廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:いつき 摺上原双竜陣02 --

「私は奥州筆頭、伊達政宗の家臣、雪耶紅と言う。この一揆を率いている者と話がしたい」

家臣らを後方へと控えさせ、単騎で一揆衆の一部へと近づいていく。
彼らの矢が届く位置まで行くと、紅はそこから声を上げた。
さほど大きな声ではなかったけれど、よく通る凛としたそれが農民の耳へと届く。
こちらは各々の武器を手にしていると言うのに、紅は腰の刀に手をかけようとはしない。
胸の辺りで腕を組んだままの彼女に、彼らは顔を見合わせた。
紅がその気になれば、この程度の距離ならば一瞬でつめられるし、そのまま居合い抜きの要領で攻撃も出来る。
そんな事を知らない農民たちは、攻撃の意思が見えない彼女に、対応を悩んでいた。
力で制圧されることを覚悟していたからこそ、ただ顔を見合わせてどうするかと悩む。
稚拙な集まりだな、と思う紅。
この中に、この一揆の統率者はいない。
烏合の衆の集まりである彼らの間を抜けることは、そう難しいことではないだろう。

「…そこのあなた!」
「は、はいぃ!!」

手拭いの男を指差し、紅がそう言う。
自分が指されるとは思っていなかったのか、男は目に見えて驚いた。

「私と話をするつもりがあるかを、聞いてきて。―――私の部下が凍える前に」

強い声でそう指示を出せば、彼は即座に回れ右をして道の奥へと消えていった。
どうやら、奥にその統治者がいるらしい。
将と言うのは後ろでどっしりと構えるものだから、何もおかしくはない。
普通に前線を駆け抜ける政宗の方が珍しいくらいだ。
例の男が戻ってくるまでの間、この場には微妙な空気が残るだろう。
弓を構えたままの農民がかわいそうだなぁと思いつつ、紅は小さく息を吐き出した。
白く曇る息が空へと飛散する。











あれからどの程度の時間が経ったのか。
紅は、虎吉を家臣に預け、四方を囲まれるようにして山道を移動していた。
雪国で育ったわけではない紅にとっては、歩くことも中々難しい。

「この先で待ってるだ」
「もうちょっとだから、頑張るだ」

見張り、のはずだったのだが、いつの間にか応援されてしまっている。
応援したくなるほど困っているように見えたのだろうかと、心中で苦笑した。
彼らは、元々心根の優しい人たちなのだろう。
こんな人たちを、農具を武器に立ち上がらせた―――それは、こちら側にも原因があるような気がした。

「おら達はここで待つ約束だべ」

そう言って、紅を囲んでいた彼らがその場に残る。
真っ直ぐ進めば良い、と言われたけれど、そこを見てみれば真っ直ぐ進む道以外は進みようがない。
自然の要塞だな、と思いつつ、紅は雪の上に足跡を残した。
そうして、進んだ先に見えたのは開けた場所。
そこにポツリと立っていたのは―――

「…女の子?」

女性と言うには、10年は早い。
そんな女の子が、大きな槌の上に座って足を揺らしている。
その場に、他に人はおらず…紅はただ、疑問符を浮かべた。
彼女がそこに立ち尽くしていると、女の子の方が紅に気づく。

「あんたが紅か?」
「え、ええ…。私は、一揆の統率者との対話を求めたんだけど…」
「とうそつしゃ?」
「一揆を率いている人…って言う意味だけど…」

まさか、と思う。
いや、しかし…こんな子供が?
信じられない、と頭の中で浮かんだ仮定を否定していると、女の子が納得したように頷いた。

「それ、おらのことだべ!さっき、隣村の兄ちゃんが話してただ!」
「………」

どうやら、仮定は正しいようだ。
紅は自身を落ち着かせるように深呼吸をしてから、姿勢を正して彼女の前に立つ。

「奥州筆頭、伊達政宗の家臣。雪耶紅と言う。…あなたの名は?」
「おら、いつきだ!」

元気の良い女の子…いつきは、笑顔でそう言った。
警戒心、と言うものがないんだろうか。

「早速だけど…一揆衆を撤退させて。これ以上奥州の地に踏み込むことは許せない」
「…それは出来ねぇだ。おら達、もうここまで来ちまった…後には引けねぇだよ」
「引けるわ。今ならまだ…だから、大人しく村に帰って欲しい」

紅の言葉に、彼女は首を振った。
哀しそうに表情を落としながら、紅を見上げる。

「姉ちゃん、話がわかりそうだな」
「…何があったの?」

何かがあったのだと悟った紅は、声の色を変えてそう問いかける。
いつきは俯き、膝の上できゅっと拳を握った。








そこが戦の舞台になれば、田畑は荒らされ、育てたものは奪われる。
生き残るためとは言え、それで被害を受けるのは、彼女たち農民だ。
世が世なのだから…そう思って頑張っていた彼らにも、限界はあった。
そのきっかけとなったのが、ひとつき前の出来事。

「織田信長…」

少女の口から紡がれた名前に、紅の目が鋭さを帯びる。
その者の名は、紅の記憶にもまだ新しい。

「隣村は家を焼かれて、村の皆の中には、家族を殺された人もいて…っ。
耐えて耐えて耐えて…ずっと耐えて頑張ってきたのに、何でおら達ばっかりこんな目にあわなきゃなんねぇだ!?」

涙を溜めるいつきがそう声を荒らげる。
紅は何も言わず、静かに彼女を見下ろす。
励ましも、慰めも彼女には無意味だと思った。
傷つき、悲しみ、悩んだ末に、彼女はここにいる。

「おら、決めたんだ。平和な世を作るって…だから、引けねぇだ」
「………その役目…別の人の手に委ねようとは思わないの?」
「…もう誰も信じられねぇ」

この年でそんな事を思わなければならない今の世は、何と無情なのだろうか。

「願ってたって、悲しんでたって…誰も、助けてくれねぇ」
「…それなら、一つ…賭けをしましょうか」

紅の言葉に、いつきが顔を上げる。
少女の純粋な目が自分を見上げた。
その目を見て、紅は直感する。

―――この子はまだ大丈夫。まだ、人を信じられる。

「一揆を起こしてしまったあなた達を助けてくれない、そう思っているのよね?」

こくり、と頷く。

「政宗様は絶対にそんな事をしないと断言できるけれど、言葉で説明するだけで信じてもらうことは難しい。
だから、賭けをしましょう。あなたが勝てば、私の出来ることなら何でも言うことを聞く。負けたら…村に帰って」
「そんなの…おら達の条件が良すぎる!」
「あら、大丈夫よ」

紅はニコリと微笑んだ。

「私は、政宗様を信じているもの」

08.07.22