廻れ、
- 廻 れ 、 廻 れ 。 時 空 よ 、 廻 れ -
-- 番外編:松永久秀03 --
「人の留守中に随分と勝手な真似をしてくれたもんだな…」
家臣からの報告を聞き、政宗はそう言った。
人質を取るような姑息な連中に負けるつもりはない。
そんな彼の意思がはっきりとその目に映っている。
「政宗様」
呼びかけるように小十郎がその名を紡ぐ。
「あぁ、わかってるぜ。小十郎」
幼い頃からの付き合いだ。
彼が何を言わんとしているのか。
政宗はすぐにそれを理解し、そして深く頷く。
それから、前で報告のために膝を着いている家臣の方を向いた。
「紅はどこだ?」
その場にいた家臣らに不思議な緊張が走る。
沈黙を貫く彼らに、政宗は続けた。
「あいつの事だ。もう出陣の用意を整えてるんだろ?」
彼らの行動に疑問を抱きながらも、政宗はそのまま外へと向かおうとする。
いつもの場所に行けば彼女にも会えると踏んだのだろう。
そんな彼の行動を見送ろうとした家臣だが、寸前で紅の言葉を思い出した。
―――必ずお止めして。何があっても私たちを追ってこないように。
政宗を失うわけには行かないと、その強い意思を持って彼女はそう言っていた。
その命令を守らねば、何のために彼女をたった一人で送り出したのか分からない。
そんな思いを胸に、彼らは政宗の進路に立ちはだかった。
「…何のつもりだ?」
「―――紅様のご命令です」
一人がそう声を上げる。
その答えに、政宗はその独眼を軽く細めた。
「俺を通さない事が、か?どう言う―――」
彼の言葉は半ばで途切れる。
頭に浮かんでしまった一つの仮定。
いや、まさか―――
それはない、とは断言できない。
浮かんでしまった最悪の筋書きに、政宗は表情を歪めた。
「……紅はどこだ」
自然と声が低くなってしまう。
家臣達は目を合わせ、そして沈黙する。
最早、これ以上沈黙を貫く事は不可能だろう。
一人が覚悟を決めて口を開いた。
「紅様は…お一人で、人質の救出に向かわれました」
搾り出すような声。
後ろで小十郎が言葉を失ったのが分かった。
「―――止めなかったのか」
「…っ申し訳ありませんっ!」
次々に深く頭を下げる彼ら。
政宗はその光景を一瞥し、焦りを苛立ちへと変化させて舌を打つ。
「尚更こんな事をやってる暇はねぇ。小十郎、ついてこい」
「は!お供いたします」
「駄目です、筆頭!!」
そう言って、改めて二人の前に立ち塞がる。
「紅様は筆頭の為に一人で乗り込んだんです!ここで筆頭が―――」
「筆頭!」
その言葉を遮るように聞こえたのは氷景の声だ。
忍は常に冷静沈着に任務を完了させねばならない。
故に、氷景はよほどの事がない限りは冷静を欠いたりはしなかった。
そんな彼が、声を荒らげてやや乱暴に庭先へと降り立つ。
「姫さんはどこだ!?」
主人である事も忘れ、氷景は焦ったようにそう問いかける。
嫌な予感がして、政宗は眉を顰めた。
「…何があった?」
政宗の問いかけに、氷景は握り締めていたそれを差し出す。
クシャリ、と折りたたまれていたそれを受け取ると同時に、そこから黒い何かがスルリと滑り落ちた。
緩い線を描いて床へと着地したそれを見て、その場の者が息を呑む。
それは、人の髪だ。
政宗は文の中に半分ほど残っていたそれを指先で拾い上げた。
まるで逃げるようにスルリと抜け落ちていくその感触を忘れるはずがない。
グシャッと派手な音がして、その文が握りつぶされる。
彼は既に抜き取ってあった髪と、床に落ちたそれを拾い上げ、無言で歩き出した。
「ひ、筆頭!」
一番に動きを取り戻す事のできた男がそう声を上げる。
しかし、政宗はその男を一瞥する事無く口を開いた。
「退けよ。邪魔する奴は容赦しねぇ」
低い低い声。
その怒りを向けられているのが自分ではないと分かっていても、足が根を張ったように動かなくなる。
全身から汗が噴出し、喉がヒュッと渇いた音を立てた。
これ以上立ち塞がっていたら、本当に刀を抜きかねない。
「…お前ら、もういい。政宗様をお通ししろ」
彼の後ろで沈黙していた小十郎がそう声を掛けた。
その声に操られたかのように、一人また一人と脇へと移動する。
漸く進路が開け、政宗は彼らに声を掛けることもなく足音荒く進んでいく。
彼の背中が見えなくなった所で、その場にいた小十郎以外が膝から崩れ落ちた。
「こ、小十郎様…」
「これ以上政宗様を止めることに意味はねぇ。余計な怪我をするだけだ」
「でも、俺ら…紅様を止められずに、その上筆頭まで…っ」
「…あの二人を止められるのは、二人自身くらいだからな」
小十郎は自分が身を挺したとしても止まらないであろう二人を思い、溜め息を吐き出す。
いつだったか、殴ってでもとめろと言われた事がある。
しかし、恐らく自分が殴るよりも先に、彼は止まるだろう。
彼女が…紅が止めさえすれば。
彼女の声だけは、どれだけ集中していても聞こえているようだから。
「…とりあえず、俺は先に政宗様を追う。お前らもすぐに動ける奴らを連れて追って来い」
そう告げると、小十郎は政宗を追って足早に歩き出す。
彼の背中に向けて元気の良い返事の声をあげ、彼らは一斉に動き出した。
08.03.19