廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:いつき 摺上原双竜陣04 --

遠くから喧騒が聞こえる。
その気に中てられたのか、虎吉がブルル、と鬣を揺らした。
偵察に向かわせた氷景が戻るまでの数分。
紅は少し遠くに見える双竜陣を見つめ、口を閉ざしていた。



いつきは順調に竜を抜け、本陣へと迫っている。
氷景の報告により、小十郎が撤退した事も知った。
政宗の元へと戻っただろう彼の行動を想像し、手綱を握りなおす。

「負傷者の手当てを。私は政宗様の元に向かうわ」

付いてきていた雪耶の兵にそう命令を出す。
そして、虎吉の腹を蹴って合図をすれば、彼は勢い良く坂を下りだした。
迷いなく駆けていく陣の途中所々で、座り込んでいる伊達兵に気付く。
彼らは蹄の音を聞いて顔を上げ、馬上の主が紅であると気付くと手放しに歓声を上げた。
そんな彼らを安心させるように笑みを残しつつも、虎吉の速度を落とすことなく駆け抜ける。
本陣へと向かっていることは明白だからだろう。
伊達兵は、一人として彼女を呼びとめようとする者はいなかった。















「いつき…だったな」

馬鹿でかい槌を振り回すには、それだけの体力がいる。
雪ん子…もとい、町人の子ではないいつきは、それなりに体力も力もある。
だが、やはり彼女は子供だ。
はぁ、と肩で息をする彼女に休憩を与えるように、政宗は抜き身の刀を肩に乗せた。

「紅は元気か?」
「うん!昨日も―――………あ」

笑顔を浮かべてそう言ってしまってから、ハッと我に返る。
彼女との賭けにより『紅が無事だ』と言うことは隠すように本人に言われていたのだ。
政宗に対する警戒心など、もう半分も残っていない。
その所為で、普通に答えてしまった自分。
何とも言えない表情を浮かべた彼女に、政宗は肩を揺らした。

「………姉ちゃんより偉い人…なんだな、おめえさん」
「…この国にとっちゃ、あいつも十分「偉い人」なんだがな」
「姉ちゃん、笑ってた。おめえさんを信じてるって…笑って、そう言ってた」

槌の柄をきゅっと握るも、いつきはそれを持ち上げようとしない。
ガラガラと音を立てて崩れ続けている、侍に対する不信感。
いつきの目が頼りなく揺れる。

「今回の一揆の事は、全部紅に任せてある。あいつなら解決できる―――そう知ってるからだ」

ふと、空耳かと思うほどに小さく、馬の嘶きが聞こえた。
政宗はそれに気付くと、薄く笑みを浮かべる。

「…っでも、そんな事…口ではいくらでも言える!でも皆、おら達のことなんて―――っ」

簡単に信じてしまえば、傷つくのは自分。
信じることに臆病になっている彼女は、そう言ってぐっと力をこめた。
使い慣れた槌を持ち上げ、地面を蹴る。
再び武器を手にしたいつきに、政宗は小さく息を吐き出した。
まだ、彼女の氷を溶かすには遠い。
肩に担いだままの刀を握る手に、少しばかり力をこめる。
まもなく到着するであろう彼女の存在を思い、それまでに話を出来る環境を整えようと考えた。
振り下ろすか、遠心力で振り回すか。
重量級の得物になればなるほど、攻撃パターンは限られてくる。
勢いよく上に振り上げられたそれを見れば、前者タイプの攻撃であることは明白だ。
政宗は避けることもせず、刀を構える。


鈍い音と共に、衝撃が風となって二人を中心とした波紋を広げた。
一瞬遅れ、政宗の刀によって止められていた槌が、ぐらりと揺れる。
あ、といつきが小さく声を上げるのとほぼ同時に、それが地面へと落ちた。
ズゥン、と重さを含んだ音を立てる。
柄の付け根辺りから完全に落ちてしまったそれを、ただ呆然と見つめるいつき。
唯一の武器を失った彼女に、政宗は刀を鞘へと戻した。
すると、機を見計らったかのように蹄の音が近づいてくる。
やがて、門の所から美しい青毛の馬が滑り込んできた。
乗り手の命令に従っているのか、徐々に速度を落としていく。
やがて、誰の迷惑にもならない位置でとまると、彼女が虎吉の背を飛び降りた。
お礼を言うように彼の首を撫でてから政宗の方へと足早に駆けてくる。

「ただいま戻りました」
「おう。怪我はないな?」

そう問われ、紅はふわりと笑う。
そして、彼女の登場に目を見開いていたいつきに微笑みかけた。

「賭けはどうなった?」
「あ…まだ…」
「そう。…政宗様、事は終わりましたか?」

刀を鞘に納めている姿を見れば、わざわざ問うまでもないだろう。
しかし、彼女はあえてそう質問した。
頷く彼に、では、と姿勢を正す。

「この者が今回の一揆の統率者です」
「…捕らえられた、らしいな?」

ニヤリと口角を持ち上げる彼に、紅は「はい」とニコリと笑顔を返す。
悪びれた様子がないのは、彼がそれを咎めようとしていないことが明白だからだろう。

「さて…処分についてだが…」

その前に、と政宗が紅を見る。
紅は彼が何かを問うつもりなのだろう、と悟り、その言葉を待った。

「部下はどうした?」
「一人も欠くことなく陣に入っています。怪我人の手当てを任せてきました」
「そうか。それなら何の問題もないな」

そう言うと、彼は槌の隣で座り込んでいるいつきに近づく。
ザッと地面が鳴り、いつきが肩を震わせた。

「奥州は良い所だが、早く自分の村に帰れよ」

ポン、と彼女の頭に手を置くと、向こうで待機していた小十郎を呼ぶ。
そのままいつきを追い越していき、駆け寄ってきた小十郎に陣の状況などの対応を命じた。
たった一文だけの言葉。
その後は何一つなく、放置されたいつきは状況についていけずに瞬きを繰り返す。

「いつき、大丈夫?」

怪我はない?と顔を覗きこんできた紅に、ビクンと驚いてしまった。
彼女の反応に、紅はクスクスと笑う。

「姉ちゃん…」
「あらあら、槌が壊れちゃったのね。いい腕の職人を知っているから、声をかけておくわ」
「姉ちゃん、おら…!」

いつきの戸惑いなど気にする様子もなく、紅はさっさと話を進めようとする。
しかし、彼女の必死な声を聞くと、その笑顔を消さないままに彼女を見た。

「賭けはどっちの勝ち?」

言葉に出して確認する必要など、どこにもなかった。

08.08.14