廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:松永久秀06 --

政宗達の消えたその場は、様々な意思の入り乱れる空間となっていた。
筆頭、とその身を案じる声に重ね、崖の端で地面に伏す紅を案じる声もある。
彼女の方には、それに答えるだけの余裕がなかった。
殆どまともに爆発の影響を受けた彼女のダメージは酷い。
そのまま身体を起こす事のできない彼女の耳に、笑い声が届いた。

「見上げた忠誠心だ!!女にしておくのは実に惜しい」

松永は、今度は笑い声を抑えようともせずにそう言った。
それから、松永はゆっくりと足を進めて残された政宗の刀へと近づく。
腰を屈め、その一本を抜こうと手を伸ばした―――その時。
ヒュンと風を切ってくるそれを持っていた剣で弾く。
ガシャン、とぶつかる音の後、それはクルクル回転しながら左の方へと飛び、地面に突き刺さった。
普通の刀よりも短く、短刀よりも長いそれ。
それは、紅のもう一つの小太刀だった。
松永は突き刺さった小太刀を一瞥し、それから視線を紅へと移す。
既に彼女の意識はないのか、投げたままの不自然な姿勢で彼女は瞼を伏せている。

「…最後まで竜を守る、か…。健気な事だ」

意識を失う最後の瞬間まで、この刀が松永の手に渡る事を阻止しようとした紅。
この状態で意識を失えば、その先に待っているのが死である可能性は極めて高い。
己の命よりも主の刀を優先するその忠誠心は、今の時代にもそうそう見られるものではなかった。
松永は彼女を一瞥し、それから政宗の刀を一本抜く。
刃こぼれ一つ見当たらない美しい刀身が露になった。

「竜の爪…か」

呟く声は、彼女の耳には届かない。
松永のたくらみに気付き、彼女は咄嗟に政宗を庇うように身体を動かした。
その細い身体で全てを防ぐ事は出来なかったようだが、それでも爆発をまともに受けたのは彼女の方だ。
松永は、爆風に吹き飛ばされた紅が、政宗を崖の方へと押し出した事にも気付いていた。
人が落ちるには高すぎる崖下と、松永の居る崖上。
一瞬の内に、より生存率の高い方を選んだ結果なのだろう。
あの状態で崖上に残っていたならば、手負いの政宗は松永の手により葬り去られた可能性が極めて高い。
それならば、後を追っていた小十郎の存在に賭け、松永の手の届かない場所へと逃がしたのだ。
その反動により自分がその場に残る結果となることも、彼女自身は予測していただろう。
小十郎ならば必ず政宗を救うと言う絶対の信頼と、己の命すら賭す事の出来る忠誠心。

「…恐ろしい女だ」

刀の刀身に、冷めた目の自分が映る。
その向こうに彼女の姿が入り、松永は目を細めた。
絆だの何だのと言う、目に見えない繋がりを信じているわけではない。
しかし…彼女の存在は危険だと、本能的な何かが訴えている。
自分自身の鳴らす警鐘を信じるか、小物と断定して見過ごすか。
白銀の刀に映る自分自身を見つめ、松永は沈黙した。
やがて、松永は刀を片手にゆっくりと歩き出す。

「テメェ…!紅様に近づくんじゃねぇ!!」

残り二人となっていた人質の伊達兵が声を揃えて威嚇する。
しかし、身体を捕らえられている彼らの言葉など、頬をなぞる風に等しい。
特にこれと言った反応を見せることもなく、彼は倒れている紅のすぐ傍らに立った。
クルリと刀を回して逆手にそれを持ち、彼女の心臓の真上に固定する。
後30センチもそれを下げれば、よく研がれた刀が彼女のそれを貫く位置だ。

「…愛する男の刀で貫かれて死ねる事を光栄に―――」
「筆頭の刀でそんな事させるわけねぇだろうが」

声が聞こえるのと同時に、刀を持つ手が何かに弾かれた。
反動で刀の切っ先がずれるのと同時に、その下にあった紅の身体が消える。
松永は焦った様子もなく、微かに見えた残像を追ってそちらを振り向く。
そこには、忍服の所々が破れ、その下に傷が見える氷景の姿があった。
頬にも一文字の傷跡があり、深いのか血が顎まで流れ落ちている。
そこから雫となって落ちた赤い血が、腕に抱いた紅の着物の肩辺りを新しく染めた。
そう言っても、彼女自身の怪我による出血の所為で、着物は既にもとの色を残していない。

「風魔は失敗したか…」
「いや、成功だろ?あんたの命令は俺の“足止め”だったんだからな」

お蔭で時間を食っちまった。
そう言いながら、空いた手で頬の血を拭う。
氷景の様子からして、かなり激しい攻防が繰り広げられたのだろう。

「命の危険を感じた途端に退きやがった。案外骨のない忍を雇ったもんだな」
「…フン。いい判断だ。忍風情の為に無駄死にされては困る」
「ま、暫くは向こうも満足に動けないだろうけどな」

氷景はチラリと腕の中の紅の様子を見下ろした。
彼女を支える手が濡れているのは、それだけ出血が激しいと言う事。
こんな風に挑発している暇すら惜しい事は確かだ。
氷景は松永との距離を計算しつつ、じり、と一歩下がる。

「どうやら遅かったようだな」
「間に合ってるぜ?少なくとも、筆頭の刀をこの人の血で濡らす事はなかったんだからな」

何があったのかはわからないが、薄っすらと感じる火薬の臭いと、今の状況。
それらから察するに、紅は政宗を逃がす事に成功したのだろう。
その結果として自分がこんなにも酷い怪我を負ってどうするとは思った。
けれど、それが彼女らしいとも思う。
紅と言う人物は、政宗の為ならば笑顔でその身を捧げるような人だ。
ある意味ではその逆も然り。
彼女を殺したのが彼の刀だとすれば…恐らく、政宗はその刀を握る事ができなくなる。


忍として、主に怪我を負わせた時点で間に合っていない。
しかし、その最悪の事態を避けられたと言う意味では、氷景は十分に間に合っていた。

「…竜の爪は丁重に扱えよ。テメェの首と一緒に返してもらうからな」
「満身創痍でも口は存分に動くらしい」
「は!竜の右目を侮るなよ」

ニッと口角を持ち上げ、それから懐に手を差し込む。
そこから取り出した丸い何かを地面へと叩きつければ、一瞬の内に煙が立ち込める。
無駄な足掻きをすることもなく、松永は煙が消えるのを待った。
次に視界が回復した時には、氷景の姿はない。
もちろん、彼の腕に抱えられていた紅の姿もそこにはなく、名残である血溜まりがそこにあるのみ。
置いていかれたにも拘らず、安堵したような伊達兵の表情が印象的だった。

08.04.11