廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 番外編:2nd Trip in銀魂 03 --
気配がした。
自分にとって馴染みのあるものではないと認識すると同時に、身体が動く。
相手の首にそれを添えるように腰の刀を抜刀する。
しかし、目を開いた視界に映り込んだのは、独眼の男。
一瞬の隙をつかれ、紅の身体は寝台へと縫いつけられた。
「っ!」
「隙だらけ、だな」
ククッと笑った男は、紅の手を解放して彼女との距離を取る。
味方ではないにも関わらず、あっさりと向けられた背中に、脳内の整理が追いつかなかった。
戸惑いながら身体を起こした紅は、とりあえず状況を知るために室内に視線を巡らせる。
「…何か聞きたいことでもありそうな顔だな」
「………」
楽しげに口角を持ち上げて話しかけてきた彼は、置いていた煙管に火を付けた。
紅はその様子を見ながら、この男に質問を投げかけるべきかを悩む。
しかし、この男以外に情報源がないことは明確。
暫くの沈黙の後、紅は刀を鞘へと収めた。
「一つ、聞かせてほしい。…伊達政宗という男を知っている?」
紅は彼に問う質問に、それを選んだ。
その言葉を聞いた男は、怪訝な顔を見せる。
「一つの質問に歴史上の男を選ぶとは…変わった女だな」
彼が呟いた言葉は、そのまま紅の望む答えだった。
歴史上の男と表現するからには、ここは戦国時代以後の世界。
更に、建物の様子などから考えると、自分たちの知る歴史上の世界ではない。
パラレルワールドなのか、もしくは…また、“何か”の世界なのか。
どちらにせよ、ここは紅の知る二つの世界のどちらでもない。
彼の返事により、紅は瞬時に自らの置かれている状況の大部分を理解した。
後は、ここがどこなのかと言う事を知ればいい。
帰る方法はそれからだ。
自分でも驚くほどに冷静なのは、世界を渡ったのはこれが初めてではないからだろう。
今思うと、拾ってくれたのが政宗だったのは、本当に運が良かった。
出会って早々に刀を突きつけられることもなかったから。
吐き出される紫煙を見送ってから、窓の外へと目を向ける。
例の巨大な近代的建造物が見えたので、目測で距離を測った。
紅が飛ばされた場所とは、距離的にはさほど変わらないようだ。
「あなたは誰に追われていたの?」
逃げようと思えば逃げられる。
そう判断して、ここで出来る限り情報を仕入れていこうと行動に移す。
男の視線が彼女を見た。
「さぁ、誰だったかな」
ククッと喉を鳴らして笑う彼。
真剣に答える必要などないのだから、ある意味では仕方がないかもしれない。
しかし、紅は男の反応に軽く眉を顰めた。
別人だと理解できたけれど、同じ声でこの反応はいただけない。
「じゃあ、質問を変えるわ。あなたは誰?」
再度質問を投げかける。
煙管を銜えたまま彼女に視線を返す彼。
「その言葉…そっくりそのまま返すぜ。てめーは何者だ?」
触れれば切れそうな眼。
獣と表現できそうなそれは、紅にとっては慣れたものだ。
戦場に出る人間は、皆少なからず獣の本能を滲ませた表情を見せるものだから。
「雪耶紅―――戦姫と、呼ばれているわ」
正確に言うならば“伊達の戦姫”だ。
あえてそれを言わなかったのは、目の前の男を警戒しての事。
彼は獣のような本能を前面に出しながらも、頭は切れるタイプだ。
一つの情報から芋づる式にかなりの情報が渡ってしまうだろう。
「戦…か。まぁ、予想の範囲内だな」
そう言った彼が、ぐいと紅の手首を掴んだ。
そのまま手の平を上に向けるようにして引き寄せられる。
「こんなもんは女の手の平には不似合いだぜ?」
女性らしい手の甲側とは裏腹に、手の平は硬い。
肉刺が潰れ、皮膚が再生。
それを繰り返すうちに、傷つかないよう硬くなったのだろう。
この手の平は、長年剣を握った証拠とも言える。
普通の町娘の手に似合うものではない。
「それで…あなたは誰?」
彼の手を振りほどきながら、改めてその質問をする。
男は紅の行動に気分を害した様子もなく、僅かに口角を持ち上げた。
「高杉晋助。巷では過激派の攘夷志士と呼ばれてるな。追ってきていた連中は真選組だ」
「…………………」
歴史が苦手な紅でも知っている単語が飛び出した。
思わず沈黙する彼女の脳内では、記憶の引き出しが乱雑に漁られている。
新撰組―――幕府側の、言ってしまえば警察のようなものだったかしら。
ん?ちょっと待て、新撰組の時代にあんな建造物はありえない。
と言う事は、ここはやはりパラレルワールドと考えるのが妥当で…
歴史に関しては殆どないに等しい知識を必死にかき集め、状況を整理する。
そもそも高杉晋助と言う名前自体も聞き覚えがあるのだが…何かが違う気がする。
何が違うのかすら、彼女にはわからなかった。
しかし―――“過激派”と言われるような連中が正義であるはずがなく。
ある程度の情報を得た以上、これ以上の長居は無用だと判断した。
「さて…」
何を思ったのか、彼女の刀は取り上げられていない。
それを拾い上げても、やはり高杉は何も言わず、ニヤリと口角を持ち上げるだけ。
「逃げるのか?」
「保護してもらった事には感謝するわ」
「出て行くなら窓からにしろ。廊下に出れば蜂の巣になるぞ」
彼は何を考えているのだろうか。
まるで逃げる事を容認するような発言だ。
訝しむように眉を顰める彼女だが、襖の向こうにいくつかの人の気配があることには気付いていた。
ここは、彼に従うのが得策だろう。
そして、立ち上がった彼女は、開かれた窓へと近付いた。
「…あなた変な人ね」
そういい残して、トン、と窓枠を蹴る。
ここが二階だとか言う問題は、彼女には不要なものだろう。
無人となった部屋の中、高杉はふぅ、と煙を吐き出す。
「突然現れたてめーの方が十分変だろうが」
ククク、と楽しげに笑いながら、そう呟いた。
「こんなどこの馬の骨とも知れない女を置いておくのは反対っす!」
「まぁまぁ、落ち着くでござるよ。少なくともこの女…あちら側ではない」
「何でそんなのわかるんすか!!」
「目を見ればわかるでござる。それこそ、彼岸を見てきたような眼をしている」
晋助が惹かれたのも無理はない、と呟いた河上の頬を銃弾が掠める。
来島は河上の言葉に「イライラする!」と不機嫌を露にした。
彼女はどんな理由があろうと、尊敬して止まない高杉が気に入った女と言うのが許せないのだろう。
その様子に苦笑を浮かべたところで、ガラリ、と襖が開かれた。
「…あの女はどうした?」
「逃げた」
「逃げたァ!?晋助様の厚意を何だと思ってんすか、あの女!!!」
怒髪天を突くとはまさにこの事か。
今手下の一人でも来ようものなら、彼女の銃が容赦なく火を噴きそうだ。
「晋助にしては珍しい。獲物を逃がすとは」
「首輪つきの犬に用はねェよ」
どれほどに腕が立つ人間であろうと、自分の思い通りに動かなければそれは障害となり得る。
高杉は紅が決めた主を持っていることに気付いていた。
「始末してくるっす!!!」
「やめとけ。殺られるぞ」
彼女の中に潜む獣ごと彼女を掌握している存在――― 一体、どんな人間なのか。
恐らく会う事はないその人物を想像し、高杉はくいと笑みを浮かべた。
09.12.13