廻れ、

- 廻 れ 、 廻 れ 。  時 空 よ 、 廻 れ -

-- 番外編:まつ 摺上原双竜陣04 --

小十郎に遅れること数分。
偵察に出ていた氷景が戻ってきて、既に本陣と目と鼻の先まで迫っていると告げられた。
その事実に対する焦りはない。
理由は、きっと前に立つ政宗の背中が迷いも焦りもなく、ただ堂々とした姿を見せてくれているからだろう。
追加しておくならば、相手がこちらを壊滅させるつもりで来ているわけではない、と言う事も理由の一つだ。

「…小十郎」
「は」
「あいつら何しに来たんだ?」

今更だが、聞くのを忘れていた。
政宗が後ろに控える小十郎を振り向き、そう尋ねる。

「この小十郎が育てた野菜が目当てらしいですが…」
「…またRareな理由だな」

呆れ以外の何物でもない彼の言葉に、紅は思わず小さく噴出してしまう。
知っていた自分が言うのもなんだが、理由を聞けば誰でも似たような反応を取るだろう。

「…お前は知ってたんだな」

誰が来ると言うのは話したけれど、その理由までは聞いていない。
だが、彼女の反応からしてそれを知っていたという事は明らかだ。
別に咎める意図をもってした言葉ではないことくらいは、彼女自身もよくわかっている。
はい、と頷く彼女に、政宗は肩を竦めて見せた。

「まぁ、小十郎さんの作る野菜はどれも立派で美味しいですから…仕方ないのかもしれませんけれどね」

そう言いつつも、笑い出しそうな口元を抑えられない。
紅自身はまつ達を知っているだけに、微笑ましいと済ませることが出来るのだ。
本人達を知らなければ、何てふざけた理由で、と眉を顰める所だったかもしれない。













喧騒が近づいてきた。
本陣の入り口へと目を向ける―――と同時に、門が吹き飛んだ。
分厚い門がまるで木の葉のように舞い、紅達には害のない位置に派手な音と共に着地する。
それを吹き飛ばしたモノは、尚こちらに向かって突っ走っていた。

「…猪?」

ドドド、と地響きすら感じさせる走りで近づいてくるそれ。
避けることも忘れてぽかんとそれを見つめていた紅は、グイッと横から腕を引き寄せられた。
真っ直ぐに紅の立っていた位置へと向かってきた猪。
避けた紅を追うように曲がることなど出来ず、そのままその場を走り抜ける。

「轢かれるつもりか」
「いえ、ありがとうございます」

そうお礼を言って、遥か向こうで漸く止まった猪を振り向く。
猪を視界に入れると、自然と吹き飛んだ門も見えた。
今更だが、凄まじい突進力だ。
軽く口元を引きつらせてから、空洞になってしまった門の名残の方を見る。
当然のことながら、そこに居るのは見覚えのある二人。

「犬千代様!やっと伊達軍の本陣にござりまする!」

嬉々とした様子で声を上げたまつにはあまり疲労の色は見えない。
その後ろをついてきている利家は若干疲れているように見える。
この二人の状況から、その夫婦関係が見て取れるような気がした。
薙刀を片手に喜びを露にしたまつは、唐突に紅に気づく。

「まぁ、紅さん!このような所で見えることになるとは…何と言う偶然でしょう」

偶然じゃありませんけれどね。
彼女の奥に見えた光景に心中で溜め息を漏らしつつ、ついでにそんな事を思う。
普段から鍛えている筈の伊達軍が大変なことになっている。
確かに、あの猪が突進してくれば、それだけで被害は甚大だろうけれど…それでも、酷い。

「悉くやられてるっつーからどんな大女が来るかと思えば…普通じゃねぇか」

ぽつりとそう呟く政宗。
彼の言い分もよくわかる。
頷きそうになる自身を何とか抑え込み、紅は3歩前へと進み出た。

「改めまして…奥州筆頭伊達政宗が妻、紅と申します。お見知りおきくださいませ、前田家お二方」
「まぁ!では、紅さん。知り合った好でお野菜を分けてくださりませ」

図々しいと言うか、正直と言うか。
遠慮を知らないかのような言動に、最早笑いを堪えられない。
クスクスと笑いつつ、紅は彼女へと近づいていく。
そしてまつもまた、門のところから遠ざかるようにして本陣へと一歩踏み込んだ。

「残念ながら。それに関しては私の管轄外の事ですから」
「そこを何とか!」
「無理を仰いますね」
「…では、致し方ありませぬ。ここまで来て引き下がるわけにはいきません。いざ!」
「ええ、私も引けぬ所ですから」

そう答え、スラリと刀を抜く。
すでに薙刀を構えているまつは、紅の準備が整うまで動こうとはしなかった。
この時代、武器を取る女性は決して多くはない。
だからこそ、女性を相手にすると言うのは本当に少ない回数だ。
片手でも十分足りるほどしか経験のない紅にとって、これはある種の機会だった。









一方、事の成り行きを見守っていた政宗は静かに口角を持ち上げた。
紅の考えが分かっているので、今すぐに手を出すつもりはない。

「…面白ぇことになったじゃねぇか。小十郎。野菜を籠に一杯持って来い」
「やれやれ…この小十郎の野菜を賞品にするおつもりですか…」

そう言いつつも、小十郎は部下に野菜を持ってくるように指示を出す。
そうしている間にも、紅とまつの一戦が始まったようだ。
関節剣は使うつもりはないのか、腰に挿したまま。
両手に小太刀が握られていて、繰り出されるまつの鋭い突きをあっさりと受け止めている。
見ている限りでは、勝負は五分五分ではなく、かなり紅の方に余裕があるようだ。

「政宗様。野菜が届きました」
「その辺に置いておけ」

そちらに目をくれる事無く、政宗はそう答える。
あまり攻めに転じようとはしない紅の様子に、既に彼女がまつの力量を測れているのだと知った。
全力を出してしまえば相手に怪我をさせる。
そうわかっているから、攻めずに守りに徹している。
紅は一撃で決めるつもりなのだろうが―――果たして、その一撃も繰り出すかどうか。
彼女自身は恐らく、ここまで遠路遥々やってきた彼女に野菜を持ち帰らせたいと考えているだろう。
ここで自分が勝ってしまえば、その道は絶たれてしまう。

「独眼竜…その人参は美味いのか?」
「おいおい。あんた人参が嫌いなのか―――って、どこから湧きやがった」

半ば反射的に答えてしまってから、すぐ近くで声を上げた利家に呆れたような目を向ける。
先ほどまでまつの後ろに居たと思っていたのだが…いつの間にここに来ていたのか。

「嫁さんを止めなくていいのかよ。怪我じゃすまねぇかもしれねぇぜ?」

真剣な様子で野菜に魅入っている利家。
そんな彼を挑発するように、あえてそんな事を言ってみる。
しかし、顔を上げた利家の表情に心配の色はない。

「ああなったまつは某では止められん。何より…紅殿はかなり手を抜いてくれているからな…心配ない!」
「…あんた、馬鹿じゃないみてぇだな」

流石は一家の主、とでも言うべきなのだろうか。
ふざけた様子の中に、確かな『眼』を見た政宗は、楽しげに笑う。

「それに、まつにはまだ―――」
「出番よ、五郎丸!」

利家の声を遮るように、まつの高らかな声が響く。
ズン、と重たい何かが地面に降って来る音がした。

「………熊ぁ!?」

紅が思わずそう声を上げるのも無理はない。
そこに現れたのは、紅よりも遥かに大きい熊だ。
ぺたりと座ったままだった熊は、立ち上がるなり大きな咆哮をあげる。
そして、敵と見做した紅に向かって予想以上の速度で突っ走ってきた。
振り上げた鉤爪がギラリと太陽を反射する。
対応の遅れた紅は、迫る爪に軽く舌を打つ。
この位置から攻撃すると、どれだけ手を抜いても熊に致命傷を与えてしまう。

―――殺すか、攻撃を受けるか。

一瞬の迷いが彼女に隙を作った。

08.02.26