廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 番外編:いつき 摺上原双竜陣01 --
「一揆…?」
その報告を聞いた紅は、哀しげにそう繰り返した。
政宗の統治する奥州の北で、農民による一揆が起こっているらしい。
万人に認められ、誰一人として犠牲を出さない統治など、不可能だ。
政宗とて奥州を治めるまでの間に、何度も戦を重ねてきていて、そして今も天下をかけて隣国と睨み合っている。
農民たちに被害が及んでしまうことを誰よりも理解し、悔やんでいる彼。
守りたいと思っている彼らが武器を手に取る―――これを聞いた彼は、何を思うだろうか。
しかし、この報告を紅の所で止めておくわけにはいかない。
と言うよりも、同時進行で彼の元へと報告が行っているだろう。
報告に来てくれた部下を下がらせると、紅は彼の執務室へと足を向ける。
苦い表情の政宗の傍らで、報告書に目を通す紅。
向かい側に座っている小十郎もまた、表情は暗い。
普通の戦の知らせよりも重い空気が室内を覆っていた。
「…制圧…しかなさそうだな」
暫く口を閉ざしていた政宗が、呻く様にそう呟いた。
隣国との関係が危ぶまれる今、国内を混乱させて放っておくわけには行かない。
出来る限り迅速に、かつ、被害を最小限に一揆を抑えておかねば。
「私が出ます」
「…紅?」
「農村の衆が集まっているようですので、私の兵でも十分足りるでしょう。
それに…武士よりも、女である私が出た方が…話し合いに持ち込むことが出来るかもしれませんから」
甲冑に身を包んだ武士より、同じく刀を取っているとは言え女性の紅の方が、穏やかに事を進められるかもしれない。
彼女の言うことは一理ある、と政宗は一旦口を噤む。
たとえ、話を聞かずに攻めてきたとしても、雪耶の兵力ならば、十分に抑えることができるだろう。
もしも、の状況にも対応できる以上、彼女の申し出を跳ね除ける理由はない。
「…明日出立するとすれば、どの程度の兵を用意できる?」
「兵は、部隊長である家臣のみ連れて行きます。大人数では、余計な警戒をさせてしまいかねませんし…。
何より…同じく農民の兵に、彼らと相対させるのは心苦しい」
「…わかった。お前に任せる。何か用意するものはあるか?」
「もしもの時のために、刃を潰した刀を」
紅の言葉を聞き、政宗は小十郎を見る。
心得ております、とばかりに力強く頷くと、小十郎がその場を去った。
指に少し力を入れれば、カサリ、と文が音を立てる。
「…悪ぃ」
「いいえ。状況を見る限り、まだ一触即発と言うわけではないようです。交渉の時は今をおいて他はないでしょう」
少しでも可能性があるならば、その手段を選ぶべきだ。
どんなことにでも一国の領主が動けば良いというわけではない。
彼が動かなければならない時もあれば、彼が動いてはいけない時もある。
一揆は哀しいことだし、避けられるに越したことはない争いだ。
しかし…紅は、それを己の役目と覚悟をした。
「それにしても、首謀者が報告されていませんね」
「あぁ。どうも調べられなかったようだな。まぁ、早い段階の報告だ。仕方ないだろう」
氷景を使うか?と言う問いかけに、紅は悩む。
程なくして、彼女は首を横に振った。
「止めておきます」
「そうか。………交渉が成功するに越したことはないが、無理はするなよ。限界は見極めろ」
「はい」
「農民とは言え…油断するな」
そう言って彼の手が紅の頬を撫でる。
細められた独眼を見つめ、紅は今一度しっかりと頷いた。
軽装備の上から、外套を羽織る。
一揆衆が陣を組んでいるのは、奥州を更に北上したところだ。
虎吉がブルル、と息を吐き出せば、それは白く曇る。
「氷景。ここからどの程度の距離かわかる?」
「…正確な距離は飛んでみない事には何とも言えないが、一刻ほどで到着できるだろう」
「…そう」
氷景の言葉に頷くと、紅は虎吉の手綱を引く。
足踏みするようにして彼が歩みを止めれば、後ろに続く家臣らも同様に馬を止めた。
紅は手綱を操り、その場で虎吉を反転させる。
「交渉は私一人で行う。私の後ろに控えて、指示を出すまでは、何があっても動かないで」
「紅様に危害を加える輩が居ても…ですか?」
一人が控えめに言葉を発する。
紅は軽く目を伏せ、小さく頷いた。
「出来るなら、彼らの血は流したくない。政宗様に用意していただいた刀を抜くことだけは避けたい」
用意された刀は彼らに渡してある。
紅は、自分の小太刀を腰に挿したまま。
もちろん刃を潰していないけれど、彼女は峰打ちができる。
「指示があるまでは動かないで。これは…命令だから」
そう言うと、紅は虎吉の馬首を返し、再び歩みを進める。
「氷景」
「…は」
「あなたも、わかってくれた?」
念を押すようにそう問いかけた紅に、氷景は答えない。
彼としては、確約できない部分なのだろう。
「―――状況による」
「…仕方ないわね」
はぁ、と溜め息をつきつつ、それで構わないと告げる。
主を守ることは忍としての役目の一番重要なところだ。
命令ばかりを優先し、主を失っては意味がない。
氷景の葛藤を理解して、紅はそれ以上譲歩しろとは言わなかった。
何より…彼ならば、自分の意に沿わぬことはしないと言う確信がある。
「………一揆衆を率いているのは誰なのかしら」
少なくとも、村から奥州内部へと民衆を動かせる人物と言うこと。
それだけ人の心を捉えることの出来る人物が、農民の中に居ると言うことなのだ。
信じられないとは言わないけれど、埋もれておくには惜しい人材なのかもしれない。
紅はあらゆる可能性を考えながら、手綱を握り締めた。
08.07.16