廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 番外編:2nd Trip in銀魂 05 --
「ここにその女がいるのか?」
紅は聞こえてきたその声に湯呑を取り落としそうになった。
慌てて指先に力を入れ、声のした方を振り向く。
障子の向こうから声が聞こえる。
その声は紅にとって馴染みのあるものだったが、しかし何かが違っていた。
戸惑いに似た感情を抱いたその時、がらりと障子が開かれる。
そこから姿を見せたその人は、やはり彼女が望む人ではなかった。
「やっぱり紅だ!!」
その後ろからひょいと顔を覗かせた親友の姿に、紅は驚いた表情を浮かべる。
「悠希!?」
「心配してたのよー!?」
突進と表現しても差し障りないような悠希からの抱擁にも、紅はまったく動じたりしなかった。
寧ろ平然と彼女を受け止め、安堵の表情を浮かべる。
「良かった…無事だったのね。私みたいに過激派に捕まっていたらどうしようかと心配したわ」
これで紅が男であれば、完璧に恋人同士の再会だ。
そうでなくとも、紅にはそれを感じさせるだけの雰囲気がある。
要するに、紅は普段から男と対等に生きているお蔭で、性格が男前になっているのだ。
二人の様子を見ていた土方は、溜め息を吐いてポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
紅を警戒してついていた二人の隊士を見て、目線で退室を促す。
様子を見る限り悠希と紅が旧知の間柄である事は言うまでもない。
そして、紅は先程「過激派に捕まっていた」と言った。
それが嘘である可能性もゼロではないけれど、少なくとも土方は嘘ではないと思った。
根拠はない。
言うならば、紅の目が本気で悠希の無事に安堵し、喜んでいたからと言うべきだろうか。
「あーもう!飛ばされるなら一緒の場所に飛ばされればよかったのに!大変だったんだからね!?」
「…テメーは部屋で茶ァ飲んで隊士と喋ってただけだろーが」
黙って話を聞いていた土方が思わずそう口を挟む。
そこで、二人の視線が漸く彼を見た。
紅がその姿勢を正し、土方に頭を下げる。
「雪耶紅と申します。悠希を助けてくれたのはあなたですか?」
「土方十四郎だ。助けたと言うか…まぁ、そんな所だな」
「そうですか…感謝いたします」
そう言って、もう一度深々と頭を下げる。
そんな紅を見て、土方は悠希に視線を向けた。
「…随分と人間の出来た友人だな。テメーとは大違いだ」
「煩い。育ちが違うのよ」
フン、と鼻を鳴らす悠希。
元親は悠希に領主の妻を求めない。
もちろんそうなるように努力しているけれど、紅とは違うのだ。
海賊の女頭と天下を望む男の妻とでは、その肩にあるものは比べ物にならない。
紅は二人の会話を、フィルター越しに聞いているような感覚を抱いていた。
政宗と同じ声なのに、別の人。
視覚的に違うと認識して、聴覚的に引き寄せられる。
意識を切らなければ、そのギャップで頭がおかしくなってしまいそうだった。
佐助…いや、高杉と言うべきか。
彼の時と言い、今回と言い…この世界は紅にとって良くないものだ。
世界が違うのだと受け入れることが出来ない。
「紅?」
「あ、ごめんなさい。何?」
何度か呼ばれていたのかもしれない。
慌てて取り繕った紅に、悠希は真剣な表情を見せた。
そして、壁に凭れている土方を見る。
「二人にしてくれって言っても駄目なのよね?」
「攘夷志士じゃないと確証がないからな」
「そう、わかった。じゃあ…黙ってて。ここから先、喋らないで」
悠希の勝手な言葉に、思わず、はぁ?と怪訝な表情を浮かべる土方。
何の冗談だと思ったが、彼女の目は真剣だった。
「あなたの声。私だって戸惑うほどに…似てるのよ」
「…誰にだ」
「紅の旦那に」
悠希の簡潔な答えを聞いた土方は、思わずその視線を紅へと向ける。
彼女は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「安心して、あなたを見て重ねてしまう事はありえないから。あっちの方が何倍もいい男」
ほら、わかったらそっちで黙っててよ。
そう言って悠希が部屋の隅を指差す。
この女は…と苛立つ思いをぐっと堪え、言われたとおりに動く彼。
心根は目つきの悪さに反比例したそれなりの優しさを持った男なのだ。
悠希は彼が移動するのを見届けず、紅へと視線を戻す。
「で、あんたは過激派の所にいたのね?」
「ええ」
「高杉晋助?」
「…そうよ」
「あっちは猿飛佐助で驚いたでしょ?」
悠希の言葉に紅が驚いたように目を見開く。
しかし、その目を見て、彼女は“この世界”を知っているのだと理解した。
部屋の隅で黙って話を聞いている土方には何のことだかさっぱりわからないだろう。
そして、それにしても、と悠希が続ける。
「あんたの腕は本物だって信じてるけど…よく無事に逃げられたわね」
「…首輪つきの犬に用はないんですって」
実のところ、紅は窓を飛び出してすぐその場を立ち去らなかった。
十分に声が届くところに身を潜め、彼らの会話から何かヒントになるものを拾おうとしたのだ。
結果としては特に大きな収穫はなかったけれど。
「ふぅん…いい目をしてるのね」
「…そうね。あの人と同じように…どこか、ついていきたいと思わせる背中を持つ人だったわ。
あの人よりもかなり危険な思想の持ち主だと言うことはよくわかったけれど」
「あー…確かに。カリスマ性なんかは似てるのかもしれないわね。声が違うけど」
紅があの人と暈したその人物は、政宗に他ならない。
彼女はまだここがどのような世界なのかわかっていないのだ。
高杉に質問した反応からして、戦国時代よりも後だと言うことだけしかわからない。
だからこそ、同じ部屋の中にいる土方に聞かせるべき内容なのかを考慮して、あえて名前を伏せた。
恐らく彼も意図的に名前を伏せていると気付いただろう。
「高杉は紅がたった一人を決めていると気付いて逃がした―――なら、もう追ってこないわね」
「あの様子だと、間違いないと思うわ」
「それに越したことはないわよ。過激派と関わるべきじゃないわ。関わってたら…平和な再会は出来なかった」
悠希の視線がちらりと土方を意識した。
過激派とは真逆の所に保護されたのだから無理はない。
確かに、と頷いた紅は、改めて高杉の勘の良さに感謝した。
この時点で真選組からはあらぬ疑いをかけられそうな考え方なのだが。
「さて、土方さん」
ひとしきり話を終えたところで、悠希は笑顔を浮かべて土方を見た。
「過激派に狙われたか弱い一般市民…保護してくれますよね?」
有無を言わさぬ笑顔と共に、到底お願いとは言えない言葉を吐き出す。
紅と土方の溜め息が小さく重なったことに本人たちは気付いていない。
10.02.10