廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:いつき 摺上原双竜陣05 --

「姉ちゃん、あの青いお侍のお嫁さんだっただか!?」
「その言葉、何だか照れてしまうわね」

くすくすと笑い、紅がそう答える。
いつきはその答えにぽかんと口を開いた。

「おら、偉い姉ちゃんに失礼なことばっかり…」
「私自身が偉いわけじゃないわ。政宗さまが素晴らしいだけなのよ。
だから…いつきが『私』と話してくれるのは、凄く嬉しかったわ」
「…本当か?」
「ええ」

軽く青褪めるいつきだが、紅の本心にほっと安堵の息を零す。
そんなことを気にしなくてもいいのに、と思うけれど、それは彼女が打ち解けてくれた証拠なのだろう。
憎んでいる者に対してそんな感情を抱いたりはしないだろうから。
紅は、縁側で足を揺らす少女をみつめ、そっと笑みを浮かべた。

「…姉ちゃん、前に来た人とよく似てる」
「どんな人なの?」
「んー…料理が上手い姉ちゃん!おらのとこに米を貰いに来ただよ。こーんなでかい熊を連れてた!」

こんな、と示すその大きさに、紅はそれが誰のことなのかを理解した。
熊を連れていて、料理が上手くて…食材のために遠路遥々旅してくる女性など、限られている。
そして、紅の記憶の中には、その条件にぴたりと一致する人がいた。

「まつさんのことね」
「姉ちゃんも知ってるだか?」
「ええ。いつきの所に行く前に、こちらにも寄って行ったから。前田利家殿とご一緒の方でしょう?」
「利家…。裸んぼの兄ちゃんのことか?」

彼女がそう言うのもよくわかる。
即座に頷けてしまう紅は、小さく苦笑した。
彼は、あの雪道をあの格好のまま進んだというのだろうか。
改めて、その丈夫さに感服する。






そんな風に、時折ほのぼのとした会話をしながら時を過ごす。
ふと、紅が視線を庭へと向けた。
つられるようにしてそちらを見たいつきの視線の先に、ザッと落ちてくる何か。
わ!と声を上げて肩をぴょんと弾ませた彼女に、紅はクスリと笑う。

「完成した槌を預かってきた」

その場に下り立った氷景は、片腕で重そうな槌を軽々と持ち上げている。
それを差し出す彼に、ご苦労様、と告げる紅。

「ちゃんと直ったみたいよ。良かったわね」
「あ、ありがとう、姉ちゃん…。な、なぁ。今、この兄ちゃんはどこから来ただ?」

一瞬で現れた彼に、いつきは目を丸くしている。
いや、丸くなった目を戻せずにいる、と言った方が正しいだろうか。

「彼、忍だから」

そう教えてやれば、あれが忍…!と何やら感動しているようだ。
農民として生まれ、村で生きてきた彼女が、忍に馴染み深いはずもない。
知っているだけの、例えるなら架空のヒーローと言ったところか。
熱い視線を送られていた氷景は、大して気にした様子もなく槌をいつきに差し出す。
恐る恐ると言った様子でそれを受け取った彼女。
彼の持ち方があまりに軽そうだった所為か、本来の重さを忘れて受け取ってしまった。
彼の手が離れるなり、途端にずしんと重くなるそれ。
思わず体勢を崩しそうになったいつきだが、何とか持ち直したようだ。
すっぱりと折れてしまっていた部分を見つめ、上げたり下げたりと具合を確かめる。

「元通り?」
「うん!ありがとな、姉ちゃん!!あ、兄ちゃんも!」

礼を言われた氷景は軽く口角を持ち上げてから一瞬にしてその場から消える。
風に揺れる葉を残して消えた彼に、いつきが再び目を輝かせた。
すごいすごいと繰り返しながら、また現れないだろうかと庭を見つめる彼女。
その様子を眺めていた紅は、近づいてくる政宗の気配に気付く。
いつきを部屋に招くにあたり、安全のために、と襖を閉じないよう家臣から強く言われた。
大丈夫なのに、とは思ったけれど、自分を思っての言葉だとわかっている紅はそれを受け入れている。
開かれたままの襖から、着流しに着替えた政宗が姿を見せた。

「氷景が来てたな。もう直ったのか?」
「ええ。今はそっちよりも忍に興味津々のようですけれど」
「…らしいな」

そう言って喉で笑った彼は、いつき、と小さく名を呼んだ。
今気付いたとばかりに、少し驚いた様子で振り向く彼女。

「村人がお前を待ちわびてるぞ。…帰るんだろ?」
「皆が…。うん、おら、帰るだよ」

槌をしっかりと抱え、頷くいつき。
その身一つでやってきた彼女に、荷物などない。
準備の時間は必要なく、踵を返す政宗の後を追った。

「楓」

廊下に出たところで控えていた楓から、小奇麗な巾着袋を受け取る。
それを片手に、二人の後へと続いた。














ぞろぞろと歩いていく一行を見送る。

「しかし…お前が捕らえられたと聞いた時は驚いたぞ」
「申し訳ありません。こういう方法しか思いつかなくて…。
あの子はまだ、人を信じられるようでしたから…手遅れになる前に、助けてあげたかったんです」
「それであの賭け、か?」

少しばかり責めるような視線を向けられ、困ったように眉尻を下げる。
あの時はそれしか浮かばなかったけれど、冷静になればもっと別の対応も出来たかもしれない。
そう思うと、政宗の言葉も尤もだと思った。

「あんな大口を叩いて任せていただいたにもかかわらず、政宗様のお手を煩わせてしまって申し訳ありません」

そう言って腰を折る彼女。
言いたいことは色々とあるけれど、結局は彼女を心配していたが故のものばかり。
こうして、反省している彼女に畳み掛ける必要はどこにもない。

「…まぁ、無事ならそれでいい。いつきも笑って帰っていったしな」

政宗はそう言って微笑む。
その言葉に、最後まで手を振ってくれていた少女を思い出すと、心がほんのりとあたたかくなった。

「ご機嫌だな」
「ふふ。やっぱり、子供は可愛いですね」

機嫌の良さを隠せない様子の彼女に、政宗は静かに笑う。
これだけ無償の情を注げる彼女が、子供や動物に好かれるのは、当然のことのように思えた。

「自分のガキならもっと可愛いぞ」
「…そうですね。早くこの腕に抱けるように…頑張りましょう、政宗様?」

ね?とばかりに微笑みかける彼女。
政宗は独眼を細め、口角を持ち上げた。

「言うようになったな、お前も」

そう言われてしまえば、頑張らないわけにはいかない。
一日でも早く、乱世を安定させねぇとな、と心の中で呟き、城門に背を向けた。

08.09.06