廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:いつき 摺上原双竜陣03 --

政宗様、と低い声でそう呼ばれ、政宗は碁盤から顔を上げた。

「遅すぎます」

半ば無理やりに相手を頼まれ、碁盤を挟んで彼の向かいに座る小十郎がそう言った。
もちろん、政宗の手が遅いという訳ではない。

「そうか?」

ぱち、と黒い碁石を置きながら、政宗がそう答えた。
その表情には笑みが浮かんでいて、そこから彼の心の余裕が窺える。

「もう二週間になります。いくらなんでも、何の連絡もないのは…」
「便りがないのは元気な証拠って言うだろうが」

確かにそうとも言う。
だが、一揆制圧…もとい、一揆解決のために兵を連れて発った紅にも同じ事が言えるだろうか?
少なくとも、これだけの日にちが過ぎているのに連絡一つ来ないのはおかしい。
小十郎の心配を他所に、政宗は特に気にした様子もなく碁石を手の平で遊ばせている。

「政宗様。一揆衆とは言え、奥州内まで踏み込んだ手練です。…油断は禁物かと」
「一揆衆に、紅が直々に鍛えた雪耶直属の家臣がやられるってのか?」
「いえ、そうとは限りませんが…」

そう言って語尾を濁す小十郎。
すでに彼の手は先ほどから全く進んでいない。
それを急かすつもりはないのか、政宗は肩を竦めて笑う。

「それは、アイツを甘く見すぎてるぜ、小十郎。アイツは強い女だ」

心配など微塵も見せず、政宗はそう言った。
その時、彼らの耳に近づいてくる足音が聞こえた。
足音はどこか焦ったように忙しなく響く。

「筆頭!!双竜陣の見張り役から火急の報せが届きました!!」

開け放たれた障子の向こうで膝をつく家臣。
政宗は手の中から碁石を放し、男に向き直った。

「聞かせろ」
「は!双竜陣付近にて、一揆衆と見られる農民を一人捕らえたとのことです」

恐らくは斥候かと。
そう言った男に、小十郎が眉を顰める。
一揆衆が双竜陣まで迫っている。
それの意味するところは―――

「政宗様…」

物言いたげな小十郎の声に、政宗はそれを制するように首を振った。
そして、報せを運んできた家臣に向き直る。

「兵を配置しろ。刀は刃を潰したもの以外は使うな。―――双竜陣で迎え撃つ」
「了解ッス!!」

先ほどまでの真面目な態度とは一転、張り切った様子で答え、その場を去る男。
それを見送った後、小十郎が政宗と向かい合う。
しかし、政宗の表情を見て、自身の口を噤んだ。

「さて…雪耶の兵を破った、破らされたのか―――お手並み拝見、だな」

楽しげに持ち上げられた口角。
彼女の兵を破ったとすれば、骨のある連中なのだろう。
彼女の策により破らされたのだとすれば、恐らくは政宗が動くことも彼女の策の内。
どちらにせよ、政宗は思うように行動すればいいだけの事だ。

小十郎の心配している可能性も否定はできない。
けれど、政宗にはどうしても紅が敗れたとは思えなかった。
いつだって、自分の決断を信じて進んできた彼には、自分の勘を疑う理由がない。

―――紅は無事だ。












「姫さん…あんたもつくづくお人好しだな」

薪に火をつけている紅の傍らで、氷景が呆れたようにそう言った。

「今更よ」
「いや、そうなんだが…筆頭が信じちまったらどうする気だ?」
「例え私が敗れたと信じたとしても、あの人はあの子を殺したりはしないわ」
「そりゃそうだが…あんたは、もう少し自分の位置を理解すべきだな」

一揆の首謀者が子供だと知れば、政宗は間違いなく咎めなしで事を終結させるだろう。
しかし…本当に彼女の命が危険に晒される事があれば、どうなるか。
奥州にとっても彼にとっても、失うことの出来ない人間だ。

「賭けなんて、別にどうでもいいのよ。ただ…あの子に政宗様を会わせてあげたかっただけ」

いつきは、深く…とても深く、傷ついている。
将として一国や一軍を治める人々を信じられないでいる。
世の中には、信じるに値する人もいるのだと言うことを、教えてあげたかった。

「いくら言葉で伝えようとしても、きっと伝わらない。それなら…会わせるしかないでしょう?」
「それで、賭け、か」
「こちらが不利な状況から勝てば、信じざるを得ないわ」

政宗の命により動いている雪耶の兵が捕らえられた。
その事実は、彼が軍を動かすには十分だ。
そして、一揆を起こした民衆を咎めなく村へと帰す理由はない。
そんな状況から彼らを一人も欠くことなく救うことができたなら…そこに、希望を見ることが出来るかも知れない。
全ては可能性でしかない。
しかし、紅には成功すると言う確信があった。
彼女を政宗に会わせさえすれば―――全てが上手くいく。
気楽に考えすぎていると言われればそうかもしれないが、それでも。

「私は…あの人を信じているから」

彼の進む道こそ、唯一つの目に見える真理。
傾倒しすぎているとわかっていても、引き返せない。
そんな自分を省みた時、紅はふと幸村を思い出した。
あそこまで熱くはなれないけれど…自分も似たようなものだと思う。
クスクスと笑い出した紅に、氷景が怪訝そうな表情を見せる。
それから、突然その姿を消した。
何事だろう、と思うよりも先に、近づいてくる気配に気づく。
警戒していなかった所為か、彼よりも気づくのに遅れてしまったようだ。

「姉ちゃん!」
「いつき?どうしたの」

木の陰から姿を見せた少女に、紅は軽く目を見開いた。
とりあえず一揆衆の後ろから付いていっているとは言え、見つからない程度に距離をあけている。
それなのに、彼女は一揆の集団から離れてここまでやってきたと言うのか。
夜も更けたこの時間に少女一人が森の中を出歩くものではない。
軽く眉を顰める紅に気づかず、彼女に懐いてしまった少女は嬉しそうに近づいてきた。
大きな槌を危なげなく担いでくるその動きに、農民の子の強さを感じる。

「木の実が沢山取れたから、姉ちゃん達にも分けてやるだ!」
「まぁ…この時期に木の実なんて、珍しいわね。ありがとう」

好意は素直に受け取っておくもの。
小さな巾着につめられたそれを受け取りながら、紅は彼女に笑顔を返した。
そして懐から綺麗な布で作られた巾着を取り出し、彼女の手の平に乗せてやる。

「お返しにあげるわ。でも少ししかないから…皆には秘密ね?」
「うわぁ…これ、何だ?」
「金平糖よ。甘くて美味しいわ」

そう言って、巾着の口を解き、取り出した一粒を彼女の口に放り込んでやる。
見る見るうちに表情を輝かせる彼女に、紅も自然と笑顔を浮かべた。

「ありがとな、姉ちゃん!あ、明日通る道は、坂が滑って危ねぇから気をつけるだよ!」
「ええ。気をつけて帰りなさいね」

ばいばい、と手を振ってやれば、元気に手を振り返してくれる。
いつきが走り去っていくのを見送り、紅は小さく息を吐き出す。

「とても良い子ね」

木の上に身を潜めていた氷景は、その言葉に肯定も否定も返さなかった。

08.07.27