土方さん」
そんな声が聞こえて、彼は視線を動かした。
目を向けた先には先日から居候している悠希の姿。
腕に大きな籠を抱えていて、洗濯の途中なのだとわかった。
お世話になるばかりでは申し訳ないと提案したのは、もう一人の居候の方だった。
別に構わないと言ったのは、目の前の居候。
二人が再会するまでの間、のんびりと茶を啜っていた姿から見て、何となくそう言うだろうなと思った。
結局もう一人に説得されて女中の手伝いをする事には納得したようだ。
元々、そう悪い人間ではないらしい。
さて、もう一人の居候だが…彼女の行動が今、土方を驚かせている原因だった。
「あ、早速かー。紅も熱心だなぁ」
慣れているのか、実はこの程度では動じないような大物だったのか。
彼女は籠を抱えたまま、関心関心、と呟いた。
どうやら、慣れている、が正解らしい。
「…あの女は何者だ?」
「小さくない一国の主の妻」
きっぱりと答える悠希。
そう言うことが聞きたいわけじゃない。
「…高杉に気に入られたってのも嘘じゃねーらしいな」
漸くタバコを落とした事に気付いた土方は、火がついたままだったそれを踏んで消し、新しいそれに火をつけた。
視線の先では、話題の主であった紅が隊士と共に朝の訓練に参加している。
男でも音を上げる、朝から容赦ない訓練なのだが、彼女は汗は掻けど息一つ乱さずにそれをこなしていた。
試合形式の打ち合いでは、それなりに腕の立つ隊士があっという間に床に伏した。
女中を手伝うと言った悠希とは違い、隊士の訓練の相手になります、と申し出た彼女。
その腕を信用していたわけではない。
だが、やりたいと言うならそれで構わないと思っていた。
その程度だったのだが…これは、予想外だ。
恐らく彼女は、自分と刀を交えても対等に遣り合える実力者。
「…面白ぇな」
土方は、自分の口元が持ち上がっているのを感じていた。
純粋に、彼女と手合わせをしてみたいと思う。
悠希は土方の様子を見て溜め息を吐き出した。
何となくこうなる事はわかっていた気がする。
紅の動きは見る人を魅了するだけではなく、実力者の本能を擽ってくれるらしいから。
元親も何度か「彼女と手合わせがしたい」と呟いていた。
「問題は声よねぇ…」
自分以上に、彼女は早く帰らなければと焦っているはずだ。
彼女は私兵を持っているし、伊達の中でもある程度の地位を認められている。
彼女の仕事は多く、誰かが代理でこなす事のできないものもあるだろう。
早く、早く、と焦る中で、政宗の声を持つ土方と手合わせをして、彼女は冷静でいられるだろうか。
彼女は強いけれど、政宗に関しては弱い部分もある。
だからこそ、不安だった。
身体を動かしていると、焦りを忘れる事ができた。
完全に忘れていいものではないけれど、ずっと焦っていては大事な時に誤った判断をしてしまうかもしれない。
たまには落ち着く事も必要だから、これは自分にとって必要な事。
はじめこそ、何だこの女は、と言う視線が紅に向けられていた。
しかし、三人相手にしたあたりから、隊士らの視線が変わって来たのを感じる。
自分も、と声を上げる隊士が増え、今では長蛇の列だ。
昼までに全員終わるだろうか、などと他所事を考えつつ、目の前の彼の木刀を弾く。
次、と声を上げれば列が一人分動いた。
「お前ら朝の見回りの時間だろーが!!」
怒鳴り声が聞こえて、隊士がびくりと肩を強張らせる。
紅は勢いよく振り向いた。
けれど、そこにいたのは自分が思い浮かべた人とは違う人物。
表情には出さなかったけれど、心でひっそりと肩を落とした。
「いつまで訓練してんだ!?そんなに扱かれてぇなら午後の訓練で俺が直々に相手してやる!散れ!!」
蜘蛛の子を散らすと言うのはこう言うことなのだろう。
列を成していた隊士が我先にと二つの出口から飛び出していく。
構えた木刀の先を下げ、紅は彼らを見送った。
「あの量の隊士の相手にするのは無茶だろ。あんたは一応客人だから怪我をされると困る」
「…はい。出すぎた真似をして申し訳ありませんでした」
紅は深く頭を下げ、そのまま土方に背を向けて道場を出て行く。
途中、出口のところで心配そうに自分を見つめる悠希に気付き、大丈夫だと小さく笑みを浮かべた。
しかし、それはとてもではないが安心できるような笑みではなく、寧ろ無理をしている事が明らかなそれ。
すれ違う背中を見送った悠希は、籠を置いて道場の中へと入る。
「私、言ったよね?紅の旦那の声があなたと同じなんだって。紅は今焦ってるの。あまり刺激しないで」
「…俺に言ってどうなる事でもねぇだろうが」
「さっきの言い方じゃ、突き放されてるみたいだった。そりゃ、優しくされても戸惑うだろうけど…。
とにかく!出来る限り関わらないで。以上!」
無茶苦茶だとわかっているけれど、他に何も浮かばないのだから仕方がない。
びしっと人差し指を突きつけてそれだけを言うと、悠希はそのまま籠を抱えて走り去った。
一人道場に残った土方は、苛立ちのままに溜め息を吐く。
「…関わるなって…無理だろうが。俺が任されてんだっつーの…」
近藤から二人を頼むと言われているのだから、関わらないわけには行かない。
第一、自分は完全に二人を信用したわけではないのだ。
監視の意味でも彼女らと関わらないと言うのは不可能。
しかし―――土方の脳裏に、先ほどの紅の表情が浮かぶ。
頭を下げ、踵を返すまでに一瞬だけ見えた彼女の横顔は、傷ついた表情をしていた。
悠希の言う通りならば、自分の言葉が彼女を傷つけたのだろう。
「…めんどくせぇ…」
声が同じなのは自分の所為じゃない。
けれど、あの横顔を見た罪悪感で突き放す事もできそうにない。
八方塞だ、とタバコをかみ締めた。
10.03.30